Evangelion:1.0 CRC interviews

Discussion of the new series of Evangelion movies ( "Evangelion Shin Gekijōban", meaning "Evangelion: New Theatrical Edition"). The final instalment made its debut in Japan on March 8, 2021.

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Joseki
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Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 8:37 am

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Joseki
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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 8:38 am

全記録全集:序 インタビュー:山下 いくと
取材・執筆:氷川竜介

主・メカニックデザイン:
山下 いくと


作品のシンボルでもある汎用ヒト型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン、そしてネルフマーク。
その卓越したデザインは、TVシリーズ当初より注目の的であった。
『新劇場版』の制作にあたり、山下いくと自身の手によってこれらメインアイテムと陽電子砲などが再デザインされた。
デザインワークにおける「REBUILD」は、はたしてどのように実行されたのか?

初期稿集に準じているEVAの新カラーリング

Image

インタビュア
最初に「EVAをもう一度やる」と聞いたのはいつごろでしょうか? また、その時どのようなご感想を抱かれましたか?
山下
二〇〇五年の末だったと思います。そのとき庵野監督は複数の企画を進行中。EVAはTVのシーンをつぎはぎして、ちょっとだけ新カットを足して、ちょいちょいっと作るってお話でした。
そんな具合なので、そのときの関心事は他方の企画のほうの新規デザインに頭が行っていたので「EVAもガンダムみたいな商売やってもいいくらい月日がたったか」と思う以外、別段感想はなかったのです。

インタビュア
山下さんの方では、前シリーズの『エヴァ』について他に何か「やり残したこと」あるいは「こうしたかったこと」など心残りはありましたか?
山下
使わなかったアイデアはそのまま次の仕事に活かせばいいだけなので、やり残すということはありませんが、当時アイデアを書籍の形に書き出していたもの(カラーリングや夜間戦闘時の発光など)に関しては、今回の劇場版でこちらが言い出す前に庵野監督が「コレ使うから」と言う形で映像化されています。

インタビュア
『新劇場版』のスタート時点において「何をどうデザインするか」(リファインも含めて)に関するオーダー、ないし方針は、庵野総監督の方から出ましたか?
山下
基本的に『序』ではEVA本体はあまりいじらず、TV版当時に設定作業が間に合わなくて現場の方で間に合わせで作られた武器設定などこまごましたものを私の手で描き直し統一感を出すというスタイルです。

インタビュア
EVA零号機、初号機に関しては、カラーリングを含め、山下さんの初期イメージに近づけようとしています。その経緯についてお願いします。
山下
私と、もう一人のメカデザイナーきお誠児さんが一九九八年に角川書店から出したEVAの初期稿集「それをなすもの」を庵野監督が持ってたようで、それにあった初期カラーリング案に準じて直していいかとたずねられOKしました。

インタビュア
「ヤシマ作戦」がクライマックスで新作になることは、最初の打ち合わせから決まっていたことでしょうか? また、それに対応するデザインのオーダーもありましたか?
山下
当初、完全に新作になるかどうかは遠隔地に住む私にはシナリオ読んでも不明でした。その段階では手直ししたTV版のカットが混ざるものと思っていたので、新陽電子砲にしても、初号機が構えるポーズや位置関係が旧ライフルのポーズをそのまま流用できるように射撃スタイルは変えないなどの注意をしています。

リファインされたデザインのねらい

インタビュア
新たにデザインされたものについて個別にうかがっていきます。まず新しいネルフマークについて、前回のマークと変えたポイントなどあればお聞かせください。
山下
心機一転ということで新デザインは、禁断の実であるリンゴをネルフのマークのイチジクの葉がナイフのようにむいていくイメージです。侵すべからざる領域を切り開いてでも真理を探究する姿勢の象徴です。逆さなのはコロンブスの卵的意味のほかに、他のリンゴマークの類似解釈を避ける意味もあります(ちょうどよそのリンゴのマークが類似を巡って裁判の最中でした)。パッと見で地球に見えるようダマシも入れてます。ところが、一部から旧マークのデザインも残したいという話が浮上してきました。そこで折衷案の旧マークロゴを少しだけ改修したもののバックにリンゴがあるデザインも登場します。

インタビュア
EVA初号機のプログレッシブナイフはどうでしょうか。
山下
実のところ、EVAの薄い肩パイロンの中にそこそこ厚みもサイズもあるナイフをしまうというのは手描きアニメのマジックで、今回3D-CGでそこは描き直すという話で描き直すことになりました。

インタビュア
「ヤシマ作戦」用のG型装備についてはいかがでしょうか。
山下
EVAのサイズで照準器というと月面でも狙う風情ですが、狙撃にはやはりスコープ。マルチツール的にたたんであるのは鶴巻さんからのリクエストです。接眼側はレンズではなく、EVAの眼球に直接、複数の端子を打ち込みます。衛星アンテナで補助する理由は目標が地平線の向こう~遠距離の場合、地球の丸みをぶち抜いて狙撃するシチュエーションもあるためです。

インタビュア
陽電子砲は、どのように変えていますか。
山下
戦自研からNERVが徴発したモノなのでもっと実験兵器らしくと言うことで完全に新しいものになっています。あまりに大出力の電力収束最終段階では耐えられる導線がなく、エネルギーはビームにしてライフルに送られるシステムは従来通りですが、この受信機、実は私が描いた物では左右に広げたアウトリガーのクローラーの上に一基ずつ合計二基備えた形でした。それを劇中の演出を優先するための改変が現場の方でなされ、初期稿版と足して二で割った感じの物に変更されています。アニメは集団作業なのでこういうことはしょっちゅうあります。

インタビュア
零号機の使う単独防衛兵装(シールド)はどうでしょうか。
山下
TV版では弾道航空機の腹部丸々流用の急造品でしたが、今劇場版の今世界のEVAは最初から専用防盾を持っているようです。
説明に割けるカットがないので誰が見ても盾に見えること以外に特にこだわりはありませんが、シルエットだけは前作に準じる指示に従っています。EVAのサイズで分厚い盾は見た印象ダルになるので、いくつかの層を成して盾自体がスペースドアーマー風に見えるようにしてあります。

インタビュア
「EVA電車」のもとになったのは、山下さんの「EVAトレーラー」だと聞いています。それについても、コメントをお願いします。
山下
EVAのトレーラーには山ほどタイヤが付いてまして、それを描くのが面倒なのもあって途中でくじけたものが軌道車としてアップデートしていただけたものです。正確には回収車をかねたトランスポーターで左右のごつごつした構造物は何本ものワイヤーをEVAにかけて引きずり載せるための起重機だったりします。

皆が待っていたEVAの姿

インタビュア
完成した映画をご覧になった率直な感想を、ぜひお聞かせください。たとえばCGの使われ方はいかがでしょうか?
山下
明らかにCGであるシーンからCGであることがわからないシーンまでさまざまですが、よい感じで画面になじんでおり効果的だったと思います。

インタビュア
ディテールアップのされ方、たとえば暗闇に蛍光色の光るEVA初号機など、前をパワーアップしたイメージはどうでしょうか。
山下
パーツが光るのは最初のTV版のときから抱いていたビジョンでした。初戦は皆が知る通り都市での夜間戦闘なので、腰下こそ都市の明かりでぼんやり見えてるものの、それより上は真っ黒な空の中空に形がはっきり見えないものが先端だけをグリーンに光らせてそれが往復運動しながら頭の上を通り越していく、そんなイメージでもともとあのカラーリングは成り立っています。

インタビュア
「ヤシマ作戦」の盛り上げ方と、陽電子砲の使われ方はいかがでしたか。
山下
作戦の展開から念入りで豪華な作りになっていますが、敵がそれをも圧倒してくるほどのパワーとビジュアルだったので楽しかったです。陽電子砲は形が変わっても陽電子砲なのでやることは一つですが、今世界の主人公は困難を前にしても折れないスピリッツを見せてくれて、EVAと陽電子砲もそれに応え、結果は同じでも新たな話が始まった感じがしました。

インタビュア
すさまじい観客動員数と反響だったわけですが、オリジナルスタッフの一人として、ぜひご感想をお願いします。
山下
私は正直なところ、ここまでの盛り上がりは予想していませんでした、何しろ前作から月日もずいぶんたっていますから。ありがたいし、反応が頂けるだけの物に仕上がって良かったです。主人公の心理面から戦闘の描写まで描かれ方が変わったヤシマ作戦は、ある意味、皆が待ってたEVAの姿で、映画館に来てくれたお客さんに長年のお礼が出来たと思います。

インタビュア
『破』以後について、山下さんから何か言及できることがあればお願いします。
山下
予告で新しいEVAがちょこちょこ姿を見せています。EVAの根幹に関わる部分も前作世界とは解釈や関わりが変わってくるものも増えるのでお楽しみに。

PROFILE

主・メカニックデザイン:
やました・いくと


1965年生まれ。岐阜県出身。漫画家、デザイナー。名古屋芸術大学美術学部出身。漫画の代表作は、『ダークウィスパー』(単行本初出1990年、現在メディアワークスより刊行)、『風の住処』(電撃大王掲載、未単行本化)など。庵野秀明監督作品ではOVA『トップをねらえ!』(1988年)、TVアニメ『ふしぎの海のナディア』(1990年)にメカデザインで参加。その後、『新世紀エヴァンゲリオン』で一躍注目を集める。同作のデザイン画集「それをなすもの」(1998年/角川書店)はデザイナー側から見た「もうひとつのEVA世界」として話題に。他のデザイン代表作はGONZO制作のOVA『青の6号』(1997年)、『戦闘妖精雪風』(2002年)など。『雪風』は戦闘機スーパーシルフを擬人化したスピンオフ作品『戦闘妖精少女たすけて!メイヴちゃん』(2005年)のデザインも手がけている。現在、「電撃ホビーマガジン」(メディアワークス)で架空世界版の「エヴァンゲリオンANIMA」(製作総指揮、メカデザイン、イラスト)を連載中。

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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 8:38 am

全記録全集:序 インタビュー:樋口 真嗣
取材・執筆:氷川竜介

新作・画コンテ:
樋口 真嗣


監督として『ローレライ』、『日本沈没』と立て続けに超大作特撮映画を成功させた、樋口真 嗣。 『序』でも特撮プロジェクトもののテイストあふれる「ヤシマ作戦」パートと、第6の使徒の 見せる異様な挙動と、クライマックスの見せ場を壮大なイメージで提示している。 庵野秀明とも20年以上の盟友である樋口真嗣は何を手がかりに、その映像を作り上げたのか?

第6の使徒のイメージソース

Image

インタビュア
今回、樋口さんは新作の画コンテ担当として最初期から参加されてますが、現場から少し引いた視点からご覧になってどう感じられてますか?
樋口
要するに『新劇場版』って、当初は再編集プラスアルファの軽い労力でやるつもりで始めたわけですよね。その次の(新しいオリジナルの)作品をやるために、デジタルアニメに対してノウハウを持っておきたいということもあったようだし。

インタビュア
確かに「さっくり作るはずだった」ということは、誰によらず出る証言ですね。
樋口
ところが今じゃ「公開に間に合うか」みたいな話になってるわけですよね。とはいえ、それはいつものことだし。あと、なんだかんだ言いながら、きっと間に合うというのがすごいことですよね。

インタビュア
そもそも樋口さんに対してはどんな感じで依頼があったんでしょか。
樋口
「第伍、六話をもう一度作るから、画コンテよろしく」ということでした。基本的には前のTVシリーズのコンテの切り貼りなんだけど、つなぎの部分は京田(知己)くんがやってて、俺は伍、六話相当の部分だけ担当して、そこだけが新作という話だったんですよ。なのに、完成しつつあるラッシュを見ると、ずいぶん様子が違いますよね(笑)。「あれ? ここってAパートのはずだけど、こんなのあったっけ」なんて感じで。

インタビュア
「ヤシマ作戦」のコンテに関して、庵野さんからの発注、あるいは指示はどんな風に始まったんでしょうか。
樋口
「使徒をCGにする」ということはすでに決まっていて、例によって庵野さんの字コンテみたいな台本がありました。

インタビュア
「使徒が変形する」というキーになるイメージと、ビジュアルがどうやって生まれたか、非常に関心があるのですが。
樋口
第6の使徒について挙動をどう変えていくか考えたとき、映画『アンドロメダ…』の病原体のあの不可解な動きを、今のCG技術でやったらきっとすごいだろうなと思いついたんです。さらにそもそもの話があって、それがあの「四次元立体」なんですよ。

インタビュア
CGI監督取材でその話も出てますが、もう少し詳しく教えてください。
樋口
そもそもの話は二十年前の『王立宇宙軍』のときまでさかのぼるんですよ。渡部隆さんというメカデザインで非常に有名な方が、そのころ手描きでCGを作ってたんですね。コンピュータと言っても、当時だから計算尺で形を作っていくわけですけどね(笑)。点が〇次元で、それが一次元の線になり、二次元の正方形になっていくような始まりで、やがて三次元の立方体になっていくわけですが、それを別の面で切ったときに、別の立体が動いて見えるというものなんです。するとそれに「理論的には、それが四次元の立方体なんです」みたいな渡部さんの解説がつくわけで。

インタビュア
やっぱりすごい話ですよね。確かに三次元の投影像が二次元として認識されるのは当然ですが、それをもう一次元増やすのは、なかなか思いつくことではないですよ。
樋口
それをペーパーアニメで見せられたんですよ。「すごいな」と見てたんですが、なかなか使う機会がなかったんです。ところが渡部さんはライフワークのごとくそれを3D-CGで進化させ続けていたわけですね。そのデータをもらってきて、モーターライズで試しに映像化してみたんですよ。でも、理屈として面白さが分かるのと、動いて面白いかというのは別だということが分かってきたんですね。だったら何ができるかなということで、使徒の挙動をどう変えていくかということになっていったという経緯なんですよ。

完成度の高い画コンテを切り直す難しさ

インタビュア
他にも「ヤシマ作戦」で初期プランとコンテ上で何か変わったことなどはありますか?
樋口
陽電子砲の初弾がはずれて、二発目をどう撃つか? のところですかね。あそこでTVの時のようにシールドで護るだけじゃなく、何かもっと能動的なアクションを増やせないかと考えてみたんですよ。それで最初考えたのが、零号機が火だるまになりながら初号機を担いで、二体力を合わせて陽電子砲を発射して命中させると。でもなんだか『兄弟拳バイクロッサー』みたいになって(笑)。それはリアリティないなということで却下されて、今のようになりました。

インタビュア
TVシリーズの時には第六話がグロス発注回だったこともあって、「ヤシマ作戦」をやり直したい部分もスタッフには相当あったという話も聞いてますが、その辺はどうでしょうか。
樋口
オリジナルの作り手としては、きっとそれはあるでしょう。ただ、俺はTVの方にガチッと参加してたわけじゃないんで、「番長(摩砂雪監督)のコンテのままでいいじゃん」と思ってたし、そう思わせるぐらい前のコンテの完成度は高かったんですよ。だから、それに対して違う切り口を探すのは、自分のなかでも重かったですね。
あの時に描かれたコンテって、おそらく一番シンプルで効率的で最短距離のものをやってるはずなんですよ。だから改めて「新規コンテ、新規作画」でやろうとすると、あとはひたすら複雑化するしかないわけで。その辺は、シンプルが身上の『エヴァ』らしさというものを考えたときに、妥当な理由も見えにくかったし、やってて「これでいいのかなあ」と思うところもありました。

インタビュア
映画のクライマックスとしては、あれで大正解にも思えるのですが。
樋口
まあ確かに、それが劇場アニメの豪華さということになるんだったら、お客さんは観ててきっと楽しいでしょうね。でも、俺としてはコンテ切ろうとして前のを見たら、「これでいいじゃん!」って思っちゃったわけですよ。ギリギリのところでの物づくりとしては、TV版はやっぱり最高の結果でしょう。そうは言いつつ、この段階でこうして具体的な画として出来上がってきたのを見ると、「ああ、やって良かったんだな」とは思いますけどね。

インタビュア
今回「REBUILD」と名づけられてますが、先例のあることを「もう一度やる」ことには、独特の難しさがあるんですね。
樋口
他にも難しかったのは、たとえばレイがあそこで初号機を護るという行動を、どこまで流れとして先取りしておけるかというようなところですよ。前のTV版は当然それは極力見せないようにしておいて、「伏兵が現れた!」という形にしてるから「驚き」として成立しますよね。でも、今回は観客みんながその展開を知ってるわけですよ(笑)。だとしたら、護っているということを「驚き」にするんじゃなくて、感情的なピークにしなければいけないわけで、そこへどうやればもっていけるだろうかというところですね。後出しジャンケンの強みというのもあるわけで。

インタビュア
映像的にもかなり派手というか、何によらず強化されてますよね。
樋口
ちょうどこのコンテの作業中に、神山健治監督との対談のオファーがあったんです。それでその準備に『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』のDVDを観ながら『序』のコンテをやってたんですよ。だから今思い返すと、ものすごく引きずられてる気がします。「今のデジタルアニメなら、これくらいカメラが動かせるんだ」みたいなとことでね。「回り込みって、ここまでOKなんだ」とかね。

インタビュア
シンジの目のアップから、ぐぐっと引くあたりもその影響ですか。
樋口
ええ。結局、デジタルじゃなく本田(雄)師匠の作画になりましたけどね。コンテ切るときには、アニメの栄養を補給しないととダメなんですよ。『序』の時の栄養分は、『攻殻』でしたね。

誰も観たことのないイメージをCGで

インタビュア
ラッシュをご覧になった感想があれば、それもうかがいたいのですが。
樋口
完成した画像を見ると、オムニバス・ジャパンの兵装ビルのCGが格好いいですね。セル描きっぽいビルが双曲線を描いて上がったり下がったりするのを見て、「なんじゃ、こりゃ!」って驚きましたよ(笑)。あれだけ「CGなんていらない」と言い続けてきた男が、ようやくCGで誰も観たことがないものを作り上げてくれたという気がしますね。庵野さんは他の作品でもCGを使ってるけど、その中でも一番うまくいってるんじゃないかな。昔からあの人は他人とは違うやり方で「すごい!」というものを見せてくれてきたじゃないですか。久々に「この人はこういうのがすごいんだ」というのを思い出しましたよ。
あとはEVAシミュレーターが、なんだか『(風の谷の)ナウシカ』の巨神兵っぽいですよね(笑)。カラーに行ったら、庵野さん自分で修正原画描いてるんで、ビックリですよ。忘れかけてたけど、あの人ってメカ作監なんですよね。「俺も庵野秀明が描くメカのファンだったんだな」って改めて思いました。『(超時空要塞)マクロス』のデストロイドモンスターの動きがすごいとか、そういうことを久しぶりに思い出させてくれたし、それが今度はCGでまた他人とは違った驚きを出してくれてるというのが良かったですね。

インタビュア
なるほど、メカ作監的フェティシズムが感じられると。
樋口
今まで上がってる画には不安もあるんだけど、唯一の希望はそこですよね。

インタビュア
不安というと?
樋口
俺としては、相当「一見さんお断り」感があるように思えるんですよ。すでに観てきた人だけのお祭りだったり、俺らロートルやエヴァファンへのサービスフィルムであって欲しくはないですからね。もっと観る人の層を拡げて、一般的な人も引っ張り込めるようにして欲しいんですよ。企画の根底には「『エヴァ』をまだ観たことない人のために作る」というところがありましたから。

インタビュア
メカの他に注目したところはありますか。
樋口
美術が大人ですよね。酒の匂いがする(笑)。

インタビュア
ミサトとリツコがふたりで会話してるところでしょうか?
樋口
そうそう。全体にかつての「中学生くささ」がなくなってますよね。大人っぽいということで気になったのは、「こんなに目線合わせてないカットばかりだったかな?」ってことです。前は番長と庵野さんのコンテ読むと、必ず「カメラ目線」って書いてあるくらい多かったんで、マッキー(鶴巻)のコンテの特徴かもしれないですね。マッキーって巧い絵描きだから、そういう目線はずす画を要求するんですよ。庵野さんはTV版の布陣だとだいぶ絵描きを信用してなかったから、複雑なやりとりになりそうだったら、一発でうまく上がってくるものしかコンテとして要求しないんです。真正面とか真横とか、止めセル口パクだったり、絶対に描ける画しか描かせない。だけど、マッキーは要求が高いんです。結果としてそれが反映されて、大人っぽく感じさせてるのかもしれませんね。

インタビュア
作画で見せるカットで印象的なところは、他にもありますか?
樋口
陽電子砲の次弾装填のところでしょう。貞本(義行)さんが名もなきネルフの人たちのモブシーンを描いてるんですよ。「なんでキャラクターデザインの人がこんなの描いてるんだ」って驚きました。まさに総力戦ですよね。あとはCGだけど第5の使徒のヴィラ星人とかね。

インタビュア
やっぱり倉方機電が気になりますか(笑)。
樋口
こんなカムがいっぱいあって、モーターで触手動かしてるんじゃないかとか、特撮マニアしか分からないよね(笑)。

インタビュア
ちなみに、この先はどうでしょうか。樋口さんは一足先に『破』のコンテを担当されているわけですが。
樋口
二作目は、このままやったら三年はかかるだろうという画コンテを描いてしまいました。まあ、きっと誰かが整理してくれるでしょう。そういう意味では『序』もそうですが、俺としては料理するための素材を渡しているつもりなんですよ。それで取捨選択していただいて、もう一回考え直していただくと。

インタビュア
ラストへの流れについては、何か話がありましたか。
樋口
俺は聞いてないです。聞いていたとしても、きっと変わるんじゃないかな。どう終わるかまったく分からないですよ。『破』の作業は、なかなか寂しいものがありましたね。コンテで相談しにカラー行っても追い込みであまり相手してくれなくって。何せ来年の作業をやってるのは俺だけだから(笑)。

インタビュア
総括すると、『序』にはどんなご感想をお持ちでしょうか。
樋口
出来あがってみないと、何とも分からないですね。ラッシュで観る限り、今のディテールの積み重ね方は、俺らは当然面白いと思うけど、問題はそれがお客さんに届くのかどうかですよ。「これ観たら、前のは古くて観られないや」っていうようにならないと、作る価値がないですから。そういった意味では、みんなそれぞれ大人になってますから、「歳をとって良かった」というフィルムになってるといいですよね。「作り手として歳をとったらこそ、こういうのが撮れるんだ」とか、そんな風に言ってもらいたいですね

PROFILE

新作・画コンテ:
ひぐち・しんじ


1965年生まれ。東京都出身。DAICON FILMで特撮映画『八岐之大蛇の逆襲』(1984年)に参加し、ガイナックス設立後に『王立宇宙軍』(1987年)で助監督をつとめる。庵野秀明の監督デビュー作OVA『トップをねらえ!』(1988年)には絵コンテで参加。その後、庵野秀明総監督のTVアニメ『ふしぎの海のナディア』(1990年)では通称「島編」と呼ばれる中間の数話で監督を担当した。1995年の『ガメラ大空中決戦』では特技監督として日本アカデミー賞特別賞を受賞。同年のTVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』ではアスカ登場編の第八話、第九話、『新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 THE END OF EVANGELION』(1997年)と絵コンテを担当している。以後、数々のアニメ、実写作品に絵コンテを提供し、『ミニモニ。じゃムービー お菓子な大冒険』(2002年)ではヒグチしんじ名義で監督を担当。2005年に福井晴敏原作の映画『ローレライ』、2006年に小松左京原作の『日本沈没』と、大作を続々と監督し、ヒットに導いた。監督最新作は、2008年公開の映画『隠し砦の三悪人』(黒澤明の同題映画をリメイク)。なお、碇シンジのネーミングは樋口真嗣(ニックネームはシンちゃん)に由来する。

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 8:38 am

全記録全集:序 インタビュー:京田 知己
取材・執筆:氷川竜介

新作・画コンテ:
京田 知己


『序』では、エピソードの幕間をシンジとクラスメート、ミサトとリツコの会話がつなぐ構成をとっている。その新作パートの画コンテは、『交響詩篇エウレカセブン』の京田知己監督に発注された。むしろ『エヴァ』の次世代にあたる作品を手がけてきた気鋭の演出家は、今回の『新劇場版』をどうとらえ、どのように参画したのだろうか?

刺激的だったシナリオとプロット

Image

インタビュア
京田さんご自身が『序』に関わることになったきっかけは何だったのでしょうか。
京田
自分が監督した『交響詩篇エウレカセブン』の現場を制作デスクとして仕切っていた小笠原(宗紀/アニメーションプロデューサー)さんから呼ばれたわけですが、時期は『エウレカ』が終わってしばらくして、手伝ってもらった人たちに恩返しをしてたころですね。
 『序』には瓶子(修一/CGIプロデューサー)くん、演出の原口(浩)さんといった、『エウレカ』のスタッフが大勢いたり、以前ごいっしょさせてもらったT2スタジオの福士(享)さんがいたりと、なぜか知り合いが多いんですよ(笑)。すごくていねいでいい仕事してくれる、腕の確かな人たちばかりですね。

インタビュア
『エウレカ』と『新劇場版』には、人的なつながりがあるわけですね。
それで京田さんとしての動機は何だったのでしょうか。
京田
最初は断ろうと思っていたんです。でも、「庵野さんに会って直接話を聞いてみたい」という気持ちもありました。「どうしてまた『エヴァンゲリオン』なのか。なぜ新作じゃないのか」という素朴な疑問もありましたし。
それでいざお会いしたら、庵野さんが開口一番、現在作られているアニメ作品に対しての憂いを語り始めたんです。同時に今のアニメファンがアニメをどう見てるのかという分析も聞かされまして、「ああ、なるほど」と共感できる点が、かなりあったんです。そんな話のあとで、今のアニメ業界が置かれているこのバランスの悪さを何とかするためには、ともかく「新しい柱」を作らなければいけない、自分の『エヴァンゲリオン』という作品がそのために役立つなら、ひとつの生贄として差し出してもいいというようなことを聞かされまして、「ああ、そこまでの覚悟があって始めたことなんだ」と、ものすごく衝撃を受けました。なので「そのために僕に力になれることがあるなら、協力したいな」という気持ちになったんです。

インタビュア
なるほど。心情的なレベルでまず共鳴されたわけですね。
京田
次に面白かったのが、今回用のプロットやシナリオを読んだ時でして、これがものすごく刺激的だったんです。たとえばシンジくんの、「僕は父さんが何を考えてるか分かんないよ」みたいな心情描写を、さらっとセリフにして語ったりしてたんですね。そのとき、「ああ、庵野秀明という人は『現代』というものに対して、本当にヴィヴィッドに考えている人なんだな」と思ったんです。
 今のお客さんには、心理描写を画だけで伝えることは難しくなってきていると思うんです。すべてをセリフにして、「僕は悲しいんです」とか「僕は楽しいんです」と説明しない限り、分かってもらえない。そういうことを「意図的に」やっている「非常に現代的な」シナリオに思えました。TV版のときの『エヴァ』は、実はそういうことを直接的に表現しない方法論をとっていたと思うのですが、今回は時代に合わせて、あえて真逆の「語る」という方法にシフトしてきたんだと悟って、庵野さんの本気を感じました。
 また、打ち合わせの中からは「エヴァではあるけど、エヴァではないものを作ろうとしてる」ということも伝わってきたので、「それならオリジナルのスタッフではない自分が呼ばれた理由も分かる。だったらやれるかな」と思いました。

インタビュア
具体的な日付はご記憶ですか?
京田
最初はカラーの事務所でお会いしまして、ちょうど一年ぐらい前(二〇〇六年七月下旬)だったかと思います。

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リアルに感じたシナリオのシンジの言動

インタビュア
画コンテの分担は、どんな感じで決めていかれたのでしょうか
京田
樋口さんがすでに後半の「ヤシマ作戦」に着手していたので、それ以外の新作パートを担当という感じでした。

インタビュア
TV版の話数と話数の間にあるキャラ同士の絡みのところが中心と聞いてますが、それで良いのでしょうか。
京田
ええ。ただ、新規メカの設定はない、舞台を決めるための新しい設定もない、という状態で進めざるをえなかったので、僕としてはシナリオと、打ち合わせのときに聞いたイメージを自分なりに膨らませて描いてみるという感じでした。
ただ最終的な鶴巻さんたちの監督修正が入ってまとまった画コンテを見たら、僕のコンテはほとんど残っていなくて、それ以上に、そもそも打ち合わせで聞いたものとはまったく違う印象のものになっていたんですね。ト書き自体が変わってたり、シナリオから受ける印象とは違うシークエンスになっていたり、あまりにもシナリオと上がったコンテの中身が違っていたので、「こっちの方向へ振るなら、最初から言ってくれればいいのに」というのが、正直な感想でした。

インタビュア
変更になったのは、具体的にはシンジのキャラの解釈が中心ですか。
京田
打ち合わせでは、「この子は根から内にこもっている子ではなくて、実は普通な子なんだ。ただ、こういう異様な状況に置かれているから、ひどく追い詰められている」というような説明を受けました。シナリオも、実際にそんなニュアンスで書かれています。なので「シンジのアイデンティティ、前とだいぶ変わるな。でも、その方がいいな」と思って芝居を組み立てました。また、全体呎のことを考えると、画としてどれだけ単純化されつつ、象徴性を持たせてお客さんに感じさせるか、作画のカロリーも減らしつつ、しかしそれが今の時代に相応しい新しさを出すというのが映画としての勝負だと思ったんですけどね。

インタビュア
こちらで取材をした感触ですと、上がったコンテで判断つけて、改めて方向を決め直したという事情もあったようです。
京田
だから個人的には、オーダーされたものと違ったものを上げたとは全然思っていないんですよ。むしろ、最初から言ってくれれば、もう少し(実践的な)力になれたのにという気持ちはありますね。ただキャラの解釈以前に、何をもってして新しい『エヴァ』とするのかということに関しては、僕の仕事の範疇ではないので構わないんですが、単なる過去のブラッシュアップとしての『エヴァ』にするんだったら、別に僕にオファーする必要は無かったんじゃないのかなとは思いましたね。

最強に近いデジタル撮影

インタビュア
コンテを担当するにあたって、四部作全体の中で『序』をどう位置づけていくかは、話し合われたのでしょうか?
京田
『新劇場版』をどういう方向に持っていくつもりなのかは、衝撃の展開込みで最初に庵野さんから聞きました。でも、その時の構想に沿わせていくにしては、今の一本目の描き方だとちょっと厳しいような気もするんですね。そんな一本目をふまえて、二本目はかなり大きく変わっていかざるを得ないはずだから、この先本当にどうなるんでしょう(笑)。ただ、やろうとしていることの本質自体は、そんなに大きく変わっている感じもしないので、実はそんなに変わらないのかもしれませんし。
そういう意味では、『序』のフィルムって、かつて見ていた人たちには、「ビジュアル的にインフレーションを起こしているだけ」「同じようなことを今の技術でやっただけ」なんて風にとらえられる可能性もあると思います。そこについては良いとも悪いともいう感想はないんですけど、自分としては、最初に聞いた「新しいエヴァの流れ」がとても挑戦的で刺激的だったという感触が、フィルムに少しでも残っていてほしいとは思います。希望的観測かもしれませんが。

インタビュア
ラッシュをご覧になったそうですが、どんな印象を受けましたか?
京田
ちょっとした手違いで見てしまったんですけれど(笑)。画がすごく今風になっていて、固くて尖ってる、パキパキしている印象がありました。カゲつけも変わってましたし、ものすごく現代的だなと。
ただTV版の第弐話に相当するシーンでは、初号機の「暴走」という荒々しい印象が、ちょっと薄れてる感じがしました。きれいな、かっこいい映像にはなっているんですけど、TV版のときの衝撃に比べると……。もっとも、その辺は音がついたら全然印象変わるものなので、そこは差し引かないといけないんですけどね。
撮影は勝手知ったるT2で撮影監督も福士さんだから、想像はしてはいたんですけど、やっぱり良かった(笑)。フレアのかけ方や光の使い方にT2の底力を感じました。

インタビュア
鶴巻さんもデジタルにおける撮影の重要さを熱心に語っておられました。
京田
今のアニメ撮影って、状況的に演出というものを分かっていないとできなくなってきてるんですよ。それにT2スタジオは単なるデジタル撮影の会社ではなく、高橋プロダクションの流れをくんでいるので、他の撮影会社さんとは明らかに差をつけていると思います。その辺は代表取締役の高橋賢太郎さんが「うちはフィルムの時代からずっとやってきた撮影会社としてのプライドがある」とおっしゃってますし、そんな中でも福士さんのところは劇場作品を多く担当してきた凄腕のチームですしね。
福士さんたちは、たとえば「こういう感じでいきたいけど、ちょっとやってみて」なんてことを細かい指示なしに簡単に頼めて、かつこちらが考えている以上のものを上げてきてくれるんですね。そこからの「もっとこうブラッシュアップしてほしい」という要求にも的確に対応してもらえます。演出としては大変ありがたい方です。劇場とかオープン・エンドなど手のこんだ作品だと、専用のフィルタを作って、カットごとにいじり倒してみたりと。もう、毎回感動させてもらえる人たちです(笑)。

インタビュア
先ほど絵柄についての違いに言及されましたが、違いはどこにあるのでしょうか。
京田
絵柄については、やはり時代というものがあると思いますし、それを意識した作りをしている以上、違うのは当然だと思います。ただ僕が感じた違和感は、もしかすると動画の部分にあったのかもしれません。一般的に言われている産業的な空洞化、動画を海外に出さなくてはいけないという問題の余波かもしれませんね。もっとも、これもまたラッシュ段階での話ですし、かなりマニアックな見方なので、なんとも言えないんですけれど。
まあ、そのバラつきが、作品全体のグルーヴを生むことも多いんで、一概に否定するべきではないんですが、ただちょっともったいないなあと思ったのは確かですね。

四部作の先にやるものへの期待

インタビュア
『エヴァ』に直接参加してみて、改めてどんな感想をお持ちですか?
京田
終えてみて面白かったのは、「僕は『エヴァ』的なものに興味なんか無かったんだ」ということに気がついたことですかね。これは数年前に自分が「『ガンダム』にはまったく興味がない」ということに気がついたとき以来の驚きでした。いや、両方とも大好きな作品ではありますが(笑)。

インタビュア
それは、TVシリーズの監督を経験したということも関係あるのではないでしょうか?
京田
実際に友人からそういう言われ方をされたこともありましたし、もちろんいろんな解釈の仕方はあるとは思うんですよ。ですけど、何だかどうもそういうことでもないような気もするんですね。うまく言えないんですが。
 庵野さんという作り手、フィルムメーカーはものすごく尊敬しているし、今もそれは変わらないです。「この人の新作だけは、絶対に観なくてはいけない」って気持ちになれるのは、アニメ業界では押井(守)さんと庵野さんしかいませんし。あ、鶴巻さんもそうですけど(笑)。
 そういう意味で庵野さんに対しては、いまだに強く興味は持ち続けているんですけれど、正直に言って『エヴァ』なんかよりも、むしろ四部作の先に庵野さんがやるであろう『何か』の方に、ものすごく興味がありますね。

PROFILE

新作・画コンテ:
きょうだ・ともき


1970年生まれ。大阪府出身。武蔵野美術大学卒業後、グラフィックデザイナー、VJなどを経てグループ・タックで『地球防衛家族』(2001年)の絵コンテ、演出を担当。その後、ボンズ制作、出渕裕監督の『ラーゼフォン』(2002年)で監督補佐を手がけ、同作を再構成した劇場版『ラーゼフォン多元変奏曲』(2003年)で監督デビュー。2005年にTVシリーズ『交響詩篇エウレカセブン』で監督をつとめ、注目を集める。音楽とのマッチングを重視したOP、EDの演出にも定評があり、『鋼の錬金術師』(2003年)、『天保異聞 妖奇士』(2006年)、『精霊の守り人』(2007年)、『スカルマン』(2007年)といった作品で手腕を発揮している。

Joseki
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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 8:39 am

全記録全集:序 インタビュー:鈴木 俊二
取材・執筆:氷川竜介

総作画監督:
鈴木 俊二


TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』では開巻の第壱話において作画監督を担当。以降、鈴木俊二は、設定補、作画監督、原画、レイアウト監修など、多面的に『エヴァ』の画づくりをアニメーターとして支えてきた。今回、総作監を務めた『序』での仕事は、どのようなものであったのだろうか。

厳しいスケジュールの作画作業

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インタビュア
本作へのご参加の経緯からお聞かせください。
鈴木
P様(松原秀典)(※1)と同じくらいに話をもらったんだと思います。「そろそろ動きます」みたいな声をかけられたと思いますが、酒の席だったので誰かはあまり覚えてないし、庵野さんもそこにはいなかったと思います。もっとも僕としては、だいぶ前から庵野さんには「次があるんだったら声かけてね」って言ってありましたから。

インタビュア
ところが、その次の作品が『エヴァ』になったということですか。
鈴木
そうですね、こういう形でやることになるとは夢にも思わなかったです。正式に話が来たのは二年前の冬で、僕がまだGONZOで仕事していたころですね。鶴巻さんから「会って話がしたい」と言われまして、庵野さんも同席して食事をしたんですが、そこで「また『エヴァ』をやることになったから、よろしく。鶴巻が監督をやるから、ぜひ鈴木さんに作画監督をやって欲しい」と依頼されました。まだその時点では、カラーは出来ていなかったと思います。

インタビュア
その時はどんな感じの作品というお話でしたか。
鈴木
「少しは新作カットが入るけど、総集編にする」と言ってましたね。ですから期間的にも全部で二年半くらいで終わる仕事という前提でした(笑)。

インタビュア
もう一回『エヴァ』をやることについては、率直にどう思われましたか?
鈴木
「新しいことに挑戦すればいいのに」とは正直思いましたが、商売的なこと含めていろいろな流れがありますからね。僕は前回の『エヴァ』が終わってからガイナックスを離れて、しばらく外から眺められる立場にいましたから、庵野さんが独立して新しい会社を作ったということについてもある程度客観的に見ていて、「なるほどそうなったか」と思った方です。ですから良いとか悪いとかいう意見は特になくて、仕事としてきちんとやろうというだけです。ただ、いろいろな困難があるだろうなとは、予想しましたけどね。

インタビュア
現場にはいつごろ入られたのでしょうか?
鈴木
このスタジオを立ち上げる前あたりですから、一昨年(二〇〇六年)の七月くらいですかね。そのころから打ち合わせを始めてました。

インタビュア
作画作業的にはどのあたりから始められたんでしょうか。まず原画を発掘するところから手をつけたとか?
鈴木
そういった実作業は、制作の小笠原さん(宗紀/アニメーションプロデューサー)たちの担当でした。その作業に目鼻がつかないと、アニメーターとしても手のつけようがないので、スタジオに入ったけど仕事はないという状態がしばらく続きましたね。

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インタビュア
では、立ち上げ時は原画発掘作業を横目で見つつ、という感じで。
鈴木
ええ。当時の紙資料も散逸していましたし、貞本さんが描いたラフ原画やラフ設定など、公式に出ていないもので自宅に保存していたものがありましたから、後々役に立ちそうなそうした資料を発掘したりしてましたね。

インタビュア
その時点では、発掘した原画をどう料理するか含め、作業の全体量もまだ見えてなかったという感じですか。
鈴木
公開が九月に決まったのは、一昨年(二〇〇六年)の年末ごろですよね。僕はその前にGONZOで『ブレイブ ストーリー』の作監をやったりして劇場版の経験もありましたから、「このカット数だったら、これくらいかかるだろう」とスケジュールを逆算して先読みするわけです。九月公開だとすると、録音の関係もあるから7月頭ぐらいには作画が終了していないとまずい。「作監を五人ぐらい立ててくれるんだったら何とかなるかもしれないけど、実質半年で二千カット近くなんて無理だよ」と、周囲にはっきり言ってたんです。

インタビュア
それは体制的に無理だということですか。
鈴木
そうです。日割で計算すれば破綻することが明らかに分かりますよね。「火事場の馬鹿力」なんてことも言われましたが、もう僕も若くはないから、毎日会社に泊まって作業なんて無理なわけですよ。ですから、僕としては二〇〇七年の正月明けあたりからはコツコツとやるしかないだろうと、腹をくくったわけです。一週間で何枚修正入れたとか計算して、けっこうバリバリ飛ばして描いてましたよ。でもそんなことをしてたら、四月くらいでもうバテちゃいましたけどね(笑)。

十二年前と現在の絵柄の統一

インタビュア
鈴木さんとしては、とにかくカット数を稼ごうとしていたわけですね。それは主にTV版の原画を修正するカットですか。
鈴木
そうですね。発掘された原画に修正を入れつつ、新規の原画を起こすカットのレイアウト修正も並行していきました。もりやま(ゆうじ)さんや黄瀬(和哉)さんが後に作監として入りましたが、それでも途中で全体の作業量が極端に増えてるんですよ。二~三パーセント増えるだけならいいんだけど、急に十五パーセントぐらい増えたりするんで、追いつくわけがないんです。相当きついわけですから、制作ともかなりケンカしましたよ。二~三日がんばっただけでは、どうにもならない量ですから。
カラーさんの場合、庵野さんが社長と監督とプロデューサーを兼ねているから、こういうことも起きるんです。普通だったら、「ちょっと待ってくださいよ」と監督を制止する人がいるはずなので。

インタビュア
ところでTV版の原画を直す作業に関しては、どの程度修正しようとか、あるいは方向性のようなものはあったんでしょうか。
鈴木
いえ、特にないです。よく描けている原画に関しては直さなくてもいいだろうという判断はありましたが。

インタビュア
たとえばTV版はスタンダードサイズですが、今回はビスタサイズですし、劇場なので密度自体も違うとか。
鈴木
レイアウトに関しては摩砂雪さんのセンスに負うところが大きいので、僕はそんなにたいした仕事はしていないんです。総作画監督として、主にキャラクターを修正していただけですね。

インタビュア
アニメ業界って毎年のように全体の絵柄に関して一種の流行が変わりますよね。十二年前当時の流行と今の流行をマッチングさせるようなことはしましたか?
鈴木
もちろんそれはありますよね。自分の絵だって十二年前に描いたものは他人が描いた絵のような感じがするものですし。僕なりに統一感を出そうとはしたんですが、やっぱり圧倒的に準備期間が足りなかったんですよ。
TVシリーズの『エヴァ』にしても、第壱話には三ヶ月くらいかけてるんです。すると、やってるうちに次第に絵に慣れてくるんですね。そういう助走時間があって何とかなったわけですが、今回の場合はいきなりフルスロットルでしょ(笑)。最初のうちに出した絵は、自分でも後半とギャップを感じますよ。もう少し慣れるための準備期間は欲しかったですね。第一、十二年前の絵を今描こうとしても描けるものではないんですよ。貞本さんが描く絵にしても、初期の頃と今とではキャラも微妙に違ってますしね。

インタビュア
確かに漫画の単行本を見ると顕著ですよね。そのあたりはどの程度合わせていったのでしょうか。
鈴木
そもそもTVのフィルムを九十分にまとめるにしても、各話で作監が違うわけですから、絵柄もまちまちなんですよ。そこに対して、最低限のキャラの統一という部分の仕事はできたんではないかと思います。BパートはP様が作監をやってくれることになりましたが、その部分に関してもある程度レイアウト段階で「こう直してほしい」という方向性の見える修正は入れるようにしました。総作画監督として全体を通して見て、それほど違和感がないようにしたつもりではいます。

意図をくみつつ全体を統一する作業

インタビュア
作画上のニュアンスという点では、どんな点に気をつけたのでしょうか。
鈴木
P様は並行作業で筋肉ムキムキの男子が出てくる作品のキャラクターデザインを手がけてまして、裸になったシンジも筋肉質だったので、「もう少し女性っぽく、ひ弱な感じで描いてください」と指示したことがあります。それは、今回は庵野さんと鶴巻さんから「シンジとミサトの話をきちんと描きたい」と聞いていたからですね。庵野さんはさらに「ミサトやリツコの世代をきちんと描いてみたい」とも語ってました。
絵柄も結局、そういった演出意図に関係してくるんです。ダメダメなシンジが最後にキラッと光って見えるというのも、それまで途中のシンジを本当にダメな奴、ひ弱な中学生として描いておかないと成立しないわけです。そういう思惑があったので、しつこいぐらいにシンジの首筋をか細くして、なで肩にしてと、そういう部分にはこだわって修正していたつもりです。

インタビュア
なるほど。単純に顔を直すだけではなく、キャラのもつ雰囲気ごと整えていかないといけないということですね。それでしばらくは、発掘された原画と上がってくる新作画部分のレイアウトを直していく作業が続いたわけですか?
鈴木
いつも三つか四つの作業を同時並行してましたね。TV版の手直しだけだったのは、おそらく最初の二ヶ月ぐらいでしょう。あとはもう無茶苦茶な状態になってしまいました(笑)。本当はBパートの作監も自分でやりたかったんですが、「それはあきらめてくれ」と止められたのは五月の頭ぐらいでしょうか。「松原くんなら大丈夫でしょう」とは言ってましたから。

インタビュア
では、引き続きAパート中心に作監されていたんですね。
鈴木
新カットのレイアウト以外はそうなりますね。五月中ぐらいで、Aパートの修正は全部終わりました。六月後半あたりからはBパートの中でもTV版の第伍話に相当する部分を直してくれと最初は言われていたんですが、時間がなくなってくると「もとが良いところは直さなくていいです」と言われたりしましたね。

インタビュア
TV版の原画が見つからなかった部分は、どんな風に対処されましたか?
鈴木
演出の原口さんの指導のもとに、ある程度は画面をプリントアウトしたものからアシスタントが原画を再現し、それに修正を入れてました。ものによってはコピーが私に渡されて、直接原画を描き起こすこともありましたね。おそらく止め絵だったらその方が早いという判断でしょう。

インタビュア
なるほど。ハードコピーを原画に見立ててそこへ修正を入れるわけですね。
鈴木
特にTV版の第壱話、第伍話に関しては自分で作監をやってましたから。「この時はこういう気分だったな」とか、「こういう意図があってこういう画面にしたんだな」というのは、自分自身が一番分かっているわけです。それでも、Aパートの監督は摩砂雪さんですから、なるべく再確認しながら作業を進めるようにしました。

インタビュア
TV版と同じように見えても、多少変わったりしている部分もあるのでしょうか。
鈴木
僕の中では変えるつもりは、あまりありませんでした。ただ、TV画面を単純に引き延ばしたり、ちょっと横の絵を描き足したりしただけでは、劇場のワイド画面に対して奥行き感が出てこないものなんです。やっぱり劇場版ならではの画を見せたいわけですよ。摩砂雪さんはフレーミングを考えて、全体的にレイアウトを小さくしようとか、そういったことを試してましたね。そんなわけで、結果的に「全部直したほうが早いな」という話になっていったわけですけどね。
あとTV版の時って、けっこう粗忽なミスが目立つんですよ。たとえばミサトの腕時計があったりなかったりとか。そういうのは本当は演出に言わないといけないんだけど、僕のほうで整合性をとるようにしてました。

インタビュア
極端な言い方になるかもしれませんが、TV版のままでは無理があったということになるのでしょうか。
鈴木
どうなんでしょうね。監督陣のこだわりも、最初は少なかったはずなんですよ。だんだん本気度が上がっていったんじゃないですかね。

アニメーターとしてのジレンマ

インタビュア
実は、観客の印象としては不思議な感覚に陥ってると思うんですよ。TV版のままのような、そうではないような。自分自身も、TV版の原画のところは単にデジタルに組み直す作業だけだと思ってましたし。その辺に興味があるんですが。
鈴木
そうは言っても、動きまでは直せないんですよね。本来、アニメーターというものは修正だけする作監とは少し違って、キャラクターに演技をつけてナンボというところがあるわけです。でも、Aパートの原画に関しては、摩砂雪さんがビデオで粗編集したものができあがってて、すでにもう「このタイミングでこの芝居をする」というのは固まってるわけです。だから芝居を変えるということは、まずできないんです。ゼロから演技を創るというのも、それはそれで苦しいことなんですが、きっちり決まってしまって何も変えられないというのも、アニメーターとしては辛いんですよ。だって、こういう制作手法をとった作品って、今までないでしょう。

インタビュア
前代未聞かもしれませんね。TVのものを劇場にかける場合、TVの絵はそのままですし。大昔の『スーパージェッター』というTVアニメはモノクロからカラー版に作り直してますが、それも機械的にトレス・ペイントし直したというレベルでしょうし。似て非なるものにしたいけど、呎が違ってきて非では困るという二律背反みたいな作業は、おそらく前例はないと思います。
鈴木
なので、「新作ばかりのBパートがうらやましいなあ」と思ったりしましたね。TV版の時にも、僕は実は「ヤシマ作戦」の方をやりたかったし。

インタビュア
第伍話ではなく、第六話の方ということですね。第六話って、本当に多くのスタッフがやり残したという気持ちが強いんですね。
鈴木
庵野さんと摩砂雪さんのつきあいって、それこそ『トップをねらえ!』の第四話からですよね。あのあたりの「東宝特撮映画テイストのレイアウトや雰囲気でやりたい」という思いは、僕もよく分かるんです。そういう意味でも、やっておきたかったという思いは残ってますね。

インタビュア
でも、Bパートもレイアウトは描かれてるんですよね。
鈴木
レイアウトといっても、Bパートの作監はP様ですから、彼がレイアウトを直した上に、僕が総作監としてキャラ修正を乗せたということに過ぎないんですよ。僕としては、原画の総作監までやりたかったんです。でも「スケジュールがないから、Bパートは頭の第伍話分のところだけ見てください」という話になったんです。
P様は『ああっ女神さまっ』みたいな作品もやってますから、画風が非常に華麗でしょう。そういう意味では新風が導入できて、よかったんじゃないでしょうか。

限られた時間で盛り込まれた莫大な情報量

インタビュア
映画全体をご覧になったご感想をぜひお聞きしたいのですが。
鈴木
目に厳しい作品だなと感じました。エフェクトとしての透過光のコントラストが強いなと。それと情報量ですね。劇場で観る前に、僕らはパソコンの画面でラッシュを確認しているわけです。1コマ1コマ見ていくと、ものすごい情報量だということがよく分かるんですよ。庵野さんってデジタルの経験がないにも関わらず、よくこんなにてんこもりにできたなあと。やっていくうちに、欲が出てきたんだと思います。3Dのスタッフもよくがんばってましたしね。モブシーンなんて、CGに見えませんからね。ああいった画面は、CGスタッフがうまくないと出来ないもんですよ。

インタビュア
情報量が並大抵ではないということですね。しかもあの期間で。
鈴木
特に最後の二ヶ月の、デジタルチームの頑張りには頭が下がりますね。「庵野さん、よくここまでこき使うなあ。鬼だなあ」と思って見てました(笑)。公開一週間前まで作業してましたからね。もう非常識なレベルですよ。

インタビュア
ところで新旧両方に参加されたお立場から、『新劇場版』はどう見えましたか?
鈴木
非常に難しい質問ですね。TV版に携わっていた立場からすると、やっぱりTV版は尊重しなくてはいけないと思うし、その反面、庵野さんが今作りたいものを提示していくことも大事ですし。今の段階では僕の感想としては、語れないですね。四本出そろった後でないと。
ただあえて違いを言うとすれば、今回はある程度は庵野さんが自分でスタッフを選別してスタジオを作りあげたわけですから、新しいスタッフに対しての要求が相当ねちっこくなったなと思いましたね。軽々しくあきらめることは、決してしなかったでしょう。逆に付き合いの長い僕らに対しては、「ああしてくれ」とか「そうじゃない」とか、あまり言わないですしね。

インタビュア
改めて庵野さんの気迫を感じられたわけでしょうか。
鈴木
僕は今回の仕事に関しては、「こりゃ無理だよ」なんて言いつつも、九月公開ということが大命題だと最初から思っていました。庵野さん自身も「絶対九月公開でいく!」と言い切った時点で、かなりの覚悟を決めたんじゃないでしょうか。自分で会社立ち上げて一本目の作品で、「すいません、できませんでした」ではシャレにならないだろうと、それは感じましたからね。だから泣くところは泣くしかないし、庵野さんが「泣いてくれ」と言うんだったら「仕方ないなあ」という部分はありましたね。まずはきちんと納品することが大事ですよ。

インタビュア
まったくおっしゃる通りですね。
鈴木
僕は大作の『ブレイブ ストーリー』をやった延長線上の物差しで計っていましたから、予算にしても劇場用としては破格の安さだったと見てるんです。これでは人が足りないとか、こんな小さなスタジオではスタッフが入らないとか、このスケジュールじゃ作監はもう三人必要だとか、ずっと言い続けてて不安要素だらけでしたよ。

インタビュア
それでもなんとか間に合ったわけですが、鈴木さんからご覧になって、その秘訣のようなものはどこにあるとお考えですか。
鈴木
庵野さん、あまりキャラクターを動かさない人ですからね(笑)。やっぱり止めが多いですし、鶴巻さんのコンテが上手いからだろうけど、動きが少ない画面でもカット割りで格好いい画面に見せてしまいますからね。

[b]インタビュア

間に合わせる上では、作画していく部分に加えて、リテイクも相当多かったようですが。
鈴木
相当しつこくリテイク出したようですね。一回フィルムにしたものに、もう一度リテイク出したりしてますよね。上がってきたものを見ると「あれ? 違ってるな」というカットがたくさんありましたから。冒頭のVTOL機なんてどんどんディテールが足されていった上に波ガラスが入ってきたりして。ラッシュ見るたびに進化してるんです。だからデジタル部は大変だっただろうなあと。

インタビュア
フィルムになってからそのレベルで直すとなると、2カット分作ってるようなものですよね。
鈴木
2カットどころか、OKテイクになるまで何度でもやり直すということですよ。どれぐらい撮ったか、総時間の数字が出せると面白いかもしれないですね。映画三本分くらい作ってるかもしれないですよ(笑)。ラッシュが出てきて「これって昨日も見たよ」っていうカットがあるんですが、微妙に変わってるんですね。照明のあたり方やハレーションの出方とか、本当に微妙な違いですから、リテイクの嵐になるのも分かるんです。

インタビュア
確かにデジタルで修正したときのレスポンスの速さは、庵野さん相当気に入られたみたいですよね。これからまだ、二作目以後も続きますが、鈴木さんは今後も関わられていく予定ですよね?
鈴木
はい。すっかり長丁場になりまして、約束の二年半はもうすぐ経ってしまうんですけど、どうするんでしょうか(笑)。次回はコンテを見てみないと何とも分からないですね。僕はもう受け入れるしかないです。

インタビュア
二作目以後、新作カットが増えてくれば、縛りが減ってやりやすくなる面もあるのではないでしょうか。
鈴木
ただ、おそらく無茶な芝居はつけないでしょうね。「アニメーターを信用してないのかな」と思う時すらありますよ。それこそ押井(守)監督みたいに1カットで一分動かすとか、そういうのはしないでしょう。

インタビュア
最後に締めくくりの言葉をいただけますか。
鈴木
僕はGONZOの立ち上げ時期とか、大きくなる過程を見てきてます。庵野さんたちもガイナックスから離れて、アニメーションとしての映像には目を光らせつつ、制作的なことも考えないといけないし、マネージメントみたいなことまで自分でやらなくちゃいけくなってるわけですよね。ただ、僕らはみんな「ここで作画的に暴走して日数を使ったら後で大変なことになるぞ」とか、ずっとそういう管理を意識した環境にいて、それに慣れてしまったわけですよ。そういう意味では、作画的にハジけることがあまりできなくて、フラストレーションが溜まっているわけです。ですから、カラーさんではもう少し暴走してもいいんじゃないかと、自分自身は思います。

インタビュア
そのあたり、二作目の『破』以降でどうハジけるか、楽しみですね。
鈴木
忘年会の時に本田(雄)さんにも言われたんですよ。「もっと鈴木さん、がんばりましょうよ」って。本田さんと僕は『ふしぎの海のナディア』の頃からいっしょにやってきて、お互いに認め合ってる仲だと思ってるから、あえてそういう言葉をかけてくれたんだと思うんです。それは、本当にありがたい言葉でしたね。

PROFILE

総作画監督:
すずき・しゅんじ


1961年生まれ。東京都出身。東京デザイナー学院アニメーション科卒業後、スタジオジャイアンツに入社し、摩砂雪、増尾昭一らと出会う。後にフリーとなりガイナックスでは、『ふしぎの海のナディア』(1990年)第1話の作画監督を務めた。TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)では第壱話、第伍話、第七話、第拾伍話、第弐拾参話の作画監督を担当し、原画、設定補、レイアウト監修を手がける。『新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 THE END OF EVANGELION』では第26話「まごころを、君に」の作画監督を担当。他に『フリクリ』(2000年/原画)、『ゲートキーパーズ21』(2002年/作画監督)、『カレイドスター』(2003年/原画)、『巌窟王』(2004年/作画監督)、『ブレイブ ストーリー』(2006年/作画監督)、『トップをねらえ2!』(2004年/原画)などに参加している。

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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 10:16 am

NOTE: I had to manually correct a typo in this interview.

全記録全集:序 インタビュー:松原 秀典
取材・執筆:氷川竜介

作画監督、デザインワークス:
松原 秀典(カラー)


『ああっ女神さまっ』『サクラ大戦』など数々の華麗な美少女キャラクターで知られる松原秀典は、 『序』では完全新作の多く含まれているBパート中盤以降の作画監督を主として担当している。 改めてカラーの中に入って『新劇場版』に参加した立場から、今回の「REBUILD」作業と現場の雰囲気、 進め方は、どのように感じられたのだろうか?

途中から大幅に増えた新作パート

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インタビュア
今回、松原さんが参加された経緯からお聞かせください。
松原
今回の『新劇場版』でカラーに入る前までGONZOで鈴木(俊二)さんと一緒に仕事をしていまして、それで誘われたんです。庵野さんが新しく会社を作って事務所を開いたとお聞きしまして、すぐ近くだったからご挨拶をしに行って、そこであらためて詳しい話を聞いて決めました。

インタビュア
前の『新世紀エヴァンゲリオン』にも参加されていた経緯ではないかと思っていたのですが。
松原
あの時は原画を少し描いただけでしたから、ほとんどやってないに等しい印象ですね。そういう意味で、最初から現場に席を置いてこの作品に参加できるというのは、自分としても嬉しいことでした。感覚的にはそれこそ『ふしぎの海のナディア』(※1)以来という感じなんです。当時とほとんど同じスタッフとまた仕事ができることが、とにかく楽しみでした。

インタビュア
お話の当初から作画監督としての参加ということだったのでしょうか?
松原
最初は「原画を手伝ってくれないか」という程度の話でした。その時は再編集版と聞いてましたから、フィルムをデジタル化して新作を150カットほど加えるということで、その追加部分の原画を手伝ってくれないかと。お互い「わりと軽い仕事」という感じの話でした。  そのころ、フィルムをデジタル化するテストもやったりしてましたね。そうしたらフィルムをわざわざデジタル化すると莫大な費用がかかることと、画質の限界も分かってきまして、それなら原画や背景もある程度は残っているので、動画、仕上げから今のデジタルアニメの作り方でやり直したほうがいい、という話になっていったらしいんですよね。

インタビュア
作画作業が本格化したのはいつぐらいですか。
松原
去年(二〇〇六年)の十二月あたりからです。それ以前は、少しずつ上がってくるコンテをながめてたんですが、150カットと思ってた新作が、いつの間にか500カットから700カットになってて「あれっ?」という感じで(笑)。

インタビュア
それは驚きますよね(笑)。今回の『新劇場版』では、TV版の原画から起こしたものと完全新作画の部分とがありますが、松原さんは新作の専門だったんでしょうか。
松原
一応、おおまかな分担としては新作のところですね。一部、TV版の原画を使うシーンの修正作業も、という話はあったんですが、やっぱり当時のイメージが強すぎて、新参者の僕が手をかけると壊してしまうんじゃないかと思ったんですよ。それで「TV版の原画を活かす部分の作業はできない」と早めに宣言して、新作の部分だけの作業ということで、お願いしたんです。新作カットであれば、どのように描いても比較されるわけではないでしょうからね。

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意識して描くために必要なディテール

インタビュア
設定書を見せていただいたんですが、新作部分の作画監督に加えて、キャラ設定の一部を松原さんが描かれてるようですね。
松原
最初に手が空いてた時期があったので、ミサトやリツコの服装やネルフの作業員のキャラクター、それとプラグスーツ関係を少し起こしています。僕はきちんと決め込んでやらないとできない性分なので、まず「プラグスーツのディテールを決めさせてください」と自分から申し出まして、参考程度ではあるんですが、設定っぽいものを描かせていただいたということなんです。最初のTV版のときのキャラクター設定が描かれてから後も貞本さんが継続的に漫画を描かれていますので、デザイン的な部分も変化していったり、決め込まれていったりしているんですね。

インタビュア
既存の設定では、形状が曖昧だったりしたのを正確に詰めるような設定ですよね。
松原
アニメーションづくりはやはり集団作業ですから、自分だけが理解しているだけでは仕方ないんです。たとえばレイアウトにしても、きちんと背景さんや演出さんに内容がわかるように描く必要がありますし、作監だったら原画・動画の人に伝わるように、自分の指向が劣化しないように、なるべくストレートに伝わるように修正を入れないとまずいわけです。それと同じような意味あいから描いたものなんですが、動画さん、仕上げさんに対しても「このパーツはこう意識して描かれているんだ」ということを明確にして、それを意識しながら作業をしてもらおうという意図もありました。

インタビュア
それは材質から考えてディテールアップしていくとか、そういうことですか?
松原
ディテールは貞本さんの漫画から拾うようにしました。「こういうふうに形をとらえて描いていきましょう」ということですから、指示というか、もっと単純な「描き方」なんですね。アニメの設定と漫画では、プラグスーツの部品なども形状がかなり違っているんですよ。ボリューム感もまるで違いますし。「ディテールはゆるい方が描きやすい」という人もいますが、僕は決まっていた方が描きやすい性質なので。なかば無理やり作ったところもあります。

インタビュア
鈴木俊二さんがAパートの作監、本田雄さんはメカニック作監ということで、Bパートが松原さんの分担ということで良いのでしょうか。
松原
作監作業としては第6使徒の登場からですね。他にAパートのお手伝いやレイアウト、原画などもやっています。後半は僕の作業から三分の一ぐらいを分けて、キャラクターによっては奥田(淳)さんにもやってもらってます。

 
あきらめるつもりがない現場の面白さ

インタビュア
始めるにあたって、庵野さんから注文はありましたか?
松原
特に何も。「よろしくね」と言われたぐらいですね。庵野さんは駄目だったら駄目で、「こうして欲しい」と明確に言ってくる人ですので、今のところ何も言われないということは、大丈夫なのかなと思ってます。ただ、映像になってから反応があることも多いので、編集が始まると何か言ってくるかなと予想してますが。

インタビュア
ところで、現場の雰囲気はいかがでしょうか。
松原
この現場は面白いですよ。他と明らかに作り方が違っていると思います。本当にたとえて言うなら「ライブ感覚」で、その場その場の考え方で作っていくんですよ。良く言えばフレキシブルで、悪く言えば段取りが悪い。アニメーションというのは分担どおり機械的に作業を進めて、ベルトコンベア的に行くのが最も美しいとされているんですが、差し戻しがあったりするんですよね。進行予定が変わってやり直しをするのはしょっちゅうで、そこが面白いところじゃないでしょうか。

インタビュア
確かに普通のアニメだと、あるセクションのチェックを通過したら戻ってくることはないですが、『序』の現場は違うわけですね。
松原
みんな全然あきらめるつもりがないみたいですね。完遂できるかどうかはともかくとして、誰も自分の好みの部分に関しては絶対に譲らないで粘るんですよ。そこが面白いですね。  ここの現場ではフィルムになった後でも作画の差し戻しがあったりしますからね。お手軽ですまそうと思えばいくらでもできるんだけど、あえてそうしない。本当の「ものづくり」をしている感じがします。

インタビュア
達成すべきレベルまでは、あきらめないというのは興味深いですね。監督は三人いますが、みなさんこだわりは違ってますか。
松原
ちょっとずつ違いますね。それぞれの特性もありますし、好みや執着のテリトリーがそれぞれあって、方向性としてはけっこう違うと思います。特に『新劇場版』に対するスタンスみたいなものが、それぞれのなかにあるようですね。僕の場合、この『序』では様子を見ようというスタンスです。絵を慣らそうということと、制作現場や人に慣れようということで。水が違うので、なかなか苦労しながらやってますけどね。

インタビュア
雰囲気は明るい方ですか。
松原
どこもこんなものじゃないでしょうか。前の時はどうだったか分からないですけど、庵野さん自身がそんなにピリピリする方じゃありませんからね。やっぱり現場の雰囲気というのは、監督で決まるものだと思います。
Aパートから作り始めて仕上げている途中ですから、Bパートはまだ全然フィルムになっていないんです。あと注目と言えば、僕の描いた絵が旧作と全然似てないキャラになってるので、そこですかね(笑)。マジで似てないんですよ。ラッシュを観てると「誰だ、これ?」って本気で思いますから。予告編にも出てきたシンジくんがこっちを睨んでる絵なんて、全然違うんですよね。まあ、昔のキャラが好きな方は旧『エヴァ』を観ていただくということで。

 

インタビュア
あのシンジの絵は、あれはあれでいい気がしますが。
松原
画が上がってきて、はめ込んでみたら似てなかったので、きっと庵野さんたちも、ビックリしたんじゃないかな。

インタビュア
「ああ、今度はこうなるんだ」と、いかにも新作という感じで良かったですけど。
松原
確かに、結局、画がだいぶ変わっていないと新作っぽく見えないんじゃないかという話は、みんなでしたこともあります。旧作に新作を差し込むのって、おそらく賛否両論がすごくあることだと思うんです。でも、あからさまに違っていないとありがたみがないというか、それが新鮮だという評価もあり得るわけじゃないですか。「そこまでしないと面白くないんだよ、だったらガラッと変わっても大丈夫だろう」と、そういう話をしてたんですね。

インタビュア
最終的にはお客さんが判断することですから、大丈夫でしょう。
松原
一本目はお話的にもTVそのままでやってますから、「違う」とか何とか、かなり拒否反応は出てくると思うんですけどね。ただまあ、次からは新作シーンの割合が多くなるらしいので気にならなくなってくるでしょう。
作ってる僕らも庵野さんが何考えているのか、よく分からないんです。とにかく一本目は本当に『序』ですよ。それも、助走の「助」。でも、助走からこんなに力入れちゃっていいのかな(笑)。最初はスパッと思いきりよく普通に作るはずだったのに。みんな苦労してますからね。

インタビュア
予告編観ただけでも、明らかに普通じゃないのは分かりますよ。
松原
「お手軽にやれるはずだ」という意識を、ずっと引きずりながらやってたんですよね。実はすごく苦労してるんですが。もっとサッと作って、すぐ次に入るはずだったんですよ。全然、時間足りてませんから。明らかに最低でも一か月足りないんですよね。やっぱり半年では無理だというのが、よく分かりました。

インタビュア
全体を通じての感想があれば、いただけますか?
松原
僕の場合、このスタッフでの仕事が本当に久しぶりだったので、人に対しても絵に対しても入りこむのにちょっと時間がかかったんです。ようやく後半になって走り出せたんですね。ですから、このまま続けて次の『破』に入れればいいなと思っています。

PROFILE

作画監督、デザインワークス:
まつばら・ひでのり


1965年生まれ。富山県出身。庵野秀明監督のTVアニメ『ふしぎの海のナディア』(1990年)で作画監督を担当。藤島康介原作、合田浩章監督のOVA『ああっ女神さまっ』(1993年)でキャラクターデザイン、総作画監督を担当。1996年にセガからリリース開始された藤島康介のキャラクター原案による『サクラ大戦』シリーズでも、キャラクターデザイン、作画監督を担当。キャラクターデザインの代表作は前田真宏監督『巌窟王』(2004年)など。2006年には画集「松原秀典アートワークス」(ソフトバンククリエイティブ)を出している。

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 10:25 am

全記録全集:序 インタビュー:本田 雄
取材・執筆:氷川竜介

メカニック作画監督:
本田 雄(カラー)


アニメーター本田雄はTVシリーズ時から卓越した作画力で『エヴァンゲリオン』の緻密な映像を支えてきた一人である。その人物の演技には定評があるが、今回はあえてEVA関係のみの作画監督を受け持つことになった。『新劇場版』の「REBUILD」によってパワーアップしたそのアクション感覚、手描きの作画の味とは?

EVAに特化した作画の修正

インタビュア
今回、改めて参加を決められたのは、どのような経緯からでしょうか。
本田
実は僕は別の仕事に入っていたので、最初に誘われた時にも「来年(二〇〇七年)の秋くらいからなら参加できるんじゃないかな」という話をしていたくらいです。でも、そうすると一本目にはあまり関われないことになってしまうわけですよね。それは嫌だなと思ったんです。途中から入ると、みんなのテンションについていけないような気がしたからですね。なので、最初はどっぷりと関わる感じではなく、その別の仕事と並行しつつというかたちで現場に入りました。

インタビュア
今回は「メカニック作画監督」というクレジットですが、具体的な作業内容を教えてください。
本田
EVAの初号機と零号機、それから設定の変わった陽電子砲などのメカ装備系を統一できればいいかなという形で、修正作業をやっています。キャラは総作監の鈴木(俊二)さんとBパート作監の松原(秀典)さんにお任せしているので、メカに関しては全般的に自分が目を通すようにしています。余裕があればエフェクトにも手を出したかったんですが、今回は増尾(昭一)さんにお任せしました。時間もとれなかったし、今回はEVAとそれに付随するものしか描いていません。要するにEVA作監というわけですね。

インタビュア
原画は担当されていないんですか?
本田
描いていないです。修正のみですね。

インタビュア
設定的に変更された箇所は、どういう部分でしょうか。
本田
『新劇場版』用の設定としては、こちらで初号機の三面図を起こしています。今回のEVAは作画に加えて3Dモデルも作るということになったので、一応のすり合わせは必要だろうと、そういう意図です(※2)。前はかなり胴を細くして描いていましたが、そうするとどうしても重量感が出ないので、ある程度は太く見えるように変更しています。

インタビュア
今回、EVAに集中してキャラは担当していないということには、何か理由があるのでしょうか。
本田
前作の時には、キャラとメカの両方の作監をやっていました。『エヴァ』はTVシリーズにしてはメカの線が多くて、修正を入れようとするとものすごく大変だったんですよ。シリーズは時間も限られていますから、結果的におのずとキャラの方をメインに修正することになって、メカまでは手が回らなくなっていたんですね。そのあたりに心残りがありましたから、今回はEVA中心に徹底的に修正を入れてみたいなと。それとTV版のときにはできるだけ線を少なくしてやっていこうと思っていましたが、今回は劇場版でもあるので、逆にディテールをしっかり描いてみようとしています。でも、やってみるとこれがけっこう大変なんですよね(笑)。

インタビュア
EVAを描くにあたって大変なのは、どのあたりでしょうか。
本田
特にお腹の部分の形を取るのが難しいんです。ジャバラが輪切りに入っていれば、まだごまかしも効くんですが、ナナメに入ってるので非常に難しくなってます。身体をひねったりすると、もうごまかしきれなくなるところが出てくるんですよ。特に今回の『新劇場版』では、真ん中に腹巻きのように黄緑色の蛍光色が入りましたよね。あれが入ったために、「線を省略して黒ベタ処理」という措置もできなくなってしまいました。

インタビュア
設定には、細部の指示も描きこんでありましたね。
本田
ええ。初号機ってあちこちに丸い部分がもともと設定されていましたが、それが出っぱってるのか引っこんでるのかなど、立体的により明確化するようにしました。

インタビュア
ディテールを増やそうというのは、庵野総監督の意向もあるのでしょうか?
本田
庵野さんは、アニメーター時代から設定よりも作画段階で線を増やす人なんです。作監で増やすタイプの人。設定を作る段階でも「こういうのを入れてくれ」というオーダーが来てますが、それだけでもアップになると「線が足りないな」と感じるようで、カットごとにディテールをつけ足したりしています。もちろんバラつきが出ますが、自分もそういう点ではあまり気にしない方で、そのカットごとで成立してればいいかなと思って描きこんでます。

不正確ゆえに
意外な線が出てくる作画の味


インタビュア
メカを手描きにするか3Dで描くか、その境界はどのあたりにあるのでしょうか。
本田
単純に作画で大変なところは3Dでやってもらうようにしています。たとえばEVA電車で初号機が運ばれてくるシーンなどは、移動に精密さが要求されるので3Dにしていますね。あと使徒関係は、3Dになったところが多いです。もともとEVAは人間の芝居といった感じで動くものですから、かなりの部分を作画でやってると思います。

インタビュア
TV版から流用した原画にも、改めて修正を乗せていますよね。
本田
以前にやったやつをもう1度やるということですから、最初はそんなに苦でもないなと思って進めてみたんです。でも、後半枚数があるカットになってくると、「これはけっこう大変だなあ」と思うようになりました。

インタビュア
当時描かれた原画をご自分で修正をされたことと思いますが、どの程度、修正を入れるようにしましたか?
本田
結構直しましたね。TV版ではEVAの原画を担当していたのは、だいたい自分と吉成(曜)だったんですが、どちらも原画枚数が多くてたちが悪いんですよ(笑)。

インタビュア
それは全原画のように描かれていたという意味ですか?
本田
いえ、さすがに全原画とまではいかないんですが、直すのに相当苦労するような大量の枚数でした。

インタビュア
修正を入れるときに、気をつけているポイントは何でしょうか?
本田
EVAのプロポーションを変えていますから、まずは今回の設定にあわせるということが最優先です。演技自体は、それほど変えてはいないつもりです。原画が紛失したカットもあるので、それはとりあえずゼロから描き直すようにしていますが、他はそれほど変わっていないので、Aパートに関してはTV版とそんなに印象は変わらないと思います。

インタビュア
原画が紛失した部分は、プリントアウトしてトレスしたとも聞きました。
本田
そういうカットもあります。「このカットは原画がありません」といって分厚いプリントアウトが届いたりしましたね。少量だったら自分でやってしまおうと思っていたんですが、あまりにも分厚いものは増尾さんにお任せで。むしろトレスで上がってきた原画にきっちり修正を入れるようにしていました。

インタビュア
「ヤシマ作戦」の部分に出てくるEVAは、完全新作ですよね。
本田
そうですね。ただ、あそこのシーンに出てくるEVA初号機って、実は狙ってるだけだから、あんまり動いていないんですよ(笑)。AパートがTVからの流用部分でBパートが新作部分という関係から、進め方的にも先にAパートを終わらせてからということになりましたので、Bパートまではなかなか手が回らなくて。

インタビュア
設定の中に陽電子砲を構えている初号機の原画が入っていたのですが、あれも本田さんの絵でしょうか?
本田
そうです。あれはレイアウト修です。追い込みになると修正を入れられないかもしれないと思ったので、レイアウト段階でできるだけしっかり修正しておこうというつもりで描いたものです。

インタビュア
今回、EVA用に山下いくとさんの新設定がいくつか出ています。
本田
プログレッシブナイフの設定なども変更になっていますが、こちらで作画したのは、ほとんど陽電子砲関係だけですね。ガトリングガンについては黄瀬(和哉)さんの設定です。TV版で第参話あたりに相当するシーンは、グロスでプロダクションI・Gに出しています。その関係で設定込みで黄瀬さんにやっていただいたので、ずいぶん助かりました。

インタビュア
あの部分の使徒は3Dですが、その動きは?
本田
3Dはスタジオカラーでやっています。逆に言うと違いはそれぐらいで、自分的にはあまり変わってない気がします。すでに一度できちゃったものですからね。それをもう一回やるというのも、複雑な気持ちがします。昔の作品を見返すと、やっぱり気になってきて直し始めるんですが、そうするとキリがなくなってしまうんですよ。

インタビュア
『新劇場版』用のEVAに関して、庵野総監督からの注文は何かありましたか?
本田
特にありませんね。『新劇場版』に関しては、わりと自由にやらせていただいてる感じです。

インタビュア
摩砂雪監督、鶴巻監督からは?
本田
摩砂雪さんはわりと「ここはこうでなくちゃいけない」みたいな感じがありますね。そのため後から「線を足してください」という要求も出てくるようですね。鶴巻さんは、あまり細かいところにはこだわらない……そんなことはないか(笑)。みなさんそれぞれにこだわっていますね。

インタビュア
本田さん的に、前シリーズとあえて変えてみようと思われたところはありますか?
本田
実を言うとですね……前回って、怒りにまかせて描いていたところがあるんですよ(笑)。「なんでこんなに線が多いの!」ってことで。今回は、あまりそういうことはないです。なにしろ三回に分けて公開ということで先も長いですから、あんまりここで体力を消耗しても続かない気がするんですよね(笑)。

インタビュア
スタジオカラーの現場の雰囲気は、どのように感じられていますか?
本田
実を言うとですね……とってもいいですよ。宴会なんかもたまにやっていますしね。ただ、後半に入ってからは、現場もグチャグチャなので。いつの間にかダミーで出されてしまったところもあって、それをこれから直さなくちゃいけないかな……というところです。限られた時間でどこまで粘れるのだろうか、という感じです。

インタビュア
最後にみどころと言いますか、特別に苦労したカットがあればお願いします。
本田
実を言うとですね……「ヤシマ作戦」で初号機が陽電子砲を構えたまま、作画で全景に引いていくカットがあるんです。それを、いまどき背動(背景動画)でやってるんですよ。そこは自分なりに、けっこう気合いを入れて描いてみました。まだ仕上がりを見てないので、なんとも言えないところはありますが、あとで「作画じゃなくて3Dでやればいいのに」なんて言われたりしないよう、がんばりました。

インタビュア
「作画ならでは」の見応えというと、どういう部分になるのでしょうか。
本田
そうですね。作画は3Dほど正確ではありませんので、逆にちょっとぐらいヘタに見える部分が味になるんじゃないでしょうか。動きにつれて意外な線が出てくるところがありますから。3Dだと、どうしてもきれいに動き過ぎてしまうので、予想がついてしまってカタルシスに欠けるときがあるんですよね。そんな「作画の味」を楽しんでいただければと思います。

PROFILE

メカニック作画監督:
ほんだ・たけし


1968年生まれ。石川県出身。ガイナックスに所属し、『ふしぎの海のナディア』(1990年)で作画監督デビュー。TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)では、EVA初号機の初出撃を描いた第弐話ほかの作画監督を担当。劇場版『THE END OF EVANGELION/Air』ではEVAシリーズデザインとメカニック作画監督を担当。フリー以後はリアル系作品に参加し、OVA『アニマトリックス/BEYOND』(2003年)、映画『千年女優』(2002年)などで、キャラクターデザイン、作画監督、原画を担当。肉感的でエロスを感じさせる女性キャラクター描写には定評があり、圧倒的な描写力から現場では「師匠」と呼ばれている。

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 10:34 am

全記録全集:序 インタビュー:増尾 昭一
取材・執筆:氷川竜介

特技監督:
増尾 昭一(カラー)


爆発、煙、光線、スパーク、水流……。アニメーションの映像を彩るエフェクト作画は、『エヴァ』でも感情を盛り上げる重要なファクターである。そのアナログ時代の表現を『新劇場版』のデジタル映像へどう「REBUILD」するのか?エフェクトの第一人者、増尾昭一がその橋渡しのキーパーソンである。

セル画時代の表現が出発点になった

Image

インタビュア
増尾さんのところに参加の打診が来たのは、いつごろでしょうか。
増尾
去年の夏、『新劇場版』のために庵野さんが独立したときに、まずは最初の話をいただきました。そのころ私は自分の監督作品の『機神咆吼デモンベイン』(※1)の作業がまだ終わっていなかったので、少し遅れて十月あたりからカラーに入りました。  TVシリーズの素材を使って最新のデジタルで「REBUILD」することになったわけですが、セルを使ってやっていたあの時代、庵野組独特の小細工というか小技がいろいろありますよね。あのテイストをどうやってデジタルで置きかえて再現しようかというのが問題になったわけです。自分は庵野さんとは長いつきあいなので、「いつものアレ」と言われるだけで了解できる共通意識、共通言語ができているんです。そして僕の方が先にデジタルアニメを経験していたので、「セルの時のあの技法なら、デジタルでこうするとそれっぽく見えますよ」と庵野さんに提案することができるだろうと。そういった「セルアニメ時代の表現の再現」が、自分にとっては出発点でしたね。

インタビュア
小技というのは、セルの上にマジックインクを乗せて手でこすって汚しを入れるとか、あの類のことですか?
増尾
そうですね。汚しをつける手法にしても、デジタルの特効(特殊効果)をやっている方だと、基本的にフォトショップのツールで処理しようとするんです。そうすると、一見美しい仕上がりなのですが、光沢や影のグラデーションばかりが強調された、妙に不自然な立体感になってしまうんです。要するに、デジタルの機能を活かし過ぎなんですね。質感を入れ過ぎると今度は逆にBOOK(※2)を乗せたように見えてしまうんです。その中間がなくなってしまうんですよね。
 むしろセル画のように、タッチは残っているけど、BOOKではなくあくまでセル画であるような表現が好まれるんです。最初のうちは庵野さんがデジタルの特効を毛嫌いしているのかと思っていました。

インタビュア
やはりデジタルになったために、そうした違いが起きてきたのでしょうか。
増尾
セルの時は、作業上の限界点がある程度あったはずなんです。「これくらいやっておけば、印象的には同じになるな」というね。セルを背景にしようと思っているわけじゃないですから、やり過ぎはちょっとね。たとえば特効にしても筆で軽く塗ったりする方がいいし、マジック……というか厳密にはコピックですが、手でこすってちょっと汚れた感じを出すのも、要するにきれいなグラデーションを出したいわけじゃないからです。
 これは経験者にしかわからないことなので、「こうすると庵野さんが欲しがっている画になるんですよ」というセル時代の作業をデジタルに翻訳するような事例をパターン化して、なんとかマニュアル化できないものかと、現在模索中ですね。作品内容に関しては庵野さんのものですから、僕はとにかく画づくりと庵野さんのイメージの具体化の方法だけを考えるようにして、今回はそれに徹しています。

手描きのアナログ表現とデジタルの橋渡しをする

インタビュア
庵野総監督は、質感にかなりこだわりをお持ちですよね。
増尾
今回出てくるビルも、庵野さんが意図的にセルっぽくしていますね。僕はテクスチャマッピングみたいな作業をして「動くBOOK」にするのかなと思っていましたが、そうではなく「動くものはキャラクターだからセルだ」という判断になりました。ビルも電信柱も、庵野さんの世界観の中ではキャラなんですね。要するに背景として目立たなくするのではなく、それ自体に個性をもたせようとして、キャラ扱いしているんです。
表現方法として何か特定のものにこだわろうとしたとき、キャラとして扱えば、ディテールにしても何にしても神経が行き届くようになるんです。それを「BG(背景)さん、よろしく」なんて言ってしまうと、一枚絵として描かれることになるので、背景の中に溶けこんでしまって、面白くなくなってしまうんですよ。結局、セルでやってきた表現をいかに再現するかということになってくるんですね。

インタビュア
「REBUILD」の場合は、十二年前のお手本があるということになるのでしょうか。
増尾
確かにとりあえず目の前に「こういうものを作った」というサンプルはあります。でも、決して同じものを作ろうというつもりではありませんので、まったく同じに再現しても意味がないと思います。表現手段としては前作をお手本にしつつも、デジタル化で技術自体が変わっていますから、当時できなかったものは当然プラスアルファしていきたい。そういうことなんですね。

インタビュア
すると今回から可能になったような表現には、どんなものがありますか?
増尾
先ほど話題に出たビルが要塞化するところなどは、十二年前は絶対できなかった表現の代表でしょうね。他にも複雑なデザインのもの、例えばEVAを運ぶ電車などはセル時代なら動画がガタつくので「止め引き」しかできなかったと思いますが、CGでモデリングすることでスムーズな回りこみも可能になりました。デジタルがうまく使えるところに関しては、こだわって使いこなしていこうという姿勢です。決して楽にしようという意味ではありませんね。

インタビュア
そういう中で増尾さんの《特技監督》という肩書きは、どんな位置づけ、役割分担になるのでしょうか?
増尾
何人か《特技監督》でクレジットされている方はいますが、アニメ業界的には特に決まった定義はありません。僕の場合は「2D関係のエフェクト」になりますね。特殊効果に非常に近いのかもしれませんが、セルと手描きのアナログ表現とデジタル部分との橋渡しみたいな作業ができればなと思って、中間的な作業をしています。
だからと言って《デジタルディレクター》、あるいは《2Dディレクター》などと名乗ってしまうと、他にそういう役職が確立しているので、かえってややこしいことになるんですよ。僕の場合は作業も一方向ではありませんし、あがってきた映像に加える効果も多い上に、手描きの作画と、2D、3D両方にまたがっているハイブリッド的な処理も多々やっています。ですから通常の流れ作業的なアニメづくりから見れば、相当わけの分からない役割分担になるんです。ただし、一応は肩書きをつけておかないと現場も混乱するんですよね。《特技監督》って名づけておくと、「これは特技監督判断だな」なんて言えば済むので、まとまりもいいでしょう。そんな程度の意味だと思っています。

「たたき台」を作るとやりやすくなる

インタビュア
デジタルで処理されるときのツールは、何を使われていますか?
増尾
僕が使っているのはアフターエフェクツで、自己流で覚えたデータを参考用として出しています。あくまで自分のイメージ的なものを伝えるためだけのもので、適当に作っているので、プロ仕様ではないんですね。それを撮影さんに渡してイメージをつかんでもらい、実作業に使えるデータはそれを参考にしつつ、印象だけ移し替えてもらうということをしています。

インタビュア
特効にしても、サンプルを出しているのでしょうか?
増尾
そうですね。庵野さんの要望を聞いてダイレクトにやろうとすると、やりとりが何往復にもなってしまうので、効率が良くないんですよ。その前に僕の方で「こんなことではないかな」という「たたき台」を作っておくと、全体がやりやすくなるんです。

インタビュア
なるほど、コーディネイト的な役割ですね。
増尾
今回、デジタル部のメンバーが二十代から三十代半ばなので、スタッフ内で一番若いグループなんです。だから、セルでやっていた時の庵野さんの好みがわからないのも、無理はないと思います。若いだけにがんばり過ぎで、画面をゴテゴテにする傾向があるので、それを見た庵野さんが「これは要らん、あれは要らん」という感じだったので、そのギャップを埋めることができればと。でも監督の好みって、結局はそうやっていくうちに分かってくるものだと思いますから。

インタビュア
分かるようになるまでが大変ということですか。
増尾
それと最初のころ、庵野さんもなかなか動きませんでしたからね(笑)。迷っていたのかイメージが具体的に固まってなかったのか、そこまでは分からないですけど。ここふた月くらいになってから、庵野さんの方でもテキパキと的確に指示を出すようになってきました。
庵野さんって、きっとデジタルアニメにあまり積極的じゃなかったんじゃないのかと思うんですよ。撮影ソフトにしても、「セルでこう処理していた手法って、デジタルではきっとできないんでしょ」と思いこんでいた感じです。でも、自分で直接指示を出して再現できるようになったり、さらに上の表現が狙えるようになると、「なんだ、やればできるじゃないか」と。そんな手応えもあったと思いますね。

デジタル内部で完結しない発想

インタビュア
アナログ的な特殊効果の事例を具体的に教えていただけますか?
増尾
たとえば「タタキ」などですね。CGだと波しぶきはパーティクル(粒子)という技術を使って表現しますが、CG特有のクセがあって、あまりいい感じに見えないときがあるんです。そうすると「ここにはこういう質感が欲しい」という要望が出るので、それに応えて手描きで素材を作ります。実際には紙に描いたものをスキャンして、それを撮影ソフトに持っていって加工して重ねたりします。

インタビュア
なるほど、ある意味シンプルですね。
増尾
結局デジタル世代って、デジタルで始まってデジタルで終わる、つまりコンピュータの内部で完結しようとするから、外から取り入れる発想が出てこないんでしょうね。もともと絵描きを経験した上でコンピュータをいじればまだいいんですが、いきなりパソコン上での処理から入ると、絵心があまりない人でも、それなりのものができてしまうんですね。そうすると、どうしても機械に頼りがちになってしまうんですよ。

インタビュア
確かに自分でもフォトショップぐらいは扱うので、分かります。
増尾
そうなると、ゼロから作るのと違って、機械がもともともっている機能の中から選択して使うことになってしまうんです。2Dにしても3Dにしても、CGの人たちがもっている意識って、案外保守的だと思います。3Dの人も3Dの中だけで完結しようとしますからね。たとえばカメラがアオリから俯瞰へ連続的に移動するとき、3Dの場合は空間内に消失点を入れないといけなくなるので、パースが大きくとられてしまうんです。でもセルの場合だと、パースを無視してBOOKの引きを入れたりしますよね。そうした大胆な動きを加えた方が、迫力の出るときがあるんです。

インタビュア
それはどのようにするのでしょうか?
増尾
3Dではありえない部分を、わざと加えてやるんです。長い縦長の移動用素材を作って2Dの撮影にもっていき、その素材をPANする。そうすると消失点なんかは無視してイン、アウトするので、ダイナミックな移動に見えてきます。「これは3Dで背景を作ったので、どんなカメラワークにも追従できます」なんてよく言われますが、3Dだけで構成してしまうと、どうしても空間が狭く見えてしまいがちなんですよね。それは、消失点が画面の外に出ないからです。一点だけ動かない部分ができてしまうことで、どうしても画面の先が読めてしまうわけですね。

インタビュア
なるほど、意外性というか驚きがなくなってしまうわけですね。
増尾
そこに発想の転換が必要になってくるんです。セルではある見せ方をしていた画面を3Dでどう実現したらいいかと考えたとき、どうしてもビジョンの再現が無理だったら、奥だけ3Dにして手前だけBOOKにして引けばいい。それは、3Dの止め絵を2Dに出力して引くだけでも、充分な効果が出ます。そうした作業上のジャッジをこちらですることで、全体もスムーズに進み始めるんです。

 
秘密基地感覚に充ちた兵装ビル

インタビュア
そういう中で今回の注目ポイントを強いて挙げるとすれば、どの辺になりますか?
増尾
今は3D全盛時代で、なんでもできると思われがちですよね。そこをあえて2Dのセル的表現にもっていっている部分でしょう。何と言っても今回の狙いは、「CGでやっているのに、セル画に見える表現」なんですよ。「昔と同じじゃん」と見えるような部分にも、実はCGをふんだんに使っているんですね。

インタビュア
昔のセルだと簡単にできたのに、デジタルで苦労されたところはどこですか?
増尾
たとえば銃のマズルフラッシュ(銃口から出る発火)ですね。あれを3Dの人にやってもらっても、なかなかいい感じには仕上がってこないんです。でも、僕が手で描けば、ものの五分でできちゃう(笑)。スパークにしても、プラグインに入っているものは庵野さんが絶対に気に入らないに決まっています。イメージしたものを具体化することに関しては、やはり手で描いた方が圧倒的に早いし、細やかにコントロールできるんですよ。

インタビュア
メカ表現に関しても、今回は盛りだくさんですよね。
増尾
ええ。ビルや電柱も、結局は庵野さんにとってのメカなんでしょうね。ロボットは人型のメカだけど、もう一方で艦船類、つまり『宇宙戦艦ヤマト』のようなメカもあるわけです。地球の最深部を掘削する「ちきゅう」(※4)という凄い船がありますが、あれも遠くから見るとまったく船に見えませんよね。やぐらが組んであってヘリポートがあってと、ものすごいメカの固まりです。建物の一部なのかと思って近くに寄ってみると、そこで船だと分かって、そのとたんにメカになる。巨大メカとは、そういうものなんです。庵野さんのメカデザインは、そんな感覚を意識したものが多いですね。

インタビュア
兵装ビルがあんな雰囲気になっている秘密が見えてきました。
増尾
庵野さんが一番やりたかったのは、あそこじゃないかな(笑)。僕らは《秘密基地》って言葉に格別なあこがれがある世代ですよね。あの兵装ビルにしても、『スティングレー』(※5)の基地が戦闘態勢になると地下へ潜る、あのイメージがありますよね。『怪獣総進撃』(※6)や『モスラ』(※7)にしても、ビルの上から砲塔が出てきて怪獣を迎撃しますよね。僕も同じものを観てきた世代ですから、アニメでも、『空飛ぶゆうれい船』(※8)で沈没船の朽ちた装甲の中から最新兵器が登場するところが、大好きなんです。ああ、これって『宇宙戦艦ヤマト』も同じでしたね……。
ですから、ああいったところに僕もビビッと来るんですよ。夢のジオラマ感覚というか、「メカが普段と違う姿に変身する」というのが、ひとつのカタルシスに結びつく。「要塞都市って、こうだよなあ……」と非常に良く分かります。庵野さんが好きなものが全部入ってるというわけです。

 
いい意味で曖昧な進め方が全体の質を上げる

インタビュア
今回、エフェクト作監の作業はされているのでしょうか?
増尾
デジタルがらみのエフェクトに関しては、自分で作画しています。セルを素で撮るわけではなく若干加工しているわけですが、昔の撮影ではエフェクトはその1カット専用でやるしかなかったんです。ところがデジタルの場合は、素材だけの流用ができるようになったんですよね。となると、あらかじめ汎用性も考えておかないといけないので、そういうことをしたいカットに関しては、自分でやっておくようにしています。
具体的には 「煙や爆発などエフェクトのマスクは俺があとで処理するから、作監として回してもらって」などと頼んでます。他にも「素材としてこういうのを作っておいてください」とお願いしたり、いろんなパターンがありますね。
最初はその辺の作業工程が確立していなかったために、システマチックではなかったので、「結局、手を加えても加えなくても同じ」という時期もありましたが、しだいに「これに手を加えるんだったらこれも」といういい流れに変わっていきましたね。特に自分の中でも「十二年前当時のこの表現のままは嫌だな」というカットは結構ありますから、「これは直したい」と自己申告すれば、庵野さんは「いいよ」って言ってくれます。
庵野さんが今回集めたスタッフは、実力があって柔軟性のある人たちばかりです。信頼できる相手だからこそ、「やりたいならやっていいですよ」って言ってくれるわけですから。

インタビュア
やはりスタジオカラーは、他の現場と違う印象がありますね。
増尾
他だったら、肩書きとか段取りが真っ先に出てくる現場だってありますからね。ここはいい意味で曖昧になっているんですよ。
庵野さんの「これ、何とかしてくれ~」っていうひと言で「じゃあ、すぐ何とかします」って手を上げる人たちがたくさんいますから。庵野さんは作業する上で人の心をつかむのが上手なんですよ。「助けて欲しい」と素直な表現をする人なので、「これは助けなければ」とすぐ思うわけです。「お前にこの仕事をさせてやるぞ」というタイプでは決してなくて、純粋な物づくりをするピュアな人なので、だからみんなもついてくるんだと思います。

インタビュア
以前の『エヴァ』との雰囲気の違いも感じられますか?
増尾
今回は庵野さんが余裕で作ってますね。肉体的には疲労していますが、精神的には余裕ですね。TV版の時は鬼気迫るものを感じていました。僕も端で見て心配していましたが、結局は「狂気+技術」の部分で作っていたところがあると思うんです。でも今回は、「商品を作ろう」という「サービス精神+技術」で作っているなあと。『エヴァ』の良さも充分に分かっているし、お客さんを喜ばせることも心得ている。作り方に関しても、どうしたら効率的になるかということも考えながらやっている。人との対応も積極的にやっていますしね。
そういう意味でも、今の庵野さんの求心力で集まってる素晴らしい現場だと、改めて思いますね。

PROFILE

特技監督:
ますお・しょういち


1960年生まれ。東京都出身。スタジオジャイアンツ、グラビトンを経て現在スタジオカラー所属。劇場アニメ『プロジェクトA子』(1986年)でメカニック作画監督としてデビュー。ガイナックスの映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年)で助監督、OVA『トップをねらえ!』で演出を担当。以後、数々の作品で原画、メカ作画監督や演出を手がけ、独特のメカ描写とエフェクト表現には定評がある。監督作品の代表作に、OVA『サブマリン707R』(2003年)、TVシリーズ『機神咆吼デモンベイン』(2006年)など。

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 10:41 am

全記録全集:序 インタビュー:加藤 浩(ととにゃん)
取材・執筆:氷川竜介

美術監督:
加藤 浩(ととにゃん)


アニメーション映像の世界では、「美術」の存在が年々重視されつつある。
美術は質感、空気感、色彩などを総合化して「映像の手触り」を決め、世界観を体現するからである。
今回の新劇場版で「REBUILD」をするにあたっても、美術をどう対応するかは重要だったはずだ。
『エヴァ』のTVシリーズから携わってきた美術監督・加藤浩がその難題に対してとったアプローチとは?

初期稿集に準じているEVAの新カラーリング

インタビュア
加藤さんはTVシリーズから続いての参加になりますよね。
加藤
ええ。もうTV版の一番最初から参加していますので、その流れですね。

インタビュア
前回をご存じの立場から、「REBUILD」と聞いたときにはどうでしたか。
加藤
作品が作品ですから、「もう一回作る」と聞いたときも、別に不思議とは思わなかった方です。「次はこれをやるんですね。じゃあ、ごいっしょさせてください」という感じで、ごく自然に受け止めました。

インタビュア
全体的に新しく設定されたところと前の設定を活かしたところとがあると思うのですが、美術設定はどんな部分を新作されたのでしょうか。
加藤
新しい設定に関しては、メカ系が中心でしたので、私は新規には数点手がけただけです。美術的に増強したところは、たとえば「ヤシマ作戦」の舞台となる場所をガッシリと決め込んでいます。あとは、TV版のときには時間がなくてやむなくオミットした設定を描き直して、もとの案に戻したりもしました。たとえばネルフ発令所のハッチには本来はW、X、Yという英字のマーキングがついていたのを省略していましたが、これは有事の場合に閉鎖する順番を意味するものなんです。それを復活させたり。

インタビュア
あの発令所はもともと日本海軍の駆逐艦のブリッジですから、扉のマークも水密ハッチのものでしょうか。
加藤
おそらく昔だけでなく、今でも同じマークがついていると思います。戦艦関係の本には載っていますし、十二年前も設定にはちゃんとマークがついていたんです。しかし、前回は現場が混乱する中で次から次へと追加の設定が出てきて、設定書がひとつの束にまとまらないうちに終わってしまったという印象があるくらいですから。

インタビュア
前作と比べた場合、美術としてはデジタル化したという部分がもっとも大きい変化ですか?
加藤
いえ、それよりもまず先に「劇場版」というところを意識したクオリティですね。
「もとがTV版だから」という言い訳は通用しませんから。もちろん当初は「TV版をつなぎ直して足りないところを新作する」という形でしたが、それだときっと誰も納得しないだろうなと思っていたら、案の定でした(笑)。
お客さん的にも、今回の「REBUILD」ってきっと良いことだと思います。たとえ見たことあるようなシーンでも、もう一回完全に作り直していますから。特に背景に関しては「レストア」に近いかもしれないです。

インタビュア
「レストア」ですか?
加藤
そうです。車にたとえれば、そんな感じになると思います。レストアというか、むしろカスタマイズという感じが近いかもしれません。十二年ぶりに掘り起こしたアリモノの背景をかき集めて、「このままじゃ使えないよね」ということで、改めて作り直すことにはなったけど、前のものは確実に踏襲しているということで。前の背景って、正直言って使えないんですよ。

インタビュア
原画はTVシリーズのものをベースにしているそうですが、背景もある程度は回収できたんでしょうか。
加藤
全話の半分くらいは回収できました。十二年前の作品ですから、半分はすごいですよ。それに全二十六本に対してですから、ものすごい量になりましたね。ただし、見てすぐ「使えない」と思ったんです。長い時間が経過して物理的にすでに劣化していたのと、それ以前に絵柄的にどうしても古く感じられてしまったんです。それと劇場にかけるにしては、この密度ではさすがに乏しくて申し訳なさすぎるとか……。
 結局、背景に関しては、流用のシーンでも前の美術を踏襲しつつ完全に作り直しました。チューンナップして見栄えもよくして塗装もし直して、「どうです、ピカピカになりましたよ」という感じで。

インタビュア
「レストア」とは言っても、前の背景の画用紙をスキャナーで取り込んでデジタルでレタッチして……という感じの作業的ではないようですね。
加藤
ええ。ゼロから描き直しているものが九割九分です。そうした流用に近いもののは、本当に残りの一分あるかないかですね。むしろ「ない」と言い切った方が正確かもしれません。それはもう、最初から覚悟の上で取りかかりました。全カット描き直しの覚悟で臨んでください」と、美峰(※1)の背景スタッフに共同美術監督の串田(達也)から伝えてもらってます。

完全にデジタルで描き直した背景

インタビュア
そうすると、「REBUILD」する上で前の背景画はどのように関連してくるのでしょうか。色味をある程度活かしているとか?
加藤
もちろん、色味を使っているところもあります。また、前の背景をボード(※2)の代用として使っているシーンもあります。ですから、TV版の懐かしい色味をきっちり再現している部分もありますし、その上で描き込みの具合が少し増やしたとか、そんな違いがあります。
 特に前半は、TV版そのままの原図があったとしても、背景は新作に描き直しています。ただ、作業としては逆に描き込みを減らしたカットもあるんですよ。前はやたら描き込んでいたものに対し、バランスを考えて今回はサラッと流してみたものとか。そうした違いがあるのもAパートが中心ですね。Bパートの「ヤシマ作戦」以後は完全新作と言って良いと思います。

インタビュア
原図も改訂して描き込みを増やしていると聞いていますので、背景の作業にはかなり負荷が増えたんじゃないでしょうか。
加藤
背景は原図がしっかりしてれば、それほどでも。むしろその後のセクションに負荷がかかっているんじゃないでしょうか……。とにかく前回できなかったことをやろうという気持ちは、美術に限らずスタッフ一同にありますから。

インタビュア
今回の背景に絵の具は使っているのでしょうか。
加藤
たまに素材を作るために絵の具を使うくらいで、今回はほとんど使っていないです。背景という業種は、デジタル化したこの十年で根底からひっくり返りましたからね。これは業界全体がそうでして、僕もペンタブ(レット)以外持たなくなりました。
 今は手描きでアニメの背景を描くということ自体が、ある種の「ぜいたく」という状況になっています。実際、デジタルの方がかなり楽なんですよ。十人かかっていたところを五人でできたりしますし、カットを組んでみて「もう少し大きく描いておけば良かったのに」という事態が起きたときでも、柔軟に対応できますから。
 非常に助かりますが、その一方でこちらで可能なことの幅も広がってしまって、専門外の仕事も増えてきました。今回の作品の例ではありませんが、「ここの車は、こちらで描いておきます」とか、「セルのレタッチもやっておきましょう」とか……。各パートの棲み分けが、あいまいになっている部分がありますね。

描きこみよりは
光、空気感を重視する


インタビュア
今回、電柱は背景ではなくセルだそうですね。
加藤
ええ、何本かはこちらでセルにレタッチを入れました。これは、特効(※4)だと背景との質感の統一がとれないという理由から、そうなったのだと思います。
 庵野さんは、電柱、鉄塔、信号機、この三つに関しては、かなりのこだわりをもたれて演出されているようです。レイアウトで写真をつけて出しても、そのまま上がってこないことが時たまあったりするので、だったら作画で決め込んでしまおうと、そういう事情もあるようですね。
 TVシリーズの時から電柱はセルにしていますが、それが意外と画面になじんで見えるんですよね。たとえば第壱話だと、ブルブル震える電線のカット、FIXで電線の止まっているカットと、お互いの差異がなくなってくるんです。今回も、ものすごくこだわった電柱が出てきますよ。

インタビュア
そうしたハーモニー的な質感処理は、美術の担当になるのでしょうか。
加藤
今回の『序』に関しては、「できる人ができることをやる」という進め方なので、はっきりとした決まりは特にありません。たとえば、「CGのビルにレタッチを入れて下さい」という要求にしても、ごく自然に出てくるんです。全体としては、むしろ作画とも実写ともつかない中間的な効果をねらっていますから、逆にテクスチャをたくさん貼りこんだ正攻法なCGのビルにはしないように工夫しています。
 「ここはシルエットにしてリアリティを出そう」「これ、黒で潰しちゃった方がカッコイイですよ」って話は、打ち合わせでもよく出ます。実際、予告編でもビルはあまりはっきりとは見えないでしょう(笑)。そういう意味では、劇場用にしたとはいえ、背景もそれほど描きこんでいるという印象は受けないかもしれませんね。それよりは、空気感やムードを重視して進めているので。

インタビュア
空気感ですか。その辺は作品の鍵だと思うので、どのように気をつけて描かれているのか、もう少し詳しく聞かせてください。
加藤
美術的には空気感と言えば“光”になるんです。ものが見えるのは、結局は光を見ていることになりますから。もちろん撮影時のフィルタ処理で済ませているカットもありますが、光に関しては背景の段階でも納得いくまで手を入れています。
 空気感に関しては、手前から奥に向かってのかすみ具合を調整して、全カットに徹底させています。普通だったら奥の山までかすむところを、遠近感を誇張して奥の壁まででかすませてしまうとか。そうすると、手前が立ってくるんですね。セルで描かれた小物とか、外だと信号とか、そういった手前のものがシルエットになって格好よく見えるようになるんです。古典的と言えば、古典的な手法なんですが。

スタジオ入りして緊密な関係で美術を構築

インタビュア
背景のディテール描写は、どのようにして増やしているのでしょうか。
加藤
TV版のときからそうでしたが、実写の資料写真を見るようにしています。写真の数が今回はものすごく増えてきたし、TVの時は時間の都合で断念した部分も今回は描き込めるということで、他にも細部を描きこむところがずいぶん出てきました。たとえば冒頭のシーンでも、雑草の数が増えています。ですから新旧並べて見ると、全然違う背景になっていることが分かると思います。でも、印象的にはなるべく同じにしようと気をつけているので、普通に観てると「前といっしょじゃないの?」なんて思われてしまうかもしれませんね(笑)。

インタビュア
「ヤシマ作戦」のシーンについては、美術としてはどんな感じに仕上げようとされているのでしょうか。
加藤
今まさに、そこを背景スタッフが作業中です。作戦シーン全体は夜が中心なので、その前段階にあたる夕景を、どれだけきれいに見せられるかというところが美術としての勝負どころですね。何カットかアガリをチェックしてる限りでは、おそらく印象的に仕上がると思います。
 その後のシーンで完全に夜になってしまうと、背景的にはライティングの見せ方次第になってきます。ライティングになると美術だけではなく、撮影や仕上げも密接に絡んでくるので、背景的には、いつもどおり光をうまくコントロールできればいいかなと。

インタビュア
夜景に関して、みどころのようなものはありますか?
加藤
TVシリーズでやっていなかった試みとして、山の下の方と上の方とで色を変えているんですよ。先行する版権ものを描いた時点では青一色にしていたかもしれませんが、美術ボードにしたときから色を段階的に変えてます。山の下の方で操車場などのある部分は赤くして、上の方は青く、途中は紫にしました。
 あの基地は全部で八段くらいありますよね。「じゃあ、七色に塗り分けますか?」なんて冗談を言っていましたが、色を変えたことでレイアウト見ながら、「これはどこなんだ?」といちいちチェックして、背景の色味を決めなければいけなくなりました(笑)。色指定の人も、きっと大変だと思います。

インタビュア
作業場所は主にどこでしょうか?
加藤
スタジオカラーに入ってやっています。実は庵野さんたちと同じ場所で作業するのは、今回が初めてなんですよ。今までは美峰に所属していましたが、外に出てしまったので、「せっかくだから、スタジオに入れてください」とお願いしました。常駐できるまではいかないにせよ、せっかく机を置いていただいてますので、極力来るようにしています。

インタビュア
スタジオにいると、メリットがありますか。
加藤
ええ。言われたことや質問に対してのキックバックがものすごく早いし、「ここ、セルでお願いします」とか「これは背景ですね」とか、そうした話がローカルですみますから。外注でやっているのと比べると、コミュニケーション不足による行き違いが少なくていいですね。

インタビュア
その点も、映画のクオリティに反映されているわけですね。今回は3D-CGとの連携もありますが、その点でも有利ですか?
加藤
それはもちろんです。ただ、3Dのスタッフさんたちが納得いく形になってるかどうか、僕としてはちょっと疑問があるんです。ビルにしてもこっちは「すごいなすごいな」で終わっちゃうんですが、「もっとテクスチャ描いてくれればいいのに」とか、そうした思いはもしかしたらあるかもしれません。
 ビルはとにかく数が多いですからね。数のことと映画完成の納期を考えたとき、テクスチャを描いている時間も貼る時間も、それほどないだろうという判断でした。仕上がりを見ると全然遜色ないし、庵野さんも「背景のビルと整合性がとれてればいい」と言ってくれています。「CGのビルが動く」と言っても、最近ありがちな作品のように「背景が動いてる」ということではなく、「作画で動かす」という狙いでセル仕上げの「背景動画」に近いと思います。それにデジタルの加工をいろいろとしてもらって、質感を背景になじませているということだと思います。

インタビュア
その点も、映画のクオリティに反映されているわけですね。今回は3D-CGとの連携もありますが、その点でも有利ですか?
加藤
今回、美術的な見せ場というか、ポイントを挙げるとすると、どこになるでしょうか。
鉄塔でしょうね。TVシリーズの時に比べて、背景としては圧倒的に数が増えています。レイアウトにも「これでもか」というくらい描いてありますし、美術で描いた鉄塔がウソに見えないように、ものすごく気をつけましたね。TVのときは「鉄塔ってこんなもんだよね」という「感じ」で描いていたんですよ。今回はちゃんと実物を見に行って、「なるほど、ここからは三本支柱が出ているのか」なんて、あらためて鉄塔を勉強し直したんです。
 それから教室もTVのときのようなステレオタイプの教室はやめて、ロケハン(※5)に行って「ありそうな教室」に仕上げています。ですからあえてみどころを挙げるならば、「ありそうな鉄塔」、「ありそうな教室」、「ありそうな学校」、「ありそうな坂道」ということになるでしょうか。普段から歩きながら写真を撮るようにしてましたし、その写真をレイアウトにつけて「こんな感じに仕上げてください」とお願いしたりもしました。なるべく自然に見せるようにしているので、目立ちにくくて「ここだ」と気がつきにくいかもしれませんが、そんな「ありそうな」ところを楽しんでいただければと思います。

PROFILE

美術監督:
かとう・ひろし


1965年生まれ。大阪府出身。スタジオ美峰で『新世紀エヴァンゲリオン』(美術監督)を含む数多くの作品の美術を担当。代表作は『アベノ橋魔法☆商店街』(美術監督)、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(美術設定)、劇場映画『ああっ女神さまっ AH! MY GODDESS』、『アストロボーイ鉄腕アトム』(美術監督)など。2007年に独立して「ととにゃん」を設立。独立後の代表作は、『さよなら絶望先生』(美術監督)など。『序』では串田達也(美峰)と共同で美術監督を担当している。

Joseki
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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 10:59 am

全記録全集:序 インタビュー:鬼塚 大輔、小林 浩康
取材・執筆:氷川竜介

CGI監督:
鬼塚 大輔、小林 浩康(カラー)


12年前と今回でもっとも異なる点は、コンピュータの進化によるCG映像の多用である。しかし、『エヴァンゲリオン』の志向する映像とデジタル映像がマッチするのか、必ずしも保証はなかった。こうしたギャップをつなぐためにCGI監督として立ったのは、前作では受け手側にいた若手二人であった。デジタル世代の彼らからは、庵野総監督が志向するものは、どのように感じられたのであろうか?

「フェチを感じるCG」がテーマ

インタビュア
お二人でCGI監督を担当されているわけですが、それぞれどんなきっかけで参加されることになったのでしょうか。
鬼塚
僕の場合はガイナックスで『トップをねらえ2!』に設定制作として参加していまして、終わったときに鶴巻監督から声をかけていただいて、引き続き面白そうなので、参加してみようというのが発端です。
小林
僕はずっとフリーでCGの制作とかディレクションをやっていた人間です。今回はデザインとして参加している小松田(大全)君が「エヴァの演出やるかも」みたいな話が最初にありまして、それで誘われたのがきっかけだと思います。鬼塚君とは昔から面識があって「何かやる」という話も聞いてましたし、CGの分量がかなり増えそうだという話が浮上してきたとき、改めて人材が必要だということでカラーに呼ばれたんです。

インタビュア
いろいろな人脈が絡みあっての参加ということですね。
小林
僕はアニメの仕事だけではなく、実写の方でマット画などの仕事も担当してますので、樋口さんと接点も多くて、最初にお話をいただいた時は樋口さんに「エヴァンゲリオンのお話があるんですよ」って相談したこともありました。なぜか銭湯にいっしょに行ったときでしたが(笑)。「俺もコンテやってるし、まあいいんじゃねえの」なんて言われましたね。

インタビュア
樋口さんと言えば、小林さんたちのCG作業が大変になった画コンテを描かれた張本人ですよね。なのに「いいんじゃねえの」って、そんなに軽く(笑)。
[b]小林

ええ、まったくそのとおりなんですよ。スタジオに入ってから、いざ樋口さんの画コンテ見たら、「ちょっとこれはだまされたな」と(笑)。
鬼塚
僕の方は、「樋口さんがコンテ描いている」と聞いた時点で、もう胃が痛くなることは間違いなしと覚悟を決めて来ました(笑)。

インタビュア
「エヴァでCGを使う」ということ自体、実際に担当される立場としてはどんな風に思われましたか。
鬼塚
まず、「いったい何をCGにするんだろう?」という素朴な疑問がありました。TVのとき、すでに作画がかなり良いクオリティでしたし。

インタビュア
やはりそうですよね。では、「CGでこういうことをやりたい」という目標のような説明は、最初の段階で何かありましたか?
鬼塚
庵野さんからですか? 「CGにフェチを感じるようにしたい」と。
小林
確かにフェチズムがテーマらしかったです。
鬼塚
「なんでCGになったとたん、フェチを感じないものになってしまうんだ!」って最初に言われまして、「フェチを感じるCGをつくれ!」って厳命されました。
小林
それは本編を見ていただくとすぐ分かると思うんですが、庵野さんの求めるこだわりのディテールが、CGに置き換わっているということを意味するんですね。フェチ度は確実に上がっていて、結果に反映しているという気はします。
鬼塚
そのせいか、僕たちとしては「これはCG的にどうかな?」って思うカットでも、「特撮的にOK!」となるようなことはいっぱいありましたね。車が倒れたり落ちたりするカットで、たとえ挙動が軽く見えてしまっても、「ミニチュアっぽさが出てて、グー!」とか。使徒を動かす時も同じですね。「吊られた着ぐるみを、ワイヤーで引っぱって動かしているように見せてほしい」とか。

インタビュア
それはすごい(笑)。CGの制作者としては、かなり奇異な要求に感じたのではないでしょうか。
鬼塚
通常、CGに求められるものとは、「どうやって現実らしく見せるか」という方向のリアリティなんです。そうではなく、「特撮の世界をどうやってCGで再現するか」みたいな方向性なんですね。
小林
「アニメの世界に特撮のミニチュアセットの現場を持ってきたい。その手段がCGだ」みたいなことを言われ、だんだんとそういう趣向にいくようになりました。
鬼塚
まさにそんな感じでした。
小林
でも、最初はやっぱり庵野総監督の中でも「CGをどう扱って良いやら」みたいな感じだったのではないかと。おそらく途中から何かこう……ある種の手応えがあったのかなと、そういう風に思っています。

3Dモデルにはウソがつけない難しさがある

インタビュア
番最初にCG用のモデリングをしたアイテムは、何だったのでしょうか。
鬼塚
最初はやっぱりEVA初号機からでしょう。
小林
そうですね。本田(雄)さんが『新劇場版』用に描いた三面図をもとにして、3Dモデルを制作しました。EVAって、やっぱりあの曲線の固まりのラインの再現が難しいんですよね。今回は立体のモデラーでかつCGも作ることのできる小林和史さんにモデリングを担当していただきまして、仕上がり的には監督陣にも満足いただけているようです。ただ、作画と同じように見えるようにするには、ものすごく難しい形状だと、改めて思いましたね。
鬼塚
本田さんと庵野さんが、かなり時間をかけてモデルを監修していましたね。どこから見ても手描きの雰囲気が拾えるような立体って、なかなかできるものではないんですよ。手描きであれば、その角度で一番見映えのいい形にできる。
言ってしまえば都合のいいウソで歪めて描いてしまっても、成立するわけです。3Dの場合はどのアングルに対しても正確であるがゆえに、そのウソがつけない。だから、「こっち側から見たら、とたんに格好悪くなった」というアングルが、どうしても出てきてしまうわけですね。ところが演出的にはそのアングルが欲しいということも当然出てくるわけですから、どこで妥協点を見出すか、相当苦労しましたね。
小林
全アングルから見ても嘘のないように。そこが3Dの難しい部分ですね。

インタビュア
その次に作ったものは、何でしょうか。
小林
初号機の武器関係、ハンガーとか射出台とか、ああいうEVA周辺の小物類で、基本的には全部3Dによる新設定になっています。TVシリーズの時には、山下いくとさんの設定に対して「平均的なTVシリーズの作画技術ではこれは描けない」という庵野さんの判断が出て、ディテールを省いたものがアニメ用の設定になっていたわけです。今回は本来の設定にディテールを戻していく作業がかなり出ています。結果的にものすごいディテールの入ったモデルが出来あがっています。
 庵野さんも良いものが上がると欲が出て、そのディテールを見せることを目的にしたカットが、また新規追加になったりするんですよ(笑)。「これもっと見せたいから、この寄りをもっと増やそう」とか、そういうことはしばしばありましたね。
鬼塚
あとCGカットの増える理由には、「電車出したいから」というものもありました。「EVA電車」自体は最初からあったんですが、シキは予定にはありませんでしたし。
小林
シキは「ヤシマ作戦」用の変圧器運搬車両ですが、あれは元来実在する電車なんですよ。この部屋(カラー打ち合わせ室)のあそこに飾ってあるやつですが、あの鉄道模型も「これはCGの資料のために買ったんだ」って言われて。
鬼塚
欲しくて買って、それから出すことに決めたのか、出すために買ったのか、どっちが先なのか、その辺は僕らでは分からないことですけど(笑)。

主役として見せたいものには、CGでもトレス線がある

インタビュア
お二人は連名で出ておられますが、役割分担について教えてください。
小林
ざっくりとした分担ですが、僕がモデリングを担当して、鬼塚君にはアニメーションを担当してもらっています。モデルに目処がついてからは、モニタ類のいわゆる2D-CGも担当する感じで。

インタビュア
実作業はどんな感じで進めていかれたのでしょうか。
鬼塚
ある程度画コンテが上がった段階で、演出サイドでもCGに対するプランはあったとは思うんです。ですが、その基本プランに則りつつも、かなり後まで変更や追加が続いていました。コンテ自体も何ヶ月か、ずっとカットが増え続けていましたし。
小林
追加や変更に関しては、もう把握できないぐらいのカット数があって。「電車よろしく」みたいなカットが、いつの間にか増えているのはざらでして。
鬼塚
画コンテにはラフな構図とカット番号が指定されているわけですが、気がつくとレイアウト自体が全修正になってたりするので、コンテを参照しても何のカットか全然分からなくなったりするんですよ(笑)。その上、突然「これ、全部CGでよろしく」なんてカット袋を持って来られて、そのレイアウトを見て初めて知るカットというのが、相当出てくるんですね。何だか人のようなものがいっぱい描いてあって、「CG」と指定されてたり。そんなカット、コンテ打ちの時はなかったのに(笑)。そんな感じで、次から次へと増えていきました。
小林
TV版の時に、「エヴァはライブ感覚で作っていた」という話も聞いてはいましたが、これがそうなのか……と(笑)。

インタビュア
『序』に対して新規開発したCG関係の中でひとつ大きいものとしては、やはり第3新東京市のビルになるのでしょうか。
小林
そうですね、あれも、最初はあそこまで規模の大きなものになる予定ではなかったんです。最初はもっとシンプルに考えてまして、美術のビル群を単にシンプルなCGに置きかえて第3新東京市を表現する……それだけの話だったはずです。

インタビュア
それがいったいなぜ、あそこまですごいものに?
小林
一番大きな理由は、上がったり下がったりするビルはCGだとパースをつけられるからですね。旧来どおり、背景の引きでやると、どうしてもぺったんこの平面のスライドに見えてしまう。一番最初に簡易的に僕らの方で用意した、新宿のビル群の絵にパースをつけて移動させたビルのムービーを見せてから、なぜか庵野さんの方からどんどん新しい設定の兵装ビルの設定が上がってきまして、気がつくと「あれ?」みたいな感じで複雑な形状のビル群が増量されてました(このムービーはDVDの特典映像に収録されています)。
鬼塚
その設定がやってきたのも、五月ぐらいの話ですからね……。
小林
それでもいろんな会社の方ががんばってくれたおかげで、最近になってようやく予告編に入れてお見せできるレベルにできました。あのビル群こそが、ディテールの隅々にいたるまで、庵野さんのこだわりがまさしくてんこ盛りになっているものだと思います。それは庵野総監督が直接、逐一細かいところまでリテイク出しして構築した結果なんですね。CGには、そういう風にして細かく調整していけるメリットがあると実感しました。
鬼塚
作画の場合だと、いったんその工程を抜けてしまったら、また戻って来るまでに相当時間が経ってしまうものなんです。でも、CGだと途中の工程で「どうなっている?」っていう具合に声をかけさえすれば、10テイクでも20テイクでも直接指示を出しながらチェックすることができますから。庵野さんって、嬉しい時にはものすごく嬉しそうな顔をされるんですよね(笑)。とても分かりやすく反応をいただけてる感じがします。
 それと同時に「もっとこうしたいんだけど」って言われた時に、やれば確実に良くなることも分かる一方で、これがはたしてこの厳しい納期なども絡めたところで実行して大丈夫な作業なのか、進行管理を含めて責任のあるこちらとしては、なかなか判断に苦しむ場面も出てきました。

インタビュア
ところで「ビルはキャラクターだ」というお話は、庵野さんの側から出たものなんですか。
小林
そうですね。
鬼塚
庵野さんには、「トレス線をつけたやつが主役だ」という感覚があるらしいんです。たとえ電柱でも、主役として見せたければトレス線を入れて、キャラとして扱うんだと。もちろん使徒もそうですし、CGがらみでそのカットのメインとして見せるべきものは、だいたいトレス線を入れています。だから、当然ビルでもトレス線が入ると。「普通の作品ではビルは美術が描くものだけど、キャラとして扱いたいからセルにする」ということは、かなり最初のうちに言われました。

インタビュア
美監の加藤さんのお話によれば、そのビルにもテクスチャを貼るか貼らないかで、やりとりを重ねられたとか。
小林
いや、CGサイドの正直なところを言えば、もう時間的に間に合わないということだったんです。すさまじいディテールが乗っているもの、パーツがものすごく細かいものに、テクスチャまで貼ってしまうとデータが重くなるし、レンダリング時間が足りなくなってしまう。
 それに加え、もし美術の質感に完全に合わせてしまうことで、CGが埋没して見えてしまう可能性がある。それはどうかという判断もありました。いかに描きこんであるテクスチャでも、ベタッと平面的に貼ったら貼ったで、観客にはやはり「あ、なんか貼ってるな」って感じに見破られてしまう。それらも合わせて、「美術に擦り寄った表現は難しいだろう」という判断でした。
鬼塚
かといってビルをセル的なベタ塗りにしてしまうと、今度はディテールが圧倒的に足りないものに見えるのではないか。それはそれでまた難しいという意見もあって、その間をどう取ろうかというバランスが難しくて、美術さんとも話をしていたということなんですね。

特撮濃度を上げるためのCG

インタビュア
使徒についても、うかがっていきたいと思います。第5の使徒は、胸元にギミックが増えていましたね。
小林
あれもいわゆる先祖返りです。あさりよしとおさんのデザイン(※2)には、もともとついていたパーツなんですね。
鬼塚
庵野さんからは、「ヴィラ星人にしてくれ」って。

インタビュア
あっ、それはいま聞こうと思ってました(笑)。やっぱりあれは機電のノリに思えたんですが、そうなんですね。全体はセルシェードの表現ですよね。
小林
基本的にはそうですね。そこに、グラデーションをかけたり少し透過させたり反射させたり、いろいろな効果を入れてみています。
鬼塚
お腹の部分については「『謎の円盤UFO』のストレイカー司令官(※6)の後ろでフラフラしているサイケ調のやつを入れてくれ」という注文がありましたね。まあ、その注文が出るところにまでたどりつくのにも、相当時間を要しているんですが。
小林
そういう類の「ディテール盛込み屋」として我々がいるわけですが、庵野さんの出す特撮風味のディテールのオーダーに応えていくのは、CG的にはなかなか厄介なことでしたね。
鬼塚
結局、ディテールというよりは「特撮濃度を上げる担当」みたいになってましたし(笑)。「ミニチュア感を出してくれ」とか、そういうオーダーも多かったですし。
小林
「『ウルトラマンタロウ』のセットの広さをくれ!」とは、よく言われましたね。やっぱり、ミニチュアセットの空間の広さの感じを再現することは、今回の大きなテーマになりました。『タロウ』の時の大掛かりなミニチュアセットのイメージ、という。
鬼塚
何かにつけて「ちゃんとセットを組んだ上でカメラを決めてくれ」みたいなオーダーも出ていました。

インタビュア
第6の使徒もTV版とは大変更になって、CGで描く主役になりました。それも苦労されたところだと思いますが。
小林
樋口さんの画コンテからして、もう描き込みで真っ黒に見えたんですよ(笑)。第6の使徒の担当は、樋口さんのお膝元のモーターライズさん所属のCGデザイナー(渡部韻)なんですが、コンテを描いていた向こう側では「わーっ!」と悲鳴があがってたんじゃないかって、みんなで言ってたくらいで(笑)。実際、コンテのト書き上では「何だかよく分からないことが起こってる」みたいなことばかり指定されているんです。例えば「三次元に棲む者には理解できない形に変化して」なんて書いてあるんですが……。それは3D-CGのシステムでは作れないという意味ですから、酷いですよね(笑)。ですからコンテは手がかりで、それをもとにいろいろシェイプアップして、具体的な映像にできるよう煮詰めていきました。それでも凄いことになってしまったというのが実感です。
鬼塚
樋口さんのコンテをベースにしつつ、もう一方でいろいろ実験を重ねつつと、そんな進め方です。第6の使徒の変形については、鶴巻さんの方でものすごく大ざっぱな感じでラフ原画を描いています。それを頼りにしながら、探り探りモーターライズさんに作ってもらいました。それで最後はみんなで画面を見ながらアイデアを出し合って、それを直してもらってまたチェックしてと、そんな感じの繰り返しであそこまでもっていくことができたんです。

インタビュア
使徒のあの複雑怪奇な変形については、イメージソースのようなものはあったのでしょうか。
鬼塚
デザイナーの渡部隆さんが作っていた「四次元立体」のプログラムというものがあって、それをさらにモーターライズの直井さんというプログラマーの方が計算式上で実験映像として制作したものがあるんです。要するに3Dを平面に投影すると2Dができるように、四次元の物体を3Dに投影したらこう見えるはず、というようなものです。
 最初のうちは基本的に「それで行こう」という流れでしたが、「どうも形があまり面白くない」という意見が出てきて……。その四次元立体をそのまま取り入れるのではなく、その要素は残しながらも、樋口さんのコンテにある絵柄を拾いつつアレンジしていこうという方針になりました。作業的には手でいろんな動きをつけて、完成までもっていっています。

インタビュア
かなり大変な作業のようですね。
鬼塚
樋口さんのコンテは、毎回そうなるんです。お客さんとして観る分にはすごくいいものなんですが、作るとなるとちょっと嫌だなという(笑)。いつも真っ黒ですしね。
小林
特に今回なんかは自分が直接撮るものでないから、「俺もこんなの見てえ」とか言いながら描きこんでたりするんじゃないでしょうかね(笑)。
鬼塚
自分で撮る時の画コンテもそうやって描いてはいるんでしょうが、どうしても歩留まりとか時間とか考えて、最後には諦める部分が出てきますよね。その分の反動が出てしまうのかもしれませんね。

技術的には何も新しいことはやっていない

インタビュア
今回の作品のために、あえて新たに開発した技術は何でしょうか。
小林
いや、ぶっちゃけた話をしてしまうと、正直、技術的にすごいことはほとんどありませんね。むしろかなりオーソドックスに作っていて、近年のアニメにおけるCG技術から逸脱したものは、あんまり使っていないはずです。作業が進むにつれて、庵野さんの指針もかなり明確になっていきましたので、それに則って作り込んでいくことで、庵野さん風のCGになるということだと思います。
鬼塚
僕自身も技術的には五年前から何にも変わってないと思います。もちろん五年経ってPCが速くなった分、やれることの物量はものすごく増えましたが。

インタビュア
決め手が技術でないとすると、『序』におけるCGのポイントとは、どこになるのでしょうか。
鬼塚
大切なのはタイミングとレイアウトでしょう。いずれにしても、技術面というよりは、センスの部分で庵野さんの要求に近づけようとしていることが、最大のポイントになると思います。
小林
庵野さんに限らずメインスタッフは全員「レイアウト至上主義」ですから。そしてレイアウトは手描きのほうが圧倒的に有利なので、CGでその要求に追い込んでいくのには、やっぱり厳しいなという感想もあります。ただ、その厳しさの中で画を作りこんでいくプロセスを通じて、庵野さんが求めるエッセンスを抜き出していくところが、今回一番の「肝」だと思います。そしてそのためのガイドになるものが、『ウルトラマン』などの特撮作品なんだということですね。
鬼塚
打ち合わせの最中にも、いきなり「あのビデオの一時間何分何秒の感じで」って言われるんですよ。チェックすると、確かにそこにあるんです。さすがにこれにはビックリしました。
小林
「あの話数のあのカット、あのアングルで!」っていう類の指示は、いつもです。確認すると「ああ、なるほど」と納得しますが、その映像的な記憶は常に正確で、本当にすごい。

デジタルデータ流用による2Dの「REBUILD」

インタビュア
モニタ用の2D-CGのお話も聞かせてください。
小林
それこそまさに「REBUILD」な感じですよ。基本的にモニタ表示に関して、以前はすべてリスマスク透過光だったわけです。それをすべて2D-CGに置き換えていく作業になりました。当時のモニタ用素材は、ガイナックスの神村(靖宏)さんが"Adobe Illustrator"(デザイン用ソフト)でフォントや図形にパースをつけた状態のものを組んで、それを高解像度プリンタで出力してからリスマスクに変換するという手法でした。今回は、その大元になったオリジナル素材を使っています。

インタビュア
それはカット袋の中から出力素材を見つけてスキャンしたということですか?
小林
いえ、これは笑ってしまうようなことなんですが、オリジナルの"Illustrator"のデータを神村さんからいただいたら、それが最新版の"Illustrator"でそのまま開けたんですよ。十二年前だからバージョン3・1ぐらいだと思いますが、アドビの互換性はすごいって感心しました(笑)。

インタビュア
それは本当にビックリですね。まさかコンピュータの素材データのレベルで「REBUILD」しているとは、思いもよりませんでした。
小林
リスマスク用の出力原稿が現存していて、そちらが使いやすいものについては、もちろんそこからデータを起こし直しました。カットによってケースバイケースですね。本当に細々と調整しています。
 他にも僕が驚いたのは、シンクロ率とか使徒のパターンの時に出てくるグラフで、すごくきれいな動画が残っていたので、「これもCGですよね」って言ったら、庵野さんが「それは増尾(昭一)さんの作画だよ!」って(笑)。すごいなって感心したんですが、今回は申しわけないことにCGになりました。その分、また違う雰囲気が出ていると思います。

インタビュア
以前『トップをねらえ!』の取材で聞いたことがあるんですが、庵野さんはキャラの芝居をトメにして、浮いた枚数を全部モニタ上の1コマに回すそうですね。
小林
今回もバックに映っているモニタ一個ずつ、すべて違った動きをつけたりしています。

インタビュア
2Dの作業を通じて、何か感じられたことはありますか?
小林
素材のあるものは再活用したり、CGの機械的なものを新たに足したり、いろいろ試してみた上で、改めて難しいと思ったのは、CGと撮影が今はものすごく近い位置にあるということですね。どちらで処理すべきことなのか、きっちりした区分けは難しくなっているので。もちろん僕たちはスタジオ内で作業していますから、庵野さんが直接コントロールしたいところはできる限りこちらで処理した上で、撮影さんにお渡しするようにしています。

デジタル部はCGよりも作画が好み

インタビュア
クライマックスの「ヤシマ作戦」パートは、デジタル部としても見せ場になりましたか。
小林
「ヤシマ作戦」は本当に盛り上がりますよね。TVシリーズの第六話に関して、鶴巻さんも「リベンジしたい」とおっしゃっていて、いっそう力が入っています。

インタビュア
そこの部分は、EVA電車もCGですよね。
鬼塚
大物としてはそうですね。あれは最終的にどういう形にするのがベストか、悩んでいた時期がけっこう長かったんですが、高倉(武史)さんのクリンナップが上がってからは、一挙に方向性が固まりました。
小林
そういえば、EVA電車の場面も作っている途中で樋口真嗣なる「鉄の人」(鉄道趣味人)が来て、「やっぱりこう、あれだろ。曲る時はエヴァがさ、伸びて縮むんだろ」なんて、余計なことを言うんですよ(笑)。「じゃあ、電車を分割して」なんて庵野さんも言いだして、要素が増えたんですが。
鬼塚
いろいろ試してはみたものの、電車の長さがどうしても足りないんですよ。急カーブで曲げてみても、望遠レンズで撮るとなんだか電車っぽく見えない。ということで、「却下!」みたいな(笑)。
小林
レンズと言えば、監督陣もそれぞれ好みの画角がやはり違う。摩砂雪さんはすごく広角(レンズ)気味に撮りますが、鶴巻さんは逆にものすごく望遠。庵野さんは、わりと標準気味なんですね。レイアウト集を見ていても、「ここ広角で、ここ望遠で」みたいに視点が巧みに入りくんでいて、面白いんです。そういった部分も、「エヴァっぽさ」を出しているかもしれません。
鬼塚
あとは、モブキャラですね。地味にCGにして数を増やし、がんばっています(笑)。
小林
それと車関係に関しては、ものすごくCG化されています。「庵野さんの好きな車シリーズ」みたいなものがあって、それをモデリングして配置すると喜ばれるという。「ここにはマツダコスモスポーツがいい」とか。
鬼塚
「あの何年型の車種なんだけど、ないかな」みたいに、フィーチャーしてほしい車種がいくつかあるようですね。

インタビュア
話は前後しますが、冒頭の戦闘シーンでVTOLが一部作画でなくて3Dになっていますよね。あれはなぜですか?
鬼塚
おそらく、たくさん出したかったということだと思うんですね。その辺のパートは初期段階にやっていますから、CGがどんな部分の描写に向いているか、まだまだ手探りだったと思います。「やっぱり壊す所は作画じゃないと駄目だ」と言われたこともありました。作画のきれいに壊れる感じやカッコ良く壊れる感じをCGで置き換えるのは、まだまだ難しいんです。いろんな理由があって、作画とCGが混在しているんですね。
小林
費用対効果を考えても、現時点ではやはり作画の方が断然いいと思います。そういう意味では、実は僕も鬼塚も、そんなにCG好きじゃないんで……。

インタビュア
えっ、それは爆弾発言ですね。
小林
「むしろ、本田(雄)さんの作画が見たい」と、打ち合わせでよく言ってました。……。
鬼塚
「ここ、作画がいんじゃないですか」って提案は、僕もよくしましたね。
小林
実現すべき映像の到達点が見えた時点で、「作画がいいか、CGがいいか」ってジャッジしなければいけなくなりますよね。そのとき、手のこんだカットだと、CGの場合はどうしても必要以上に手がかかってしまうものもある。それに、『エヴァ』のスタッフなら作画のクオリティを心配する必要もないですし。……。
鬼塚
CGって平均点を上げるのは得意でも、ある程度以上の点数に持ち上げるのは、逆に手がかかるんです。八十点は取れても百点は難しい。そんな感じなんですね。百点かそれ以上を目ざすスペシャルなカットなら、作画の方にお任せした方がいいと思っています。

インタビュア
全体を振り返ってみて、どんな感想を抱かれてますか?
鬼塚
「昔の方が格好いい」って言われるんじゃないかなとふと思って、いざ並べてみると、今回の方が確実にディテールが上がってることが分かるんです。CGだけでなく何によらず、全体からそんな印象を受けました。
小林
今回ここまでアニメの中へ深く入りこんでCGを使ったことで、庵野さんの中でも「デジタルはこう使える」という判断が、できてきたと思います。上がった映像を見ると、このエヴァも確実に「現在のアニメ」になってますから。……。

インタビュア
若い世代としては、『エヴァ』に参加してどんなことを感じられましたか?
小林
僕らは前の『エヴァ』を見ていた側の代表だと思うんです。そういう意味では非常に不思議な気分です。自分がスタッフとして提供できるものはすべて提供するという気持ちで関わっていました。
鬼塚
そういった意味では、僕としては、『エヴァ』を作ってるという感じは、それほどしませんでしたね。
小林
そうですね。庵野さん自身はもちろん『エヴァ』なんですが、鶴巻さんもそういう意味では『エヴァ』だし、摩砂雪さんももちろんです。フィルムそのものというよりも、そうしたメインスタッフの方々がそれぞれ集まってやっていること自体が、『エヴァ』のプロジェクトっぽいと思いますね。
たとえばモニタ類のデザインをするとき、以前の素材を引っ張り出したりもしましたが、グラフィック自体が力強さをもった手堅いところでまとまっていて、僕が新しくつけ加えるものは、ほとんど見あたらないように感じました。『エヴァ』のグラフィックは、世間的にはものすごくラジカルなイメージがあると思われているはずですが、意外にそうでもなくて、コンサバティブな感じがありました。それを「保守的」と言い換えると語弊が出てきますが、それだけ完成度が高かったということに尽きると思います。

インタビュア
なるほど。確かに当時は尖がっていると認識されていました。十二年という歳月に耐えたこと含めて、意外にそうでもないと。
小林
そうです。年月が経って枯れたという意味ではもちろんなくて、もともとの作品全体が「根源的な強さ」を持っていたんじゃないかと。それはグラフィックやデザインだけに限らず、たとえば本編のストーリーにしても同じことが言えると思うんですね。エンタテイメントとしての原則は、決して外していないわけですよ。
 こうした強さは、庵野さんのサービス精神を含めてのことで、庵野さんからの「お客さんがどう感じるか」という発言もかなり多いですし、そういう意識は今回もかなり強くあると感じました。「やっぱり基本ってそういうことなのか」って、改めて思えたことはすごく良かったです。

PROFILE

CGI監督:
おにつか・だいすけ


1975年生まれ。鹿児島県出身。ヒグチしんじ監督の映画『ミニモニ。じゃムービー お菓子な大冒険!』(2002年)でアニメーションディレクターを担当。PV『ミニ。ストロベリーパイ』、『あゆぱん不思議の扉』で画コンテ、演出を担当後、ガイナックスで鶴巻和哉監督の『トップをねらえ2!』の設定制作を担当。現在は、カラー・デジタル部に所属。

CGI監督:
こばやし・ひろやす


1972年生まれ。新潟県出身、武蔵野美術大学大学院日本画コース修了。樋口真嗣が特技監督をつとめた映画『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』(1999年)で3Dアニメーター、コンポジターを担当し、『ミニモニ。じゃムービー お菓子な大冒険!』(2002年)ではアートディレクターを担当。TVアニメ『ディノブレイカー』でCG監督をつとめたほか、実写映画『日本沈没』(2006年)、『ALWAYS 三丁目の夕日』(2006年)にはマットペインターとして参加。現在は、カラー・デジタル部に所属。

Joseki
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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 11:06 am

全記録全集:序 インタビュー:増田 朋子
取材・執筆:氷川竜介

2Dデジタルワーク:
増田 朋子(カラー)


庵野秀明総監督の映像の特徴のひとつに、画面内に充ちあふれる膨大な文字がある。企業や商品のロゴ、メカの注意書き、報告書の表書き、街の中の看板、出口表示などのアイコン……。こうした文字はTVシリーズの時から2DのCGが先駆的に採用されてきた。『序』でひたすら2Dをダイレクトに貼り込んだ増田朋子、その目に写った庵野総監督のこだわりどころとは?

マット画の世界から『エヴァ』に参加

インタビュア
まず、簡単な経歴からお願いできますか?
増田
スタジオカラーに来る前は、実写映画のマット画を担当していました。直前だと二〇〇七年の新春ドラマスペシャル『白虎隊』で、お城の炎上シーンや城下町の風景などを描いています。マット画と言っても手描きではなく、デジタルで風景を作りこむ仕事です。たとえば博物館に行って家のミニチュアのジオラマを撮ったり、映画村で実際の建物を撮ってきたりして素材を集め、貼り合わせて空をひくという作業でした。天候や時間帯、戦いの状況に合わせて燃えた部分を変えたり、色を暗くしたり、燃えた後の質感は手で描き足したりする仕事でした。

インタビュア
そのときに所属していた会社は?
増田
モーターライズです。

インタビュア
じゃあ、樋口さんとも旧知だったわけですか。
増田
『日本沈没』のときにお仕事をさせていただいて、その時に「ああ、この人が監督なんだ」って、それぐらいの感じです。前からお名前も存じてはいましたが、事務所に突然入ってきて「飯行くぞ、メシ!」って言ってるオジサンとはつながらなくて(笑)。あとで監督だと知ってビックリしました。素材にも映っているから、顔は知っているはずなんですけどね。それくらい無知なので、樋口さんと庵野さんが旧知の仲ということもあとで知りました。

インタビュア
『エヴァ』と聞いて、やってみたいと思ったわけではないんですね。
増田
私はアニメは未体験だったので、最初はどうかなと思ったくらいでして……。実は私は家で「アニメを観てはいけない」と親から言われてまして、今までアニメってほとんど知らなかったんですよ。国語の授業の一環で『火垂るの墓』(※3)を観たくらいなんですね。前の『エヴァ』も学校でのめり込んでいる人たちが近くにいたんですけど、いわゆるオタクっぽい男子生徒だったので、そんな内容だろうと思っていました。カラオケでも内容は知らないままに主題歌(残酷な天使のテーゼ)を歌わされたりしましたが、今度の仕事でオープニングを初めて観て、「あっ、これだったんだ!」って感じで(笑)。

インタビュア
それはそれですごいですね(笑)。それで『エヴァ』に関しては、どんな仕事をするという話だったのでしょうか。
増田
最初は「デジタル丁稚として来い」という話でした。私が3Dを使えないことは小林さんたちも知っていたので、「デジタル部の言うことは何でも聞け」って、雑用係みたいな形で。二月という早い時期から入りましたので、ダム見学などにもついて行きました。まだどう参加できるかは不明な時期でしたが、一応マット画を作る感覚で鉄塔の形とか数字とか看板や張り紙など、やたら写真を撮っておきました。ところがそれが後々、非常に重要な素材になって、ものすごく役にたったんです。
 庵野さんがディテールを増やしていくことでアニメにリアリティを加えることを求めているというのは、あとで分かったことなんですけどね。庵野さんはその時、壁の落書きや「こっちが出口です」とチョークで書いた文字とか、そういうのを見つけて興味を持っているようでした。

インタビュア
マット画的な写真というのは、具体的にはどう撮るのでしょうか?
増田
とりあえず引いて、全部を入れて撮るようにします。あとは後でどんな風に傾けても対応できるように、パースをつけないで撮ることですね。どんなレンズでも周囲は歪んでしまうので、使えないものなんです。仕事柄、もともと「いつか何かで使えるかも」とパシャパシャ撮るクセがありますし、私自身も専門家しか分からないような記号を見るのが大好きなので、ついついたくさん撮ってしまったんですよ。そういうことを求められるようになってからは、日常的にも気をつけるようになりました。

インタビュア
庵野総監督は、かなりそういう場所の特殊な文字に関心があるのでしょうか。
増田
そうですね。字体にも凄くこだわりますね。庵野さんの気持ちいい形、好きなパターンをつかむまでには時間がかかりました。まだ百パーセントはつかめていないですけど。

インタビュア
どんな作業から始めていかれましたか?
増田
一番最初は「細かいものを作っていけ」と言われて、ビールのラベルから作り始めました。ロゴのデータをいただければこちらとしても楽なんですが、アルコールの会社は未成年が観る可能性のあるアニメには協賛できないということで、作るしかなかったんです。実物は丸いところに印刷してあるため、伸びてたりして、修正が大変でした。

インタビュア
コンビニで買い物するシーンなどは、ブランドのロゴがてんこ盛りでしたね。
増田
ロゴも描いたり貼ったり、いろいろと織り混ぜています。ジュースのラベルはボアジュース、重機などで出てくるのが黒潮物産(※4)と指定があるので、そんな架空の会社のロゴなどもデザインしましたね。
 もともと納期が迫ればデジタル部は手一杯になるはずだし、増尾(昭一)さんはたったひとりしかいないので、そこがボトルネックになると予想されていたんです。なので、「とにかく増田は素材を作ってくれ」と言われました。ちょうどそういう細かい作業を進める人がいなかったんですよ。「とにかくリストを潰してくれ」と。

インタビュア
他にはどんなものを作ったのでしょうか?
増田
バーコードや数字の羅列、あとは車のナンバープレートをたくさん作ったり、CGの人に渡すためのテクスチャをデータ化するとか。気を抜いていい加減に作っていると、「ミサトの車のナンバーは“3310”(ミ・サ・ト)にして」とか、突然こだわりの指示が出てくるんですよ(笑)。そんな感じで、先にやれることを何でもやっておくというストック的な作業が、春先までは続いてましたね。

2D世界の貼りこみで厚みを増す

インタビュア
最初からトバしていたようですね。
増田
でも、まだGW明けまではノホホンとして、春先は幸せだった気がしますね。五月あたりは「(未完成で)白いね」という話題があちこち飛び交ってるだけで、リアルな危機感は誰ももってなかったようです。特にデジタル部の作業って、他の部門が終わってから一番最後の方で渡されるものですしね。

インタビュア
工程的には、どの段階で2DのCGをハメ込むんですか?
増田
仕上げ後です。レイアウト段階でも一応作業しておくんですけれど、だいたいあとで大きく変化があったりするので、あくまで仮です。そもそも色に合わせないといけないので、先にはできない作業なんですよ。たとえば仮に黒っぽい色で作っておいても、ちょっと変わった色味の上に乗せたとたん黒に見えなくなったりするので(※5)、結局は仕上げ後に手を入れないとダメなんです。
 なのでしわ寄せが来て、最後の最後は本当に怒濤の作業でした。仕上げの方と連絡をとりながら色を変えつつ貼ったりするんですが、横で見てる庵野さんもウズウズしてきちゃうらしくて、「ここにも何か欲しいね」と追加注文が出てくるんです。体力的には疲れているはずなのに、すごいなと思います。

インタビュア
作業を進めていく上で、何かコツはありますか?
増田
これは、庵野さんと気持ちをリンクさせることで可能になる作業だったと思います。庵野さんの好きな(透過率などの)パーセンテージを数字にしようかなと、一度試みたことがあったんですが、ものによって全然違うことを求められるので、あきらめました。特効(特殊効果)にしても、明らかに好きな雰囲気がありますね。普通はブラシツールで吹いたりしますが、「そうじゃなく、手で描いたようにしてくれ」と必ず言われます。そういう場合、たとえば単に落書きみたいにゴチャゴチャっと描いたやつを移動でギュッと縮めるとキズみたいに見えて、それをうっすらと乗せると質感がうまく出るようになるんです。
 あと増尾さんから教わった秘訣は、「要所要所に赤を入れると喜ぶよ」ってことですね。たとえば飛行機だと、先端のちょっと出ている部品を赤に塗っておくといいと。ただし、赤にしても「こだわりの赤」があったりします。血の色というか、ややくすんだ赤紫っぽい色なんですね。

インタビュア
マークの貼りこみの場合は、どんな感じに進めていくのでしょうか。
増田
飛行機の場合だと「これを参考にして」と資料を渡されて、"NO STEP"とかそういう類のマークをいっぱいつけていきました。確かに本物の戦闘機の写真を見ると、思ったよりもたくさんついているんですね。でも、そうそう同じものが何度も出てくるわけじゃないので、画面画面で成立させるということが大事でした。たとえ辻褄があってなくても画面としてかっこよく成立させることが重要です。

具を足して足して美味しくなる感じ

インタビュア
先ほど「確実に良くなる」とおっしゃいましたが、それはどんな風に違ってくるのでしょうか。
増田
たとえ貼りつけた四角の中に書いてある文字がパッと読めなかったとしても、本当に意味のあることが書いてあれば、人間の目って「何かあるな」と一瞬にして分かるものなんですよ。ただ線がごちゃごちゃっと適当に描いてあるよりは、それだけで全然違って見えてくるんです。庵野さんのそういう嗅覚は、すごいなと思いますね。

インタビュア
庵野さんの場合、動画に手でヘロヘロっと描いてあるマーキングなどが嫌なようですね。それは自分も醒めてしまうところなので、何となく分かります。
増田
動画でも文字やマークをいっぱい描いてきてくださったんですけど、「全部消して、ちゃんとしたものを貼ってくれ」って言われました。きちんとした要素を増やしていくことが庵野さんにとっては大切なようなので、デカール(※6)素材は多めに多めに入れるようにしてました。

インタビュア
われわれの世代って、プラモのデカールに格別な思い入れがあるんですよ。あれを貼ることで模型が本物に見え始めるという共通体験をしているので。
増田
やっぱりプラモ感覚なんですね。

インタビュア
ところで、どうしてネルフマークは二種類あるのでしょうか?
増田
「中枢に関わるものに貼るマークはこっち」とか、途中からどっちに何を貼るかという設定をいただきました。ネルフに直接関わってる人間や部品には、古いマークらしいですね。

インタビュア
あれも貼ってある下の質感が浮き出ていたり、マークが一部はがれてたりして、凝ってますよね。それは増田さんのところの作業ですか?
増田
そうですね。美術との薄さ調整もしますし、消し込みもかけますし、上から乗せたりなじませたり。何でもやります。薄さは貼ってあるものによります。飛行機だったらこれくらいとか、段ボールだったら印刷だからこれくらいとか材質を考えてやります。

インタビュア
それもなんだかプラモっぽいですね。デカールが浮かないようこすったり、つや消し塗料を上から吹いて質感を整えたりするので。アニメの中でミニチュア特撮空間を作りたいという意向の一端のような。
増田
どうなんでしょうか。ただ、そういうリアリティは必要なんだと思いますね。全部細かく作り込んであるので、すごいですよ。鉄塔ひとつにしても、リベットの打ち方までこだわりますし、ビルにしても階段はここに欲しいとか。できあがってから、「外に階段をつけたい」と新たな指示がうまれたり。いいものが上がって来るからこそ、もっとこうしたいという気持ちが働くのもわかります。
 すぐ爆発して壊れるビルにテクスチャを貼る作業があったんですが、「そこにも貼って」って言われて、「うわぁ……」と思いながら粉砕される前だけでなく、粉砕された破片にも貼ったことがあるんです。すると、やっぱり貼る前とちょっと違うんですよ。それで「私が悪かった」となってしまうんですね。

インタビュア
それだと、どんどん濃くなっていく方向ですね。
増田
本当に美味しくなっていく感じですね。具を足して足して、最初の味とはまるで違ってしまうような。3Dができあがったときに、「プリントアウトして持ってきて」って言われると、もう大変なんですよ。修正の赤ペンがいっぱい入って戻ってくるのは確実なので(笑)。本当にものすごい修正量ですよ。あらゆることに直接、手を入れているんですよね。

集中して作っている人に
応えたい気持ち


インタビュア
ところで描画ツールは、何を使っているのでしょうか?
増田
アドビ社のイラストレーターで作ったものをアウトライン化して出力したり、PSD(フォトショップデータ)で取り込んだものを乗算で乗せたり、いろいろです。あとはアフターエフェクツ上で修正を入れたこともあります。フォトショップでパースをつけてしまうと、その角度自身は記録されないので、素材を入れ替えたらまたイチからやり直しになってしまうんです。でもアフターエフェクツだと、素材を変えても角度を覚えているので、パッと入れ替えてくれるんですね。
 「リテイクの歩留まりを考えた作業にしないと、後で泣きますよ」って瓶子(修一/CGIプロデューサー)さんから言われましたから、いろいろと工夫をしましたね。

インタビュア
作業の中で印象に残った出来事はありますか?
増田
小林さんに言われたんですが、「DVDに残る仕事だから、手を抜いた仕事をしたら向こう十年間はずっと心にひっかかりがあるままだよ」と。私も後悔が残ると絶対に嫌な方ですから、いまここで全部出すという感じで進めてました。
 庵野さん自身、ものすごく集中されてものをつくっていくという過程を近くで見させていただいたので、手を抜くということそれ自体が、ものすごく失礼に感じられるんですよね。「これでいいじゃん」っていう考え方がどれだけ罪深いか、よく分かりました。ものをつくっていく人なら、そんな気持ちを忘れちゃいけないと思います。

インタビュア
その気持ちは、完成画面に出ているように思いますね。
増田
私は、「庵野さんが欲しいと思ったものを最短で提示したい、庵野さんに報いたい、応えたい」という気持ちでがんばってきました。「認めてもらいたい」と言うと、ちょっと違ってしまうんですけど。たぶん、スタッフはみなさん同じ気持ちだと思います。

インタビュア
最後の修羅場は、何ヶ月くらい続きましたか?
増田
「これはヤバイ」と実感したのは、七~八月ですね。最初のうちは「お盆休みはあげるからね」って言われてましたが、途中からは「これはないな」と(笑)。最後の最後になった日は、庵野さんが『アストロ球団』(※8)のTシャツを着て現れたんですよ(笑)。「これは何かを感じられたのかな」「死ぬってことか?」「みなさん、お覚悟ですぞ」なんてヒソヒソと(笑)。

インタビュア
確かにそれは「一試合完全燃焼」の印ですからね(笑)。
増田
部屋に入って来たその瞬間、普通なら「おはようございます」ですよね。その日だけはみんな凍りついて、「ハァーッ」って感じで。でき過ぎですよね。
 それでみんな作業が終わったのに、小林さんが担当分のモニタのリテイクカットだけが通らなくて、データが重いので、全員のマシンをつないでレンダリング処理をスピードアップしたんです。一台終わるたびにチャイムが鳴るんですが、それが最後まで行って成功のチャイムが鳴ったときには、本当に良かったなあと。みんなで拍手しました。あれには感動しましたね。

インタビュア
まさに「お祭り」っぽいですね。まだまだ『新劇場版』は続きますが……。
増田
ずっとこんな感じではないでしょうか。庵野さん、樋口さんをよく知っている方だと、「彼らはあきらめるってことを覚えて欲しいよね」なんておっしゃるんですよね。庵野さんの要求は確かに細かいし粘りますが、私は「まあ、そんなもんだろう」と思ってましたから、実はあまり大変だとは思いませんでした。セルの時代は物理的に無理だったので、実際にあきらめていたらしいですけど、デジタル時代になって「ここまで粘れる、ここまでできるんだ」と、そういう学習を『序』でしてしまったと思います。「次は早めにあげよう」という学習は、残念ながらしていないでしょう(笑)。でもその要求に応えていくのは、つらいというより楽しいことだと、そう思いますね。

PROFILE

2Dデジタルワーク:
ますだ・ともこ


1975年生まれ。愛知県出身。フリーのマットペインターを経てモーターライズへ。主な担当作品は、樋口真嗣監督「日本沈没」(2006年)、佐々部清監督「出口のない海」(2006年)など。カラー・デジタル部に転属し、2Dデジタルの仕事に。

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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 11:13 am

全記録全集:序 インタビュー:福士 享
取材・執筆:氷川竜介

撮影監督:
福士 享(T2スタジオ)


デジタル化されても、アニメは1コマずつ画を撮影してはじめて動きが生まれることに変わりはない。積み上げてきたあらゆる作業の映像上の終端となる「撮影」の工程は、『エヴァ』を「REBUILD」する上でどのような課題を抱えていたのだろうか?セル画・フィルム時代とデジタル時代の『エヴァ』、その決定的な違いと超えるべき断層が明らかになる。

デジタルで再現至難な
十二年前の完成度


インタビュア
前のTV版はフィルム制作でしたから、それをデジタル化するときに撮影部門は要になるはずですよね。……。
福士
そうですね。実は僕ってフィルム時代を全然知らないんですよ。その後で入って来た人間なので。

インタビュア
では、TV版はどのようにご覧になっていましたか?……。
福士
それも正直言って申しわけないことに、この仕事が来るまで『新世紀エヴァンゲリオン』自体をちゃんと観たことがなかったんです。もちろん世の中にいろいろな影響を与えた作品ですし、今回の話が決まる前から他の作品でも「『エヴァ』のあんな感じにできないか」みたいな相談を受けることも多々あって、一部のシーンだけ参考で見たりしたことはありました。
 そういう意味で今回初めて通して見た時に、僕はものすごく憂鬱になりました。「完成度がものすごく高いな」というのが観た直後の感想で、やはり十二年前のあの撮影って、セルとフィルム時代の到達点のように見えたんです。それを僕が当事者になってまた新たに作り直すことに対して、「あ、これって無理だな」って感じがしたんです。

インタビュア
具体的には、どういった部分が再現不可能ということなのでしょうか。
福士
まず、『エヴァ』以前の話があります。デジタル撮影はいつも演出から「フィルムらしさ」を求められるもなんですが、それをデジタルで再現することに、どうしても百パーセント応えきれていない実感を抱いているんです。波ガラスやディフュージョンといった基本的な効果をとってみても、似たような感じは出せるにしても、昔からセルとフィルムを見慣れている人からすれば、「やっぱりちょっと違うよね」って必ず言われるんですね。どうしても超えられない壁があるということです。
 今回の『新劇場版』にしても、「波ガラスの感じが、やっぱりフィルムの時とは違うね」という類の話はどうしても出てきますし、あらかじめ分かってはいたけれど、なかなかフィルムを超えられないなというのが実感です。

インタビュア
デジタルになって、必ずしも良くはなっていないということですね。
福士
ええ。作画にしても2Dや3DのCGにしても、情報量は明らかにフィルム時代よりも、デジタルになって圧倒的に増えていると思います。絵柄も細かくなっているし、見た目も緻密ですから、すごいって印象は受けます。でも、あくまで撮影的なことに限って言えば、ポイントポイントでよく見ていくと、昔の雰囲気や味が抜けてしまった部分も少なくなくて、むしろ逆に劣化している部分もあるのではないかと思っています。ですから、僕の仕事としては、前の『エヴァンゲリオン』にまだ勝てていないと感じます。

インタビュア
何か映像の例は挙げられますか?
福士
いえ、まだ僕も最終的に全部つながったものを観ていないので、それは今の段階では何とも……。ただ、これまで実際にやってみた感触で言えば、フィルムの超えられない壁みたいなものが見えてきて、仕事としては難しいと感じているというのが現状です。

インタビュア
その難しさは、どういう原因からくるものでしょうか。
福士
要するにデジタルでは「光がレンズを通っていない」ということに尽きると思います。デジタルには全部が全部、要素をコントロールできるというメリットがあると思いますが、逆にコントロールでき過ぎて、その何ていうのか……。

インタビュア
偶然性がなくなる?
福士
そうなんです。フィルムの時代はたとえコントロールしきって撮ったと思ってはいても、必ずそれだけじゃない部分が入ってきていたわけです。波ガラスひとつとっても、あんな歪みのすべてを確実にコントロールできるわけがない。デジタルになって、そうした偶然性が失われてしまったんですね。それを人の手で細かく調整して模擬しているわけですが、それにしても模擬すること自体が偶然性を損なう行為ですから、限界があるという気がしています。
 たとえば長い一本の線があったとして、それを波ガラスで大きく歪ませて撮影して欲しいというカットがあったとき、デジタルで歪ませると「単純に歪んだ線」になるだけなんです。でも、波ガラスを通してフィルムで撮影した場合の「大きく歪む」って、決してそれだけじゃない感じなんです。何だかちょっとしたボケ具合も出て来るわけだし、歪みの動き方もいきなりグニャっと大きくなったりする。だからといってデジタルでボカシを強く入れたり動きの大小をつければいいかといえば、絶対にそれだけではないんですね。
 だから、そうした模擬の加減にしても、つかめているようで実はなかなかつかめていないってことです。なかなかその辺、うまく言葉にはしづらいことですが。……。

インタビュア
最終的には、見た目の印象になってくるからですか?
福士
ええ。ただ、まず止めの見た目の感じで雰囲気を合わせたとしても、動いてみると「やっぱり感じが違う」なんて話も必ず出てきますから、単純な「見た目」だけでもなさそうなんです。そういう難しさがデジタル撮影にはあるんです。

デジタルの良さは見た目で煮詰められること

インタビュア
アナログを模擬するのとは逆に、監督とか演出陣から「今回はデジタルになったから、新たにこんなことを狙いたい」というようなお話はあったのでしょうか。
福士
いえ、具体的な方針は特に何も言われていません。個別の注文が出てくる特殊なカットは、監督にこちらに来ていただくか僕がスタジオカラーに行くかして、直接となりに庵野さんや鶴巻さんが座って調整しますから、「全体でこういう方針」ではなく「カット毎の処理」になってしまうんです。もう張り付き状態になって画面を見ながら、「ここはもうちょっとこうしようか」って話し合いで調整していくので、特に「最初の狙い」というようなお話も必要なかったんですね。逆にそれこそが、デジタルの良さなんでしょう。

インタビュア
「見た目で煮詰めていける」ということですね。では、その実作業としてはどのように進めていったのでしょうか。
福士
最初のうちは「全カット、監督の目を通しながら進めたい」という要望がありました。ただ、これはどうやら時間的に無理そうだという判断で、途中から「まずはお任せで撮ってください」ということになりました。T2で撮った後で「やはりこれはどうしても見ながら調整しないといけない」というものが出てくると、カット袋に庵野さんから「これは見ます」というのが書かれて戻って来るようになったんです。それに対して、先ほど言ったように「画面を見ながら詰めてOKをいただく」という進め方ですね。

インタビュア
「お任せ」の撮影の場合、福士さんの側では、まずなにを手がかりに撮影処理を決めていかれるのでしょうか。
福士
カット袋の中の背景と仕上げ素材、あとは画コンテですね。カットの前後を見比べた上で流れを理解し、「このカットの演出意図はこういうことだろう」と考えて、具体的な撮影効果を決めていきました。ただし『エヴァ』の演出陣の場合は、通常のTV作品の場合と比べると、ものすごく意図が明確なんです。だから「お任せ」とは言いながらも、そんなに選択肢はないんですね。逆に余計なことをこちらで加えてしまうと、演出陣の求める画とは明らかに違ってくる。それは痛切に感じました。
 そして違っていた場合にしても、こちら側の撮影の解釈に対して「このカットは、これこれこういう理由なのでNG」と、明確に理由が示されます。次からはそれを手がかりにして撮影しますから、次第にギャップが少なくなるんです。

インタビュア
そもそもデジタル撮影工程上で「手を加える」「処理をする」というのは、主としてフィルタワークになるのでしょうか。
福士
そうですね。まずはフィルタと、それからパラ(半透明パラフィンで一部を覆う処理の疑似)やフレア(拡散光)といった光関係ですね。デジタルの場合だとどうしても空気感が出ないので、フレアやパラで調整してセルと背景をなじむ画に作りこんでいくわけです。それが作業的に一番増えたところで、そうした光の部分を全部コントロールして画づくりを進めていきます。

インタビュア
効果を加えると色味にも影響が出ますから、色指定や美術などほかのパートとの連携も重要になってくるのではないでしょうか。
福士
実は今回、そのあたりでちょっとした食い違いがありました。特に事前の話し合いもなかったので、最初ウチではフレアの色を白めにつけていましたが、美監(美術監督)の加藤(浩)さんから、「もうちょっと青色っぽいほうがいい」という要望が出てきたんです。しかもそれは、Aパートをほぼ全部撮りきった時点でした。ただ、そうした要望は仕方ないと覚悟しています。やはり全部のカットを積み重ねてみた結果で、初めてそういうことも分かってくるものだと思うので。

インタビュア
それにしてもかつての『エヴァンゲリオン』って、フィルタやパラ、フレアをそんなにたくさん使っていた印象はないように思いますが。
福士
そうなんですよ。ほとんど「素組み」で撮っているにもかかわらず、なぜかもの凄くなじんでいるんですよね。そこが最初に「完成度が高い」と指摘した部分で、デジタルではなかなか再現しづらいものなんです。たとえば色そのものについても、似たようなことが言えます。今のデジタルでは、計算上は無限に近い色数がつくれるわけですが、かつてのセル絵の具三百色の中から選んだものと比べて明らかに勝っているかというと、別にそういう印象も受けないと思うんです。
 だからデジタル化によって数字の上ではデータは増えていますが、アナログのもつ情報量にはまだまだ勝てていないのではと、そういう印象を受けるわけですね。

デジタルで細かく調整できる光の処理

インタビュア
個別のシーンについてもお聞かせください。初号機が初めて闘うシーンでは緑とオレンジの部分が発光していますが、あれはどのようなやり取りの中から出来上がっていった効果でしょうか。
福士
まず「初号機の蛍光色の部分を発光させたい」というイメージは、庵野さんの中には最初からあったようです。版権イラストを使って「この光のイメージを出したい」という説明を受けました。それでこちらの判断で蛍光色の部分をマスクとして抜き出して、透過光をスーパーみたいな感じで乗せてみました。それを見せたらOKが出たので、「夜のシーンはこれに合わせていこう」ということになりました。ただし、うちの社内のエヴァファンからは「えっ、あそこが光るの?」という反応も出てますので、もしかしたら「何かがちょっと違うな」という印象は与えているかもしれませんね。

インタビュア
となると、あの光っている部分一つ一つにマスク(※4)をかけて抜いて、透過光をのせているわけですか。
福士
あの緑色の部分に関してはそうなりますね。デジタルのメリットとしては、「素材の加工がしやすい」ということもあるわけです。抜きたい部分が数値の違う色で塗られてさえいれば、簡単に抜くことができます。色の拾える部分に対しては、あらかじめマスクを作画していなくても、透過光で光らせる程度はすぐできるようになりました。

インタビュア
なるほど、マスクの精度的にもその方がいいですよね。あと、あのカットは画面上方にパラをかけて、上に行くほど暗くして巨大感を強調していると聞きました。
福士
その処理も、庵野さんから最初に指定された部分です。町の風景のBG(背景画)は空を明るめに描いておくから、それをパラで絞ってほしいと。最初から絞って暗めに描くとディテールがなくなってしまうので、明るく描いてディテール感を出したいということでした。かと言ってそのままだと明るくなり過ぎるので、パラでちょっと絞り気味にしていくという処理です。

インタビュア
特撮ステージの夜景ではホリゾントの雲がうっすらと見えるので、近い効果を狙っているのかもしれませんね。
福士
僕にはそこまでは分からないですが、町中に立つ初号機は、作画がフットライト気味の光源を意識して描かれているので、撮影でもそれに合わせて上の方にパラをかけるようにしています。それは第4の使徒に対しても同じ処理です。

インタビュア
そういう場合、カメラが動いたらパラも動いてしまうと思うのですが、どのように対処するのでしょうか?
福士
そこはちょっと苦労したところでした。カメラワークに合わせてパラをかけるのか、それともカメラ前の大きいサイズで組んだ状態に対してパラをつけてしまうのか……。どっちがいいか、悩んだカットがいくつかあります。カメラワークにつけてしまうと、パラごと動いて見えてしまうので、結局は大きいサイズで組んだ画にパラをかけて、それに対してカメラワークをつけるやり方を主体にしました。ただ、それだと今度は上にいくほどパラが画面全体にかかって見えてしまい、初号機などのキャラに対してパラがかかっているように見えなくなる場合があるんです。どれくらいのグラデ(グラデーション)感にするのか、調整が難しいカットがありました。

インタビュア
すでに上がっている映像を拝見すると、他にもかなり細かい部分にパラをかけているように見えました。
福士
ええ。その辺はこちらで可能な限り、やれることをやっています。アナログでは単に画面上の大きな部分にパラをかけることしかできなかったんですが、デジタルだと透過光同様にパラもいろんな形に切れますから。もちろん時間があればですが、キャラクターの腕にそってかけたり、カゲの部分だけかけるとか、かなり細かく調整できます。カットによっては監督がアガリを見たときに、「本当は特効で質感を入れるつもりだったけど、パラで感じが出ているから、質感はなしでいい」という判断の出たカットもありました。その点では、仕上げの手助けにもなっているかもしれませんね。

インタビュア
パラやフレアのコントロールに関しては、これまでの作品による経験値が活きてくるものでしょうか。
福士
確かにそこは経験値だとは思います。ただし、やはり作品ごとに雰囲気が違うわけなので、個別の調整になりますね。今回の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』にしても、おそらく庵野さんの側では最初からフレアやパラを計算して入れていこうとは、考えていなかっただろうと思います。最初に何カットかテスト撮をした時点では特に指示がなかったので、どれくらい入れていいか分かりませんでした。それでさらに20カットか35カットぐらいテスト撮りした時点で、僕なりにフレアやパラを加えて見せたんです。
 その時に初めて「いいんじゃないですか」って言ってもらえて、「やはりアナログの空気感はデジタル撮影では出にくいから、フレアやパラで補完していく方向性で行きましょう」とOKをいただきました。それでこちらで足していくうちに、どんどん庵野さんの好みが出てくるんです。さっき言った庵野さんの立ち会いにしても、パラとフレアの調整にほとんどの時間をかけています。それでいったん入れ始めると、今度は最初気にならなかった部分がどんどん気になってくるようです。
 庵野さんは「パラ、フレアはクセになる。使い始めると、もう抜けきれないね」というような話もしていました。ですから、結果的にはそういう調整を経て、庵野監督ならではの個性が出た画面になっているはずです。

デジタルの特性を活かし、
なじんだ画面づくりを


インタビュア
今回、結果的にほぼ完全新作ということになりましたよね。特に撮影に関しては「REBUILD」とは言っても完全なゼロスタートで大変だったと思います。話は前後しますが、そのあたりで始めたときのご苦労があれば。
福士
そういえば、完全に言い忘れていましたが、最初にTV本編の16ミリ映像を劇場用の35ミリにブローアップ(※5)して、新作部分と合わせるテスト撮影をしています。新作に画を荒らすノイズを乗せてみたり、ボカしたり、にじませたりして、TV版の16ミリと質感を合わせるためのテストをしたわけです。それで新旧をつないでみてイマジカさんで試写してみたところ、「やっぱり新しい方がきれいだからいいよね」って結論になりまして、現在のような原画から起こして、フルデジタルで撮影し直す進め方に決まったんです。
 ですから僕が最初に聞いた時点では、三分の二はブローアップにして、新作はおそらく200カットから300カットぐらいの目算で、撮影にしても1700カット全部ではなかったはずなんですよ。「全部作り直そう」という方針が決まったときには、「これは、えらいことになったな」と思いました(笑)。

インタビュア
全カット再撮影するということに加えて、2Dと3D、CGとの合成カットが相当入ってきているはずですが、それはどのように処理されているのでしょうか。
福士
そこに関してはうちに来る時点で、2Dも3Dもコンポジット(※6)用の「絵素材」になっていますので、そんなに特別の苦労があるわけではありません。ただし、データ上の違いは若干あるにはあるんですね。セルと背景の方が、どちらかと言えば見やすいというか、コントロールしやすいデータなんですね。3Dが絡んでくると、どうしても勝手が違ってくるんです。

インタビュア
それは質感の差ですか、それとも他に何か違いがあるのでしょうか。
福士
そこは実に微妙で、何て言ったら良いか分からないんですが……。たとえば、セルの方が枚数はまず明らかに少ないわけです。ところが3Dは基本的にフルフレームで動きますし、一人一人がアフターエフェクツというソフトを使ってある程度すでに組んでくれています。その組み方が、僕たち撮影側の方法とはちょっと違っていて、作業者個人のクセもあるんです。かと言って組み上がったものをバラして僕たちなりに再構成するには、明らかに時間が足りないんですよ。
 なので、できるだけバラさないようにしつつ調整をつけようとするわけですが、その方法を探っていくときに、2Dに比べて3Dは要素がやはり複雑だと感じました。たとえばカット番号で言えば400番台後半、夕景にビルが生えてくるシーンなどは、なかなかビルが背景に馴染む色になってくれなくて、色調整に苦労しました。特に背景で描かれたビルと3Dのビルが混在したときには、3Dの方はセルに合わせた質感でノッペリして見えるので、どうしても差が出てしまうんですね。そうしたところにもフレアとパラを若干足すことで、極力違和感を減らすようにしました。

インタビュア
Bパートの本撮影は、これからになるのでしょうか。
福士
とりあえず大半のカットは、いったん撮影を済ませています。しかし、それは仮に差しこまれたダミー素材が多いので、大半は撮り直しになってしまうでしょうね。ただ、Bパート担当の鶴巻監督は以前『トップをねらえ2!』という作品でT2の別の撮影監督と組んで仕事をしていましたから、わりとデジタルの特質を理解している監督です。その分、デジタルへの細かい要求が多めに出てくると予想しています。たとえば、撮影で作画の代わりの部分を担当するカットもあるんですよ。

インタビュア
撮影で作画の代用ができるんですか?
福士
Bパート後半、使徒の攻撃を受けた後で塵が画面上に漂った感じになるカットがありまして、塵の大きいものはもちろん作画で描くんですが、「小さいものはパーティクル(粒子)で表現しよう」ということが決まったんですね。ただ、そうすると作画の動きとどう合わせるか、微調整が必要になってきます。そのレベルになると、僕たちはあくまで撮影ですから作画の動きにそれほど詳しくはないので、スキルのない部分でどこまで追いこめるか、難しいなと。そうは言っても、僕たちとしてはそういう要求が出てくれば、それにはやはり応えていきたいと思っているんです。

インタビュア
撮影に関して、「こうすると『エヴァ』っぽくなる」というようなことは、何か感じられましたか。
福士
いや、それについては僕たちの側では特に分かりません。そもそも「『エヴァ』っぽくしたい」という考えでは作業していませんから。でも、やはり前の作品のイメージはできるだけ壊さないように大切にしつつ、あとは監督陣の要望をできるだけ多く聞き入れてやっていけば、自然とそうなるはずと信じています。
 それをよりどころにして、今はひたすら手を動かして追いこんでいるところです。

PROFILE

撮影監督:
ふくし・すすむ


1973年生まれ。秋田県出身。GONZO制作による黎明期のデジタルアニメ『青の6号』(1997年)で2DCGディレクターを務め、セル画に比して光や陰影、空気感を強く意識した先駆的な映像を提示。以後、高橋プロダクションの流れをくむT2スタジオで数々の作品の撮影監督を務める。代表作は『フルメタル・パニック』(2002年)、『ケロロ軍曹』(2004年)、『劇場版 鋼の錬金術師シャンバラを征く者』(2006年)、『スカルマン』(2007年)、『true tears』(2008年)など多数。

Joseki
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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 11:32 am

全記録全集:序 インタビュー:摩砂雪
取材・執筆:氷川竜介

監督:
摩砂雪


TVシリーズでは庵野秀明監督のもと、鶴巻和哉と副監督を担当。劇場版『DEATH』では鋭い構成と編集術を見せ、「番長」とも異名をとる摩砂雪。今回の『新劇場版』でも、TV版同様のトライアングル的な布陣となった。主にAパートの監督を担当した摩砂雪から見た「REBUILD」の実態とは? 前回と何が異なるのだろうか?

制作内容の変化とともに監督で参加

インタビュア
改めて『エヴァ』を制作するという話を聞いたのはいつでしょうか?
摩砂雪
去年(二〇〇六年)の二月とか、それくらいに、いきなり大月(俊倫)さんから夜中に「お話があります」と電話がありまして、新宿のキャバクラに呼び出されました。「先ほどまでマッキー(鶴巻)と庵野と恵比寿で話してて、『エヴァ』をまたやるという両監督の話を受けたから、摩砂雪の了解を得たい」ってことでした。今度はマッキーが監督で庵野は総監督やるからっていうんで、「やる分にはいいんじゃない」って答えました。最初、自分では全然やるつもりなかったから(笑)

インタビュア
TVシリーズと同じ体制でやることが前提で始まった話かと思いこんでました。それが変わっていったのはいつごろからですか。
摩砂雪
九月くらいにいきなりカラーに呼び出されて、「マッキーひとりじゃ物理的に間に合わないから、半分監督やってくれ」と頼まれたの。その前までは「前の劇場の夏版みたいに、レイアウトやったり作監手伝うのだったらいいよ」って言ってて、監督をやるつもりはまったくなかった。

インタビュア
監督に乗り気でなかった理由は何でしょうか?
摩砂雪
正直、「今さら『エヴァ』やるの?」って感じでね。それまでは他の新作の準備も進めてたけど、全部頓挫しちゃったから。

インタビュア
それが監督を引き受けることになったのは?
摩砂雪
新作が増えたので、時間が足りなくなったってことかな。もともとTVシリーズのフィルムをブローアップして作るって話で、「ファイナルカット(※2)が使えるなら、それで編集をやってくれないか」という話だったんだよね。轟木(一騎/総監督助手)がまず庵野に言われたとおりTVのカットを抜き出してつないで、新作のところにはコンテ撮を入れておいて、足りない部分は脚本を文字で入れたりして粗編(粗編集)みたいなことをしてたの。あと、TVの画角を16:9のワイドにするためにファイナルカットでトリミング作業をおこなったりしてね、厳密にはビスタサイズは1・85:1か。  ともかく初めは「そのままつなぎ直す」という話だったんだけど。それでフィルムテストしてみたら、「この画質ではお客にみせられない」という話になってきた。がんばれば画質あげることはできるけど、それでも新しく作るものよりは絶対に落ちるんですよ。しかも見積もりみたら「作り直したほうが安いんじゃないか」って話にもなってきて、「残ってる原画をもとに再動画すれば制作費も安くなる」と。そういうところからジワジワと変わってきたんじゃないかな。  もともと「第参話は画がひどいんで全部直したい」と庵野も言ってたし、「第六話も良くないから、そこを全部新作にしてCG突っ込んでの総力戦にする」とかもあって、そうなると絶対に監督ひとりじゃ間に合わないぞと。たぶんそういう流れだったかな。時間さえ許せば、本当は監督マッキーひとりで全部やりきるはずだったんじゃないかなと思うけど。

インタビュア
それが監督を引き受けることになったのは?
摩砂雪
最初はね、「前半後半どっちでもいい」って言われたんですよ。でも、俺デジタルとかそんなに知らないし。前半のTVのカットを直すのと、プラスアルファの新作はこっちでやったらどうかという話になってったんだと思う。特に去年の後半は、マッキーは『トップ2』の劇場版も重なってて、『エヴァ』についてはコンテの清書くらいしかできなかったので、それで自分が先に第参話のレイアウトの直しのチェックからやり始めてと。「監督をやってくれ」って正式依頼は、九月になってからカラーに呼ばれて、初めて小笠原(宗紀/アニメーションプロデューサー)に話をされた時だと思いますよ。

ワイドでTVの切り返しは成立しない

インタビュア
そういう流動的な中で、作業はどのように進められたのでしょうか。三人で打合せをずいぶん重ねられたとか?
摩砂雪
いや、いつものとおり打合せはあまりしてないね。昔から庵野曰く、「打ち合わせなんかしても仕方ない」と。時間が経つと人って言われたこと忘れちゃうし、メモ取ったって「これ、何のメモだっけ?」ってなっちゃうから。分からなくなったら、その時点で聞けばいい。特に今回は自分の主張はあまりなかったから、庵野に「何をやりたいの?」って聞いて、「じゃあ、そのとおりにします」って感じだから。昔みたいに「俺、これやりたい」って今回はあまり言わなかったかな(笑)。

インタビュア
Aパートの作業の中には、昔作ったものを確認する作業も多かったと思いますが、その辺はどう感じられましたか。
摩砂雪
TV版とまったく同じか、ちょっと画が良くなればいいと思ってたくらいだね。劇場のスクリーンに耐えうるレイアウト、画面構成になればいいかなと。でも、前のコンテの切り刻み方とか、レイアウトの取り方って、ものすごく完成度が高いんだよね。あれをビスタサイズにするということ自体、けっこう大変なことだった。
 予算と時間がないから、最初はできるだけBANKを使って、TVのいい画をそのまま残したいという方向だったし、第壱話、第弐話はマッキーのレイアウトが何とかなってるから、それをちょっといじればいいかという感じだったんだけど。拡大コピーはなるべくしたくなかったので、TVのレイアウトをなるべく活かしつつ、枠の方を拡張したり上下左右どちらかに極端に寄せたりする方法をとりました。
 ただ、そうやって進んでいたものをシュンちゃん(鈴木俊二/総作画監督)がいい画も直し始めたので、えらい騒ぎになったりしてね(笑)。本人の描いた画だから、どうしても直したくなったんじゃないのかな。

インタビュア
作業の順番を整理させていただくと、画づくりの前に、まずは編集に関わられてたんですよね。
摩砂雪
最初に轟木がつないだものに対して、画角をどうするかみたいなことを見つつ、粗編は進めてたね。ともかくセリフが新しくなっているから、「このセリフを入れるとすると、この画でどこまで伸ばせるか」とか「間のどこを切ろう」とか、再撮する前に編集でいじってみて、これでいけるかどうか、感じをファイナルカット上で見て、「たたき台」みたいなものを作ってた。最初はBパートも結構やったけど、結果的には最後の第六話あたりはほとんど新作だから、コンテをそのままつないであるだけみたいになっていったね。

インタビュア
Bパートでも、第伍話の綾波の部屋のところはどうですか?
摩砂雪
そこもレイアウトをいじったり、パンニングのスピードを変えたり。ビスタサイズにすると、どうしても見た目が全然違ってきちゃうんで。

インタビュア
画角を変えたことで、やはりつながり感も変わるものですか。
摩砂雪
それは完全に変わる。TVの4:3でやってた切り返しは、横長のビスタサイズでやるとあまり気持ちよくならない。この人が左だったら、切り返しの人はもうちょい右へずらすとかしないと、会話してる感じにまるで見えない。そうすると背景を足さなければならないので、その下地になるレイアウトをチェックもしてたかな。

インタビュア
TV版はTV版としての完成度が高いから、難しいということなんですね。
摩砂雪
『新劇場版』でいくらやっても、TV版は越えられないと思いますよ。だから手を出したくなかったということもあるのね。完成品を観てても、言っちゃ悪いけど「この映画よりやはりTVの方が面白いんじゃないの?」って感じがするけどね。  画は確かにものすごく綺麗になったけど、ノリとしてはTVのほうが完成度が高い気がする。もちろんTVシリーズだから作画のひどいところもあるけど、テンポはいいしね。あと、TVは週単位で二十何分というローテーションでやってるからこそ成立してたんだとも思う。そういう意味だと、『エヴァ』で長い話を作ったのって、実は今回が初めてなんじゃないの。前の劇場やったときも、どれも一時間越えてないでしょ。だから、バランス的にどうなんだろうと思うところはあるね。

インタビュア
でも、ヒットもしたしお客さんは満足してるわけですが。
摩砂雪
それはマッキーの力だと思うんだよね。第6の使徒戦……だっけ?

インタビュア
ラミエルって呼んじゃいけないのは、パンフが完成してだいぶ後で聞いて驚きました。
摩砂雪
庵野も「俺は名前をつけた覚えはない」って言ってたしね。今回の現場でも「参話の使徒」とか「壱話の使徒」って話数で呼び合ってましたよ。形とやってることで覚えてたので、落ちてくる使徒は拾弐話だし、クモみたいのは拾壱話、溶岩は拾話、分かれて合体するのは九話で、魚みたいのは八話って、「何話の使徒」で話が通じる。拾八話の使徒は参号機としか言わないしね。ほかの人たちは雑誌とかで名前知ってるのかもしれないけど、監督たちは固有名詞で呼んだことがないし。マトリエルなんて言われても「それ何話の使徒?」なんてね(笑)。

入れ替えてつないでいく実写的編集

インタビュア
摩砂雪さんとしては編集、トリミング以外にはどんなことを担当されましたか?
摩砂雪
普通の監督のすることですよ。レイアウト、原画チェックをやって。あとはあがってきた編集のチェックをやって、アフレコ、ダビングの立ち会い。まあ、アフレコとダビングは今回音響監督が庵野なんで、ちょっとズレてるところを言うくらいで、特に何も言いませんと。音楽も今回は庵野がものすごく決めこんでいたので、言うのやめたし。

インタビュア
TVのときは各話演出も担当されてましたが、それとは違うのでしょうか。
摩砂雪
あのときは「センセーがやりたいなら、どうぞ」と言われてた時が多かったんで、庵野のやりたいことを俺が変えたところもずいぶんありますよ。でも今回はむしろ「庵野が求めていることがあるのなら、その通りやりますよ」という感じですね。画も「こういうのにしたいんだろうな」と、なるべくそれに近づけたレイアウト、フィルムにしましょうと。

PROFILE

監督:
まさゆき


1961年生まれ。長野県出身。アニメーター、演出家。スタジオジャイアンツで『さすがの猿飛』(1982年)の作画監督をつとめ、激しいアクションシーンが話題に。劇場アニメ『王立宇宙軍』(1987年)でガイナックス作品に参加。OVA『トップをねらえ!』第5話、第6話で庵野秀明との親交が深まり、『ふしぎの海のナディア』では画コンテ、演出、作画監督と総合的に活躍をした。1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』でも副監督、画コンテ、作画監督ほか全面的に参加、岡本喜八監督に大きな影響を受けた編集術が高く評価され、「DEATH編」を監督。『ナディア』や『フリクリ』などでも編集版のPVを多く手がけている。庵野秀明監督の実写劇場版『キューティーハニー』(2004年)では監督補佐を務め、アニメ版『Re:キューティーハニー』(2004年)では監督を担当。他にキャラクターデザイン担当では『マクロスプラス』(1994年)、『帝都物語』(1991年)がある。
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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 1:36 pm

全記録全集:序 インタビュー:鶴巻 和哉
取材・執筆:氷川竜介

監督:
鶴巻 和哉


摩砂雪とともに副監督としてTVシリーズを支え、劇場版「Air」ではダイナミックなEVA量産機と弐号機のアクションを展開。『FLCL(フリクリ)』や『トップをねらえ2!』でもエッジの効いた切れ味の冴える映像を展開した鶴巻和哉。『序』ではクライマックスとなる「ヤシマ作戦」を「REBUILD」する行為にこめた想いとは? そして新たなエヴァをやる意味とは?

参加するからには価値あるものを

インタビュア
貞本さんによれば、一番参加しそうにない鶴巻さんが参加されてるのを見て、これはよっぽど何かあると思ったそうなんですが、鶴巻さんご自身からすれば、どんないきさつの参加だったのでしょうか。
鶴巻
僕も最初は勘違いしていて、むしろ今回のことを正確に理解しないうちに「参加する」ことになってしまったんですね。最初に話が来た時は庵野さんに呼び出されて、「何、何?」とか思ってたら、ちょっとソファに座らされたところで話を切り出されて、「マッキーがさ『トップ2!』の次にやるのは『エヴァンゲリオン2』と、某超有名アニメの新作と、どっちがいい?」っていきなり言われたんですね。混乱しつつも、あれこれ意見を言ってるうちに、「じゃあ『エヴァ2』だね」なんて話になったんです。その時、庵野さんの新作は『エヴァ』とはまったく別の企画が動いてたはずなんだけど。

インタビュア
『エヴァ2』って、今やってる『新劇場版』とはまた別のものですか。
鶴巻
だから僕は、てっきり庵野さんのアニメの次回作は『エヴァンゲリオン2』というタイトルなんだろうと思い込んでしまったんです。そうは言っても純粋な続編ではなくて、『ファーストガンダム』と『SEED』くらいは違うもので、要するに庵野さんがこれからつくるアニメは、みんな「エヴァンゲリオン」というタイトルになるんだと。それが『ど根性ガエル』みたいな作品だったら「ご町内エヴァンゲリオン」になるし、『巨人の星』なら「野球エヴァンゲリオン」になる。ソニーのパソコンは全部「VAIO」みたいな一種のブランド化です。
 そういう意味での「2」だろうと。その時に、「鶴巻がやらないなら、他の人に振っちゃうからね」という話も出たんですね。どうも庵野さんが正式に監督するわけでもないらしい、まったくの外注スタッフでも構わないってことです。

インタビュア
なるほど。ガンダムシリーズにおける『Gガンダム』的な『Gエヴァンゲリオン』って話は、前々から出てますよね。
鶴巻
今にして思えば、その時すでに総集編の話も出てたはずなんですが、僕はてっきり『エヴァンゲリオン2』の話だと思いこんだまま聞いてたんですよ。で、「エヴァを作るんだったら、それは庵野さん自身がやらなきゃいけないし、庵野さんがアニメをまたやるなら、僕も手伝わざるを得ませんよ」なんて話をしたんです。

インタビュア
となると、そこで話がねじれていて、フタを開けてみたら今度庵野さんがやるのは無印の方だった、みたいな。
鶴巻
それで結果、こういうことになったわけです(笑)。正直、これがエヴァンゲリオンのリメイクでなければ、もっと気持ち良く参加できたとは思ってます。それは本音だけど、でもたとえエヴァンゲリオンであったとしても、庵野さんがまたアニメをやるという以上、その作品には参加すべきだと思うところもあって、複雑な心境ではありました。

インタビュア
それほど『エヴァ』って、抵抗ある存在ですか。
鶴巻
もちろんです。というか、「そりゃ、みんな抵抗あるでしょう」と思うわけだけど。

インタビュア
でも、結果としてはいわゆるリメイクではなく、「REBUILD」という新しいものになりつつあるわけですが。
鶴巻
ええ。この『新劇場版』は事実上、『エヴァンゲリオン2』になりつつある。ただ、庵野さんがもともとそう考えていたのか、脚本会議をやっていく間に腹が決まっていったのか……。最初はただの総集編だったんですよね、あくまでも。

インタビュア
それは皆さん、口をそろえてそう証言されてますね。
鶴巻
あれから十年ちょっと経って、今「エヴァ」を見たいという新しいファンにとって、TV全二十六話と劇場版をレンタル屋で全部借りて観るのも大変じゃないかって。「エヴァンゲリオンってどういう話なの?」ってなったら、パッと借りて休日使えば三~四時間程度で全部観られる。そういうのが『エヴァ』を今後も展開するなら商売上あった方がいいし、それなら比較的お手軽に作れるだろうと。あくまで「楽に作りましょう」って。……。最初はただの総集編だったんですよね、あくまでも。

インタビュア
現実には、まったくお手軽とは遠いところに来てますが。
鶴巻
だって当初の予定では、去年の夏に『トップ2』が終わってから半年に一本ずつ完成していって、今年(二〇〇七年)の終わりには三部作が完成している。一年半で終わるはずの計画だったんだもの。「それなら軽いから、まあいいか」と思ってて、最初のプランでは第一部『序』の新作カットも百カット程度だったはずです。残りはデジタル編集でやる。もともと庵野さんって、総集編をつくるのがうまいですからね。TVシリーズの拾四話だって、画としては総集編だけど、事実上総集編ではないでしょう。
 ああいうのはもともと富野さんが得意で、『Vガンダム』の「幻覚に踊るウッソ」(※1)みたいな作品をふまえてあの拾四話を作ったと思うんです。「総集編であって総集編じゃない。この手法なら別の作品にできる」という話もあって、庵野さんも最初から今に近いことを考えていたのかもしれない。僕もどうせやるなら、似て非なるものになった方がやる価値があるわけですから。そういうわけで、最初から何か動機があったわけじゃなくて、むしろ作り始めてから、作るべき価値を見い出してきたという感じですね。

インタビュア
なるほど。実際の監督作業は、どんな感じで分担されているのでしょうか。
鶴巻
簡単にいうと、前半のAパートを摩砂雪さんがディレクションして、後半のBパートが僕。トータルで庵野さんが総監督として見ているという感じです。
 僕が「たとえ総集編だとしても、まあいいか」と思ったのは、後半の「ヤシマ作戦」をやれるからです。あれをきちんと作画し直せれば、それだけでもいいかな、と思えた。TVシリーズでは第六話は絵コンテ以降まるまる他の会社に発注していて、ガイナックスとしては手が出せない状態だったんです。それで、もうちょっと何とかしたかったという心残りがあったんです。

「エヴァの文法」を思い出す作業

インタビュア
今回、新作の画コンテは樋口さんと京田さんが描かれてますよね。
鶴巻
コンテ自体はTVからの流用と、お二人の新作パートがあって、最終的にまとめたのは僕です。樋口さんにしても京田さんにしても、過去のエヴァとは違うコンテをあげてきたんです。それは改めて新しく画コンテを発注されているわけですから、「前と同じにしても仕方ないだろう」と当然考えますからね。それはそれで面白いコンテになっていたと思います。でも、いざまとめる段階になると、「これだとエヴァンゲリオンにならないんじゃないか」という意見も出てくるんですね。それで昔のコンテを見返してDVDも確認して、「エヴァンゲリオンの文法」みたいなものをもう一度思い出しつつ、お二人のコンテをエヴァンゲリオンになるように落とし込んでいく。そんな作業を、延々とやってましたね。

インタビュア
樋口さんは「ヤシマ作戦」ですが、京田さんはどのあたりですか。
鶴巻
つなぎとして細かく入っている新作カットが中心で、会話や人間芝居のところです。
 京田さんって『ラーゼフォン』(※2)や『エウレカ』にしても、世間的には「エヴァンゲリオンに影響を受けている」と受け取られているんじゃないかと思いますが、いざコンテを見てみると『エヴァンゲリオン』とはだいぶ違うものなんですね。それは『エウレカ』を経て変わったのかもしれませんし、僕自身も十年経って変わってますから、仕方ないことだと思うんです。それで、文法を思い出すことにしたんですね。

インタビュア
その「文法」というのは、具体的にどんなことになるのでしょうか。
鶴巻
なかなか説明するのは難しいんですが、わかりやすいのはカットのつながり方ですね。流れの中でのリズム的なカット挿入とか、そういうことです。流れを気持ちよくするためにカットを割ったり、逆に普通なら入れるべきカットを省いたり。あとはキャラクターのアップと引きのカットのサイズの差とか、何か独特のストイックさとか。そのストイックさは、あえて動かさないことに関係しています。もともとあれはTVシリーズでスケジュールやクオリティが破綻しないよう、リソースをうまく分配するために編み出した演出方法で、コスト・パフォーマンスに直結しているんです。その後僕はむしろ逆の動かしまくる方向へ感覚を進めるんですね。『彼氏彼女の事情』(※3)もそうだったし、『フリクリ』(※4)もそう。それをあえてもう一回「エヴァンゲリオンに戻す」みたいなことなんです。
 あの当時の映像のもつ研ぎ澄まされた感覚を追求しないと、エヴァンゲリオンにならないんだなと改めて思いました。

インタビュア
画コンテ作業はいつぐらいでしたか。
鶴巻
去年(二〇〇六年)の十月ぐらいから十二月の頭ぐらいにかけてですね。もともと九十分ぐらいのつもりでまとめ始めましたが、すでにコンテ呎でもっと増えてしまって百十分近く、大作っぽい呎数になってしまいました。それを粗編集段階でもう一回落としていると思います。
 もともとの脚本はタイトにできていたんですが、その脚本を決定稿にする段階、さらに画コンテにする段階で、「やっぱりあのシーン入れようか」「このシーンも入れていこうよ」となるもので、そうすると結果的に何だかやはり名場面集のようになっていくんですよね。それをさらにもう一度、削ぎ落としています。
 もっと根本的なことを言えば、もともとのエヴァンゲリオンのファンを楽しませるためのイベントフィルムなのか、新しいファンを獲得するための映画なのか。前者なら映画として破綻していても、名場面集であればいいんです。一体どっちなんだって気持ちも、日々揺らいでいくところがありました。ある日は「あのシーンがないとファンは怒るでしょう」って入れたのに、翌日になると「いやいや、これだとただの名場面集になっちゃうから」なんてまた切ったりして。そんな葛藤を抱えこみながら延々とコンテまとめをやってましたね。
 最終的にフィルムになってつないでみた時点で、「映画にしようか」って感覚が働いてきて、庵野さんの方で削ぎ落として一本の映画にまとめた感じになっています。

インタビュア
まとめていく上で、鶴巻さんとして苦労したところはどの辺でしょうか。
鶴巻
映画にするというのは、枝葉を切っていって幹に集中させるということなんだと思います。でも、もともとがTVなのでいい枝がたくさんあって、それが楽しいものだったりするんですよ。特に六話まではだいたい二話セットで完結していく形をとっていて、三セットのストーリーが幹としてあるところに枝葉もたくさんついているんです。でも、この枝葉を落としていかないと映画にならないわけです。
 それと脚本段階で新しい枝葉として入ってきたのが、リツコとミサトの大人風な会話です。それはきっと子どもっぽい部分への対応だろうと。TVの初期って、やっぱりロボットアニメなんですよ。でも、エヴァンゲリオン全体としては、後半部分のシリアスな印象を残しているわけです。庵野さん的にはそのバランスを調整しようと大人の視点を入れて、後半部分のシリアスな雰囲気を持ち込もうとしてるんだなと。でも、幹でまとめる上ではそこも必要のない枝葉だったりするんですよね。

インタビュア
全体としてはシンジがさまよう四話のあたりが省略されてた感じがしますが。
鶴巻
あそこはむしろ、初期脚本ではもっと省略されていたのを、戻していったシーンですね。特に庵野さんは今回、ビルがCGになっていることを筆頭に、都市風景の面白さを映像にかなり入れてきているんです。そうすると、シンジがさまようシチュエーションも、第3新東京市付近の地形の広さだったり、モノレールという交通機関で生活感を出したりするために必要になってくるんです。そんな感じでいったん戻して、戻しすぎたところをもう一回削ぎ落として、必要なところだけを残してます。

インタビュア
全体的にシンジの気持ちが微量ポジティブになっているとも思ったんですが。
鶴巻
それは難しい部分ですね。普通の物語であれば、主人公が成長して勝利を得て終わるんですけど、シンジは「成長しないキャラクター」という位置づけを与えられているように思うわけです。でも、TVシリーズをよく見ていくと、ここで最終回になっても構わないっていう成長の節目が何度か描かれているんですね。それが第六話と第拾九話かなと思っています。拾九話のラストは、また違う方向へ向かってしまいますが、もしあれで使徒に勝って「これが最終回だ!」って宣言したら、それはそれで実に良くできたロボットアニメになっていたと思うんです。
 そう考えると、シンジも別に成長していないわけじゃないんだと。ただ、さらに過酷な展開が待っていて、悩んで、迷ってを繰り返していく。最終的な「成長」という部分を、特に前の映画の最終回では分かりやすく描いていないので、シンジはものすごくダメキャラみたいな感じに受け取られたということなんです。
 今回のラストはまだ具体的に決まってはいませんが、ハッピーエンドにするという構想はあるようだし、であれば最初からもうちょっと真っ当な成長物語みたいにしてもいいのかなと思った部分はありますね。決定稿前の庵野さんに提出する僕の画コンテだと、はっきりとわかる成長を描いてました。それを庵野さんがちょっとだけニュアンスを戻しているんです。それだと行き過ぎと判断されたのかもしれません。
 『序』という映画を単品として見た場合、シンジは成長して勝利を得て、ハッピーで終わる話にしたかったんです。普通の映画に見えるようにしたいと、心がけていましたね。

インタビュア
そういうその収まりの良さも含めて、今回の映画はお客さんの満足度は高いだろうと思ってますが。
鶴巻
確実に見やすくなっているだろうと思います。もちろんダメダメなシンジ君の好きな人は反発するかもしれませんが、TVの六話までのシンジであれば、こうなってもおかしくはないでしょ、とは思ってます。

デジタル撮影で画を攻めていける

インタビュア
制作のメイキング的な話もいろいろとうかがっていきたいんですが、鶴巻さんは、ロケハンには参加されましたか?
鶴巻
庵野さんはロケハンを頻繁にやるようになっていて、少数のメンバーで、あるカットのためだけにパッと出かけたりするんです。僕が参加したのはみんなでまとめて行った二~三回ぐらいで、特に箱根メインでしたね。芦ノ湖周辺をヘリコプターで空撮したりしました。あとは千葉の京葉変電所にも行ってますね。僕はかなり出不精なので、行く前は「写真だけあればいいから」なんて思ったりしますが、行ったら行ったでそれは楽しいんですよね。庵野さんは見学先ではもう嬉々としちゃって、あっちこっち飛び回っていますよ。「庵野さんにとってはロケハンというより、これ自体が目的化しているな」なんて思うくらいですね(笑)。僕は参加しなかったんですが、宮ヶ瀬ダムにも行ってましたよ。

インタビュア
鶴巻さん自身、ロケハン先では写真をたくさん撮られる方ですか。
鶴巻
もちろんロケハンは写真を撮りに行くようなものですからね。ただ僕の場合は撮ったものを素材にするというよりは、写真は雰囲気を思い返すための手がかりに過ぎなくて、その場所の傾斜の感じとか広がりは、やっぱり行ってみないと分からないものなんです。でも行ったら行ったで、今度はそれをどうやって映像化するのか、ちゃんと画にできるのかなみたいな問題に悩むことになるわけで、やっぱり難しいと思いますよね。
 たとえば前のTVシリーズにしても、始まる前には箱根に行ってロケハンをしてるんです。その時に思ったのは「山の稜線がずいぶん高いな」ってことです。普通だとビルを描いて、ビルとビルの間の抜けてる部分に山の稜線や地平線を描くとき低い位置にするんですけど、箱根は意外とビックリするほど高いところにあるんです。地形が盆地っぽくなってるからですね。当時もそれを分かって描いていたつもりでしたが、長々と作っていく間にやっぱり忘れていくんですよ(笑)。それをもう一回思い出すみたいなところはあったので、それは良かったですね。

インタビュア
そうやってロケハンした風景も、電柱やビルなど一部はセルで描かれてます。
鶴巻
そもそも庵野さんは、「電柱もビルもキャラクターなんで、本当はセルで描きたいんだ」っていう話をしていたんですよ。アニメの絵には輪郭線があるかないか、二種類しかない。セル画には輪郭線があるけど、背景には輪郭線がない。庵野さん的にはキャラクターなら輪郭線があるものとして描くべきで、それ以外のものは輪郭線がなくていい、つまり背景美術でやるということなんです。だから電柱だけでなく、自動販売機も公衆電話もみんなセルで、あれは庵野さん的にはキャラクターだっていうことなんです。
 輪郭線はかなりのこだわりがあるみたいで、TVの当時からビルもセルにしたかったんです。だけど、当時の技術だとセルで描けば本当に背景から浮いてしまうので、クオリティ的には難しいという理由で諦めていたと思うんです。それが、今回CGにするにあたって、輪郭線のついた状態で馴染んだビルにできるというのは、CGになった利点のひとつでしょう。僕もそっちの方がいいなと思っていたし。

インタビュア
それも含めて、今回、『エヴァ』にはデジタル技術が導入されてますが、それにはどう対応されてますか。
鶴巻
僕にとっては、3D-CGよりはデジタルで撮影していることの方がむしろ大きいんですよね。『トップ2』の時から言ってたことですが、デジタル撮影で光が描ける画にできるということが、ものすごく大きいんです。セルの時にはほとんどそれができなくて、入射光とか透過光という技術はあるにしても、限定的にしか使えない技術だったんです。今回デジタル撮影になって、光そのものが描けるようになったことは、ものすごく大きな進歩だと思います。
 第弐話の夜の戦闘シーンで初号機の緑色のパーツが光っているところは、本来ああ見えるべきカットだったんですが、セル画時代にはできませんでした。もっと正確に言えば、やろうと思えばできないことはないけど、ものすごい手間とコストが必要でした。それがデジタル化で劇的に軽減されたということなんですね。当時でも、多重露光かけたり、ブラシなど特効(特殊効果)かけたりという手はあったと思いますが、かける手間のわりに効果はよろしくなかった。
 デジタルになったおかげで、色数も多くなったし撮影でもいじれるし、色を攻められるんですよ。セル画時代は、ある程度妥協しなきゃいけなかったんです。たとえば微妙にスカートの脇から肌が見えてることを描く時に、そこを肌色にしない限り肌には見えないんです。そこが赤い照明で照らされているシーンになっても、肌の部分は肌色だと記号的に塗らないと、肌に見えなくなってしまうんですね。だから光を無視して肌色にしておきましょうという妥協が多かったんですよ。それがデジタル撮影とデジタルの彩色になると、赤い光の中での肌色をどういうニュアンスで出すか、そこをもっと攻めていけるんですね。
 そういう点では、美術監督や作画監督と同じぐらい誰が撮影監督をやるかがデジタルではすごく大事になっていて、いずれ「この撮影監督の作品を見るためにこのアニメを見るんだ」ということもあると思います。撮影ってデジタルになって、それぐらいのところまでまだまだ伸びる可能性があるんですね。ガイナックスで今やってる『天元突破 グレンラガン』にしても、作品的にはダイナミックなキャラクター描写が大きいとは思うけど、作画の頑張りと同様に、撮影の頑張りにも感心します。「あの光を見るためだけに『グレンラガン』観る価値はあるな」と思ったりするんですよね。

インタビュア
アニメはまだまだ進化していくってことですね。それはいい話ですね。
鶴巻
今現在は撮影側ががんばってやってることでも、そのうち今度はまた美術監督から「この作品は光を全部こっちで描くから」みたいな提案も出てくるのかもしれないし、あるいは作画側から「肌の質感をもっと表現したいから、たとえば肌のハイライト部分は別セルで描いて、それを何かちょっと他とは違う撮影処理して乗せてみたい」と言われるとか。さらに、ボーダーレス化が進んでいくんだろうと思ってますね。

インタビュア
エフェクトの分野では、前から先行して別セルで撮影処理みたいなことも始まってますしね。
鶴巻
ええ。もともとアニメーターの江面(久)さんや磯光雄さんがやってたみたいに、作画の人が素材から作り分けていくことによってしかできない撮影処理みたいなものが、どんどん生まれて、これからも発達していくんだろうなと予想しているんです。江面さんのやっている炎の処理の仕方や、水面に映る反射の素材みたいなものは、作画をかなり高度に知ってないとできないことだったりするんですよ。あとは、新海誠さん(※8)でしょうね。新海さんの作品の空気感の表現力は、本人が全部最後まで面倒見るみたいなことを含めて、相当のところまで到達していると感じますね。
 その一方、一般的な話としてですが、アニメの業界として考えたときには、撮影でどこまでやるかは実際問題、まだまだ難しくて、試行錯誤でもあるんです。それは、撮影がどこまでやるとやり過ぎになるのか、どうすると良くなるのか、どうするとやり過ぎて駄目になっちゃうのか、その加減が難しいからです。

インタビュア
確かに美術の色もペイントの色も、あるいは特殊効果の質感も、いかようにでも変えられるわけですからね。
鶴巻
ええ。業界が完全にデジタルになってからまだ十年経ってないと思いますが、ようやくTVの方で、「大体ここぐらいまで撮影でやればいいんじゃないかな」という基準ができ始めた時期で、攻め込んでる作品は、まだ多くないと思うんです。もちろん劇場作品だと『BLOOD』や『イノセンス』という例はありますけどね。  あくまで僕の個人的な心づもりですけど、『新劇場版』でも徐々に撮影の部分をもっと追求していって、最終の完結編では「これが撮影アニメなんだ」と言われるぐらいのものにしたいなと思ってます。もちろんそれは撮影監督の福士(享)さんを巻き込んでということになるわけですが。

特効の代わりに色で絞りこむ

インタビュア
『エヴァ』は前からセルの汚しを入れてて、それが特徴的ですよね。デジタルになって特効も変わっていると思うんですが、その辺はいかがですか。
鶴巻
ガイナックスでは最初の『王立宇宙軍』の時代から、いわゆる特殊効果の専門家ではないスタッフ、つまり庵野さんや増尾(昭一)さんたちが、直接セルにマーカーで汚しを入れているんです。そうすることでセル画の物体に存在感が出て、これはけっこうガイナックス作品の特徴というか、独特の世界観を出すのに一役買っている部分だと思うんですね。
 ところがデジタルになってセルという物体がなくなったから、やりづらくなったんです。自分でやろうとすると、画像加工ソフトを本当に手足のように使えないと、なかなか同じことを実現できないわけですから。今回も特効をどうするかは、悩みどころだったんです。もし、それをしなかった場合、それでもエヴァンゲリオンになるのかどうかというね。
 今回、増尾さんががんばって、デジタル化しても非常にうまくできているところがあって感心するんだけど、はたしてあまり手をかけていない部分がどう見えるかというところですよね。でもその分、たとえばさっき言った撮影の進化だったり、あるいは色数の増えた色指定の部分だったりでセルよりも追い込めるので、もしかしたらそれでカバーすれば、そもそもそういう手を加えなくてもいいのかもしれない。昔みたいに質感特効処理をすべてのカットに入れていくことをしなくても、セルの色だけで存在感をもっと出せるのかもしれないですね。
 菊地(和子)さんにインタビューされてるからお分かりだと思いますけども、今回の庵野さんはずっと菊地さんの横に張りつきで延々と色指定をやってるんですよ。デジタルをやると必ずああなるんですよね。僕も、『フリクリ』の時がそうでした。色指定さんの脇にずっといて、もう全カットに渡って色を調整したくなるんです。
 庵野さん、デジタルでアニメ作るのは初めてに近いはずです。『Re:キューティーハニー』のときは、総監督みたいな立場で現場で実際に手を下すみたいなことはあんまりしてないと思いますし。今回初めてやってみたら、もうデジタルが楽しくて楽しくてしょうがないって感じになったんじゃないですかね。
 セルだとカットごとにカゲの色を調整して質感を出したりするために特効で補強していた部分もあるんです。普通にパッと塗られて上がってきたものに対して、「うーん、これじゃちょっともたないな」と思うと手を入れる。しかもそれは特効の専門家じゃなくて、演出なり監督なりがマーカーで汚す。でも、暗くする方向でしか手を入れられないんですよ。同じことを色指定の段階でカゲを入れたり明るくしたりして、引き締めていくっていうことですよね。それだけでもう、画面の仕上がりは全然違うだろうと思いますね。

インタビュア
菊地さんは、セル絵の具をデジタルに置き換える色指定自体も大変だったとおっしゃってました。
鶴巻
もっとシックな方向へ色をまとめていくのであれば、すでにいろんな作品の実例があるんですよ。彩度や明度を抑えて渋くすることで、クオリティ高そうに見せるスタイルは確立しているんですよね。でも、庵野さんはそういう方向性ではないんです。派手な色を使いながらも、安っぽくは見えないようにしたい。そういうことをやるためには、まだまだサンプルに乏しいと思うんです。菊地さんを筆頭に自分たちで作っていくしかないんです。

見せ場はEVAの作画

インタビュア
今回、鶴巻さん的に推薦する見せ場があれば、ご紹介いただけますか?
鶴巻
やっぱりクライマックスの「ヤシマ作戦」になりますね。本田(雄)さんが担当の、作画で初号機が陽電子砲を構えているところから引いていくカットも、普通だったら3D-CGを起こしてしまうはずですが、あえて作画にこだわってます。本田君でさえ相当てこずっていたカットで、であればもうちょっと何か他の方法を考えた方が良かったかなとも思います。でも、3Dで動かすと、絶対につまんない画面になるだろうとも思ってたんです。あれって、どうしてなんですかね。

インタビュア
本田さんの分析だと、意外性がないからではってことでした。手で描くことによって、どこか常にウソの情報が入ってくるのが意外でいいんじゃないかと。
鶴巻
おそらくこの後、中編・後編となっていくにしたがって、徐々に3Dの部分も増えていくと予想してますが、そこでは本田君が言うような「動いて当たり前」の部分を3Dのアクションの中からなくしていくことが、今後の課題になるでしょうね。
 今回のCGのスタッフはその辺をよく分かっていて、むしろそっちから「これって作画の方がいいんじゃないですか」みたいな提案が出るんですよね。3Dで可能にしても、演出的にねらっている高みまで行けるかどうか分からない。なぜか単純なカットほどそうなるみたいなんですよ。
 逆に第6の使徒は、比較的活かしやすい、むしろ3Dであることを武器にしやすいので、これはやって良かったなと思っています。

インタビュア
樋口さんのコンテを初めて読んだときには、いい感じでビックリしました。
鶴巻
あの樋口さんのコンテも、よく分かんないんですよね。画にしても勢いで何となく描いてある。ト書きでは「三次元に棲む者には理解できない形に変化して」とか書いてあるんですよ(笑)。「人間の視覚では理解できない変形って、どうやって画にするのよ?」みたいな、もう投げっ放しでしょ。こっちは真剣に悩みますよね。

インタビュア
まあ、それで膨らんだわけですし。EVA初号機も含めて、CGをかなり積極的に使っている印象もありますね。
鶴巻
EVA電車など3Dになってることが分かりやすいカットもありますが、意外なところの初号機も3Dなんですよね。3D-CG表現もかなりイケるようになってきたので、もっと先を目指したいなと。今は何でもないシーンまで作画でやっているから、ただでさえ希少なロボ描きアニメーターが、そこで消費されてしまうんです。むしろCGに任せるところはどんどん任せていって、本当にここぞというところで作画に頼めるようにしたいです。

インタビュア
予告の最後で、手前に歩いてくるところは本田さんの作画ですか。
鶴巻
さすがですよね。手の動きと体の動きがちょっとだけずれてるみたいなところまでうまくコントロールして異様な雰囲気を出してます。そういう微妙さを今の3D-CGで作ろうとすると、かなり大変なことになってしまうようです。とは言っても、結局は人間が考えて作っている動きですから、3D-CGにそんな動きを思いつけて表現できるアニメーターが現れれば、そこで一気に変わってくると思います。

インタビュア
今回、設定的にも海が赤かったり、ゼーレやカヲルが月にいたりと、驚くような映像があります。差し支えない範囲でコメントいただけますか。
鶴巻
もともと総集編として参加すると決めたとき、あくまでテーマ的なアプローチの違いで自分のモチベーションを確保しようとしていたんです。そうしたら庵野さんの方から、「ストーリーも設定も変えていい」みたいな話も出てきて、そこまで出来るのだったら、イケるんじゃないかと思いましたね。十年前のエヴァではなく、現在のエヴァとして作れる。
 物語は一度最後まで描いているわけで、「今回はハッピーエンド」だけでは芸にもならないですよね。わざわざあの時「ひねって」あの状況になっても立ち上がらないシンジを描いたのに、すんなり「頑張って戦って勝った」では、よくあるアニメと変わらないわけですから。かつての『エヴァンゲリオン』を観た方にも面白さがあり、新しく観た方も「じゃあ、前のエヴァンゲリオンも観てみようか」という気にもなれる、ある種の「いいところどり」のバランスで作っていこうと思ってます。  ただし、これは僕の心づもりであって、実際どうなるかは作ってみなければわからないんです。そういう作り手にとっての意外性、暴走性もエヴァンゲリオンの重要な要素なんですね。

インタビュア
今後、二本目、三本目と新作も増えると思います。その辺はどうなりますか。
鶴巻
今回はカラーという新しいスタジオで作っていてメイン以外は新規スタッフでやってますから、何かにつけて大変なことはあるんですよね。そういう中で新しく入ってきた特にデジタル系のスタッフたちには、ものすごく感謝しています。むしろ中編以降、もっと積極的に新しいスタッフをどんどん入れていければと思います。

トータルなエヴァの印象とのバランス

インタビュア
以前はまだ作業中でしたので、完成フィルムへの感想を含めて、追加で取材させていただきます。まず率直にできあがった感想はどうでしょうか?
鶴巻
完成直後は「よく完成したな」と思いましたね。七月、八月は完成させるだけで精一杯というところがありましたから、どんな評価になるかなんて、まるで分からなかったです。でも、三部作の一本目として難しいハードルをクリアしていると思います。やってよかったなと思っています。

インタビュア
前回は『エヴァ』をもう一回やることについて、最初は正直ネガティブだったともおっしゃってましたが。
鶴巻
その辺はすっかりクリアしましたね。やはり何にせよ作る以上は、作るべきものを作るということですから。『トップ2』の経験が生きているんでしょうね。十数年ぶりの有名作の続編でありつつリメイクでもある作品……なんて、まさに『新劇場版』のためにやっていたような印象さえありますからね。
 むしろ「これがファンに認められるのか」という点で、公開直前はナーバスになっていました。映画興行というのは、この時代になってもやはりギャンブルなんですね。作りたいもの作るべきものを作って、それで万事OKとはならない。特に今回は「製作 カラー」(※10)というギャンブルのリスクをより身近に感じる体制だったわけですし。『新劇場版』に関しては、『トップ2』のようにある程度明確な目的があって、そこに向かって落とし込む作り方を狙っていたので、三部作一本目の映画としては作るべきものを作れたし、みなさんが観たいと思っていたものも作れた。二重の意味でよかったというのが実感ですね。

インタビュア
終盤オール新作ということで、熱気のこもったフィルムになってました。
鶴巻
逆にAパートを監督された摩砂雪さんには、申し訳なかった。リソースの面ではどうしてもほとんど新作の後半に力を注ぐことになりますから、前半は残ったところでどう勝負するかという形にならざるを得ないわけです。ただ、伍・六話の「ヤシマ作戦」をもう一回やり直したいという部分をきちんとやれたので、私的な目的も達成できたし、しかもそれが面白いと受け入れられたことは、これは本当によかったです。

インタビュア
私も公開直前まで「単なる総集編」と思われて焦ったことがありましたが、そういう点での不安はなかったでしょうか。
鶴巻
むしろファンの反応として怖かったのは、すでに『DEATH & REBIRTH』『Air/まごころを、君に』まで見せてしまっているということです。世界の終末まで描いてしまった作品なのに、改めてまだ学園ラブコメ的なテイストも残っている第壱話から第六話あたりを観せると非常にぬるく感じるんじゃないかと。この後に中編、後編と続くわけで、「前編はここまでだから、仕方ないじゃん」って開き直りたい気持ちもありますが、と言っても全体的な『エヴァ』の印象は確立済みなわけですから、どうしてもぬるいと感じられてしまうことは避けられないんです。どの辺を目指すべきなのか、その判断は最後まで難しかったですね。前のラストまでの印象で作るべきなのか、やっぱり最初から積み上げていくべきなのか、そのサジ加減ですかね。最終的にはTV版のときよりは多少シリアスに振っていますね。

インタビュア
TVで始めたときには、そうした問題はなかったということですか。
鶴巻
当初はよくできたロボットアニメをやりたいというのが目的で始めた作品で、庵野さんが当時好きだった『セーラームーン』(※11)みたいな作品にしようという意図も含まれてましたし、オンエア中も最終的にどうなるのか、ずっと分からないまま進んでいましたからね。TVの最初の六話あたりまでは、かなりそういう初期ならではのテイストを感じるはずです。でも、今回はそれをそのままやるわけにいかない。TVの『エヴァ』を作っていく途中で切り捨てた部分に関しては、今回採用しないようにしようというところはありました。

インタビュア
それが大人っぽくなったという上映後の評価につながるわけでしょうか。
鶴巻
脚本段階では、もっと大人びていたと思いますよ。そこは逆にちょっと戻した部分があります。たとえばミサトの描写、マンションの部屋でビールを飲んでたりするTVのシーン自体は残っていますが、そういう子どもっぽい大人、楽しい雰囲気のミサトの描写が、次第に抜け落ちていくんですよ。そうすると、ミサトがお硬い教師のようなつまらない大人に見え過ぎるなと思ったので、作戦会議のシーンでもコミカルな演技を取り入れるようにしました。
 リリスの前へシンジを連れていくシーンについては、ミサトが大人であることの描写なので、逆にあまり子どもっぽさが出ないようにしてます。状況自体はシリアスな雰囲気で進むし、ミサトもTV後半の印象が残っているから、どうしてもシリアスに傾きがちなんですよね。企画時に貞本さんや庵野さんとキャラクターを作る上で話していたミサトって、もっとソフトだし可愛らしさがあったなあと思い出しまして、なるべく楽しい人に描こうと気をつけました。

インタビュア
シンジも少し前向きに変わったと受け取られています。
鶴巻
シンジにしても、TVの第伍話、第六話の段取りを踏んで進んでいくので、それほど変わりようがないと思うんです。でも、「EVAに乗ります」と決意をちゃんとセリフにしたのは大きいと思いますね。TVの時は第四話で迎えに来てくれたミサトに対して、シンジは「ただいま」と答えるだけで、そこに含まれているであろう「EVAに乗ります」という意思表明ははっきりと言葉にしていないんです。次の第伍話では「すでに乗るのは当然」という雰囲気で始まるので、改めて決意を言葉にしたことが違いかもしれませんね。
 TVの第四話の時も、ミサトが別の態度を示していれば、シンジの反応も違っていたんじゃないかと思います。『序』のように自分の知ってることのすべてをシンジに打ち明けた上で、「あなたが決めてください」と大人の態度をとれば、シンジだって毅然とした態度を返したかもしれないでしょう。ですから今回の違いは、キャラの性格を変えてしまったわけではなくて、仮想戦記的(※12)というか、「ここでこういう決断をしていれば……」という感じなんですよね。

インタビュア
セントラルドグマでは手をつないで人のふれあいを描いているので、ある種の驚きがありました。
鶴巻
あれは、今話した違いをストレートかつ印象的に描く手段はないかなと考えて出てきた芝居ですね。TV版の『エヴァ』って確かに手をつないだり、触れ合ったりという描写が非常に少ないんですよ。それはありがちな関係として描かないという演出上の目的もありますが、作画の手間が大変だという理由でもあったんです。結果的にそれで離れて会話するシーンも増えていって、演出スタイルとしても確立していったし、最後は「この世界では、コミュニケーションが不完全なまま進んでいく」という世界観にまでなってしまった。でも、今回は思い切り突っ込むような描写をしてるわけですから、皮膚と皮膚をくっつけちゃえば、これがもっとも印象的かなと思いました。
 前からの『エヴァ』ファンとしては、確かに意外だったかもしれませんね。。

都市風景描写と引いた画づくり

インタビュア
映画としてスクリーンをいっしょに観ている観客の反応は感じられましたか。
鶴巻
実は試写会の時の反応しか知らないんですが、第6の使徒が最初に変形するところで明らかに観客席の空気が変わったのを感じて、気持ちよかったですね。実は「TVのラミエルの良さが失われてしまった」と思われるんじゃないかと不安だったので、余計に。樋口さんにも「ああいうイメージでよかったの?」と聞いたんですが、大丈夫だと言われて、その点でもホッとしました。  やっぱりTVシリーズの時の第壱話から第六話までの脚本が、もともとよくできてるんです。だから六話までの要素をきちんとやれば映画になる。それはわかっていたので、もちろんどうしても総集編的な印象は残るにしても、最後に完全新作で見せ場を描ければ、「これで映画でしょ」って主張できるかなと。

インタビュア
スクリーンで観るメカ戦闘アニメっていいもんだなと、改めて思いました。
鶴巻
TVのときよりもスクリーンを意識して、戦闘シーンでもスケール感の演出を意識しましたからね。もともと『エヴァ』は寄りと引きの極端さみたいなところが演出のポイントだったんですが、今回特に新作のシーンに関しては、引きの絵をどこまで引けるかというところを、面白がってやってました。

インタビュア
フィルムでは、第3新東京市のビルや芦ノ湖が、画コンテで見たことのない構図になってるんです。それもレイアウト段階で引いた画にしたということですか。
鶴巻
思いきって画コンテから変えてしまったカットもあれば、微妙にちょっとずつ引いてるカットもあります。それは作りながら調整してましたね。本来、僕も摩砂雪さんも寄りが好きなんです。その極端さを使って、キャラに寄ってる絵はなお寄って、引くところはもっと引くという対比を出したほうが、さらに『エヴァ』らしくなるんじゃないかと思いました。
 引いた画づくりができたのは、戦力的に余裕があったということですね。TVでは後半になるにつれて舞台としての第3新東京市を描く描写が次第に失われて、街の描写は前半の印象に頼るようになっていくんです。でも、実際は余裕があればその都度描きたいと思ってたわけです。
 四話のシンジが家出してモノレールに乗るシーンも脚本では当初カットされていた部分です。でも、あれがあるとないとでは第3新東京市の見え方が違ってくるので、復活させました。おかげで効いていると思います。中編、後編もなるべくそうした周辺描写を残しながらクライマックスへいきたいなと。どうしても、ドラマや状況の主体にカメラが寄っていくので、それ以外の部分はスポイルされがちなんです。でも、そうならないよう粘りたいですね。

インタビュア
周辺では、ネルフの人びとや市井の人たちも出てきて、あれも印象的でした。
鶴巻
それもTVのときは作業量的な優先順位を考慮してあきらめた描写ですね。結果的に無人都市っぽい印象になってしまったんです。フェイクとしての首都なので、規模に比して人が少ないという描写はあるわけですが、たとえばコンビニや通学途中での人々の部分をなるべく残していければと思ってます。
 「ヤシマ作戦」を見守っている群衆については、最初は『エヴァ』っぽくない描き方かもと少し抵抗があったんですが、松原さんからも、「もっとこういうシーンが必要だ」というアドバイスを受けたんです。第二射の直前に電源系を修復するネルフの人々も、末端で働いている人たちがどういう苦労をしているか見せた方がいいんだろうと。そういう意味で綾波がニッコリするシーンと同じくらい大事なシーンだと思っていたので、あえて貞本さんに作画してもらったんです。TVシリーズだと、あそこはトメにするとか、カメラPANでごまかすという演出になると思いますが、今回は重視してました。貞本さんって、可愛い女の子が得意な人だと認識されてると思いますが、もともと『王立宇宙軍』で渋いおっさんを描くのもうまい人ですから、いい配置だったと思いますね。

インタビュア
あのカットは樋口さんも印象的だったようですね。あの隊員たちは全滅していると思われてるようですが。
鶴巻
樋口さんのコンテだと「このままじゃ死んじゃうけど、逃げるシーンはなくていいのか」みたいなことが書いてありましたね。それで完成フィルムでは、アナウンスで「全員待避しました」と入れていますので、全員無事です。皆さんも安心するべく、ぜひDVDで確かめてほしいですね。

作画とCGの新たなバランスを求めて

インタビュア
ところで制作的には、最後は総力戦だったと思いますが……。
鶴巻
絶対に間に合うはずがないというくらいのピンチでしたね。どこかでミスがあったらアウトという状況でした。なんのかんの言って運がよかったと思います。部署ごとに独立して進行するので、足並みが揃っているのか本当にはっきり分かるのは、最後の最後なんです。

インタビュア
ミスというのは、当事者だから分かるという感じのミスでしょうか。
鶴巻
どう作っても「あそこはこうすべきだった」という反省は出てくるものですし、不満も出ます。でも、それは映画を完成させるというレベルとは違うものなんですね。
 それと、庵野さんはギリギリの段階で代替案を提示して、クオリティを落とさずに演出的に見せる手腕に、ものすごく長けてるんですよ。こだわって作る人って、そういう状況に陥ると往々にしてパニックになるものなんですが、庵野さんは平然としているんです。だからと言って、全部諦めちゃうわけでもない。高い理想はあるけど、最終的にはここまで落としてもOKというやり方です。まあ、本人はそこまで深く考えてるわけじゃないかもしれないけど(笑)。

インタビュア
なるほど。そこも間に合った秘密なんですね。しかも、できあがった作品は拍手喝采で。アニメでは珍しいことですよ。
鶴巻
印象として『スター・ウォーズ』のようにファンが集まるイベント的な感じだったのかなと思いますね。確かに貞本さんの漫画はずっと現役ですし、中高生の人たちって、実は自分たちが好きだった漫画がやっと劇場アニメになったという感覚で観にいったのかもしれないですね。

インタビュア
ヒットをふまえて先があるわけですが。今はどういうお気持ちでしょうか。
鶴巻
『序』はやるべきことがあらかた決まってたので、作業はともかく、気は楽だったんですが、『破』は大変です。実際、早くも大変なことになっているわけですが(笑)。でも、「TVの時もこうだったなあ」と思い返しています。

インタビュア
「次はこうしてみたい」という展望が何かありましたら。
鶴巻
デジタルの使い方をもっと発展させたいと思っています。第3新東京市のビルを3Dにしてみたら結構ハマったというのも大きな成果だったので、あの方向を詰めてみたいという想いはあります。庵野さんの構想は、「3D-CGをミニチュアのように使う」ということですが、そこにはもっと可能性があるんじゃないかなと。もっとリアルなことを追求しようとすると、かなりハードルが上がってしまいますが、でも「模型特撮的」と割り切れるなら、もっと面白いことが出来る。その方向性の3D-CGは、庵野演出と相性がいいというのは、貴重な発見でしたね。
 特撮の画づくりって、カメラの手前に数個のミニチュアのビルが置いてある程度で、あとは画角さえコントロールすれば、いきなり雰囲気が出てくるものなんです。市街地の街並み全部をCGで作ろうとするとものすごく大変になるけど、そうじゃなく、特撮の方法論でCGのビルを立てれば効率よく雰囲気ができてくるんだなと。
 ミニチュアとして考えるということは、「目立せたいものだけに集中して見せる」ということなので、CGのフェチっぽさもそれで濃く出せるんじゃないかと。CGってフェチっぽさが薄まってしまう印象があるので、そこを出せるといいと思いますね。僕は特撮エッセンスが少ない方ですが、庵野さんや摩砂雪さんは特撮オタクですしね(笑)。
−−最後に『序』で特筆したいことがありましたら、お願いします。
鶴巻 アニメーター出身なので、どうしても作画に目がいきます。そうすると、あらためて本田(雄)君は上手いと思いますね。予告でも使ってたEVAが倒れるカットの質量感とか、A.T.フィールドを引き裂くカットのEVAの腰の入った動きとか。素晴らしいです。
 TVの原画とは、もう芝居から何からまるで違ってるんです。『ナディア』の時に初めて本田君の原画を見て「すごいヤツがいるな」って驚いたんですが、今回ひさびさに仕事してみて、「あいかわらず上手いなあ」というレベルではなく、もはや凄みのある上手さです。と、同時に黙々と絵を描きつづける職人的な仕事ぶりにも感心します。

インタビュア
常に進歩してるって、それは素晴らしいことですね。
鶴巻
ただ、『エヴァ』ではその上手さが派手に見えないように演出にしている。何でもないアクションに見せてるんですが、実は大変なことをやってる。そういうカットが多いんです。全般に作画としては芝居自体が地味という一方で、常にハードルの高いことを要求されているんです。それをクリアしないとダメなカットになってしまうし、クリアしてしまえば自然な動きなので、今度は大変そうに見えないわけです。次回は作画も目立って報われるような演出もしたいと思っています。

インタビュア
二作目以降は新作も増えるし、EVAの見せ場も増えるかと思います。
鶴巻
僕が担当した後半って、EVAがあまり動かないカットばかりだったので、次回は本田君ともじっくり話し合って、見せ場になるようなシーンをぜひ作りあげたいですね。

PROFILE

監督:
つるまき・かずや


1966年生まれ。新潟県出身。スタジオジャイアンツを経て、『ふしぎの海のナディア』(1990年)よりアニメーターとしてガイナックスに参加。同作品のLD-BOX映像特典『ナディアおまけ劇場』にて初演出。初監督は1994年のLD-BOX『トップをねらえ!オカエリナサイBOX』収録の映像特典『トップをねらえ!新・科学講座』。『新世紀エヴァンゲリオン』ではTVシリーズの副監督、同劇場版『REBIRTH』の監督・演出、同『Air』の監督・演出を担当。その後、OVA『FLCL(フリクリ)』(2000年)で原案・監督をつとめ、斬新な演出で大きな話題に。続くOVA『トップをねらえ2!』(2004年)でも原案・監督を担当している。

Joseki
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Postby Joseki » Mon Mar 02, 2020 2:06 pm

全記録全集:序 インタビュー:庵野 秀明
取材・執筆:氷川竜介

総監督:
庵野 秀明


インタビュー最後の締めくくりは、いよいよ庵野秀明総監督の登場である。誰もが意外だった「エヴァンゲリオンをふたたび」という壮大なプロジェクトは、どのような構想と願いに基づいて始まり、今はどこを目指して進んでいるのだろうか。合計四時間を超える超ロングインタビューの中から、その熱意と志を感じとっていただきたい。

エヴァを業界を支えるコンテンツの柱のひとつにしたかった

インタビュア
『序』はかなりの短期間で充実したフィルムができたと思います。この本の取材の趣旨としては、それをどのように実現したのか、目指すところは何か、多角的に確認する中で、庵野総監督に締めくくっていただきたいと思います。まずは今回の企画を決めたあたりの時期的なものと、きっかけがあれば、その辺からお願いします。
庵野
そうですね。最初はいつぐらいだったかな……。『新劇場版』をやろうと決めたのは、たぶん二〇〇五年の十月ぐらいだったかと。ワードでのメモ書きの一番古い日付は十一月十日ですね。

インタビュア
そのメモ書きには、どんな内容が書かれていたんですか。
庵野
色々書いてましたが、主には「エヴァのガンダム化」というか古典化を目指すというようなことです。そのひとつに「パート2」みたいな『エヴァンゲリオン』というタイトルの新作シリーズを作るのもありました。自分の理想は『Gエヴァンゲリオン』だったんですが。

インタビュア
かつての『Gガンダム』(※1)のように、エヴァの概念を根底からくつがえす作品という意味ですか?
庵野
ええ。『G』でけっこうイケて『W』でブレイクして、『X』でやや下火になって『S』で大ブレイクして続いていくという、あの筋書きです(笑)。その前に『V』がありますが。

インタビュア
作品内容よりは、そういうビジネス的な構想を書いたものだったわけですね。
庵野
そうですね。ビジネスというよりアニメ業界の、この先を考えたものです。僕はアニメを「コンテンツ」って呼ぶのは嫌いですが、ビジネスを考えた時には「商品」と呼称するよりこっちの言葉の方が世間では誤解が少ないのであえて「コンテンツ」と言いますが、アニメを作品ではなくコンテンツとして考えた時に、キッズ以外のアニメーションコンテンツは、現在、行き詰まりかけていると思うんですよ。
 キッズ作品なら、『アンパンマン』なり『ドラえもん』なり『ポケモン』なり『クレヨンしんちゃん』等、充実したコンテンツがズラッとそろっていて、絶えず商品も更新されていて、いい感じだと思います。すでに十年以上続いていてまだこの先も大丈夫そうな作品が多くて、このラインは続くだろうと思います。でも、自分が想うアニメーションとして考えた時には、今は『ガンダム』しかないのが心配なんです。

インタビュア
それは私自身もずっと気にしてる問題ですね。永くキャラクター商品化されるものが、あまりに少ないと。
庵野
ええ。このまま『ガンダム』しかなかったら、この先どうなるんだと。斜陽産業と云われる特撮でも、『ライダー』と『ウルトラ』と『戦隊』と三本も柱があって、これが三十年、四十年と続いているわけです。特に『戦隊』のすごいところは毎年リニューアルして絶え間なく継続していることですね。『ウルトラ』と『ライダー』の方はブランクが開くこともありますが、結局は今でも続いてる着実な路線になっていると思うんです。
 この三つも自分たちが関っているジャンルとして考えた時に、特撮は三本あるのにアニメは『ガンダム』一本しかないんです。本来はもっと前から路線化を図っていた『ヤマト』も、諸般の事情で形にならないまま今に至っていますしね。

インタビュア
あと路線化で思いつくのは、『マクロス』ぐらいですか。
庵野
『マクロス』も継続していますが、まだ一般社会のところまで届いていないと思うんです。ジブリアニメも一般化しているんですが、ディズニーと同じ感じがして何かちょっと違うんですよ。やっぱり普通の会社のサラリーマンが机の上に置いていいアニメグッズはガンダムなんですよ。モビルスーツなら他人が見ても、「あいつはガンダムが好きなんだな」程度の見方で済むと思うんです。社会全体に衆知というかオタクだけではないものとして許可されている感じがします。そこがあの作品のすごいとこです。
 それ以外で職場の机に置けるほど一般的なアニメってそんなにないんですよ。だからジブリ、今の宮さん(宮崎駿監督)とは違うカテゴリーでアニメ業界を支えるコンテンツが『ガンダム』以外にも一本でも広く多くあって欲しいんです。それが大きな動機のひとつになっています。『エヴァ』はまだギリギリ机に置けるラインかと感じます。なので、十年先、二十年先にも、また新しい『エヴァンゲリオン』を続けてやっていて欲しいんですね。それは僕じゃなくて、若い人が勝手に次々にやれるような状態になっていればいいと思うんですよ。

インタビュア
なるほど。『エヴァ』を改めてそういうものに育てたいという願いが、『新劇場版』以前から大きな動機としてあったわけですね。
庵野
そうですね。業界全体を支えるコンテンツの一本にでも役立ってくれたらいいという願いはあります。他にあれば別に何でも良かったんですが、客観的に考えてもやはり『エヴァンゲリオン』というコンテンツの可能性がもっとも高いと思いますし、原作権だとかそういう面倒な事情を気にせずに、自分で好きに進められる作品だということですね。

自分でやるしかない、覚悟の出発

インタビュア
そこで今度は「リメイク」ではなく「REBUILD」という方法論ですが、これもその想いといっしょに出てきた発想でしょうか。
庵野
いや、それはもう成り行きです。確か、自分で会社作る話が『新劇場版』の企画より先だったと思うんですが、『エヴァ』のパート2を作ろうという話自体は、『ナディア』のDVD-BOX(二〇〇一年)の頃、すでに言っていたと思うんですよ。

インタビュア
ああ、確か夏ぐらいに摩砂雪さんの特典をキングのスタジオで編集しながら、大月さんたちと雑談されてましたね。「ガンダムやヤマトみたいに続編を作り続けていこう」と。
庵野
ええ。あの頃からすでに、『エヴァンゲリオン』をコンテンツ産業として広げて大きくしていかないと、この先がないのではないか、やれるうちにやっておこうと思い始めたんですね。それから「『エヴァ』のパート2を作ってよ」といろんな人に声かけてみたんですけど、やはり「エヴァンゲリオンはちょっと」という反応ばかりで、誰もやってくれなかったんですよ(笑)。

インタビュア
「Gエヴァで」というか、ストレートな続編でなくていい、むしろまったく違う作品でという話も、その『ナディア』の雑談ですでに出てた気がします。
庵野
そうなんです。「Gエヴァでいいからやらない?」って皆に言ってたんですけど、ダメなんですよ。やっぱり『V』が先にないと、やってくれないわけです(笑)。(※2)「だとすると、まずは『V』を自分でやるしかないのか……」と。「こんな『エヴァンゲリオン』でも大丈夫です」というサンプルがひとつ出れば、他の人もいじって作りやすくなると思うんですよ。そうするためには、やっぱり自分でもう一度このタイトルをやらなければならないと。

インタビュア
そこで、ご自分で『Gエヴァ』みたいな違うものをやるという選択肢はなかったんですか。
庵野
今回の直前に『エヴァ』とは別の企画をずっと実写で考えていたわけですけど、それがなかなか前に進まなくて、企画を実写からアニメに変えようということで、アニメのTVシリーズへと企画を考え直したんです。それと可能であれば『エヴァ』の劇場化を並行に進めていけないかと思ったんで。その頃『エヴァ』の方はあんまり時間をかけるつもりはなくて、一本目と二本目は総集編プラスアルファ、ラストだけちょっと変えるぐらいでいいという感じでしたから。

インタビュア
それと会社を立ち上げるという話の関係は?
庵野
そのアニメ企画を考えている時に、ガイナックスではすでに他の企画が諸々動いていて、もう僕が入る余地がないと思いました。スタジオのシフトも変わってましたし、僕がまたガイナでアニメ作ってせっかく出来ている新しいシフトを戻す事もないだろうと。
 それと、『エヴァ』をもう一回作る時には、ガイナックスではできない新しいことをやってみたいとも思ったんですね。前にエヴァンゲリオン作ったスタジオだと、その枠の中でしか作れないんじゃないかと。そこであえて古巣ではないところで最初から始めてみようと決意したんです。

インタビュア
なるほど。やるからには挑戦したいということで、スタジオを作られて人を集めたと。
庵野
いえ、最初はスタジオ作る気はなかったんです。

インタビュア
そうなんですか?
庵野
どこか他のスタジオの現場を間借りして作ろうかと思っていました。会社作った時は、轟木(一騎/総監督助手)ととりあえず二人でしたから。

インタビュア
それは西新宿のカラーの事務所ですよね?
庵野
そうですね。場所自体は二〇〇六年の二月に借りていて机を借りたり本棚買ったりと少しずつ準備を進めて、会社登記や経理関連の仕事も友人らに色々と手伝ってもらって、株式会社カラーとなったのが五月の吉日ですね。

フィルムとデジタルでは肌が合わない

インタビュア
スタジオの間借りがうまく行かなかったのには、何か理由があるんですか。
庵野
やはり『エヴァンゲリオン』を引き取ってくれるスタジオって、そうそうないんですよ。思っていたより業界内ではナーバスに扱われてる作品でした。十年前も嫌われてはいましたが、そこはあまり変わっていなかったですね。大月さんも色々と進めてくれて、いくつかスタジオ候補もあったんですが、諸般の事情でどれもまとまらなかったんです。まあ、それはそれでいいかと。取り急ぎできる事から進めておこうと西新宿に通って4部作全体のプロットや1本目のシナリオとかを作業していました。

インタビュア
それがスタジオ設立に方針転換したきっかけは何でしょうか。
庵野
小笠原(宗紀)が「エヴァンゲリオンをやりたい」とやって来たからですね。これでラインプロデューサーとなるスタッフが入ったので、作り方というか方法論としては、僕の構想とはまったく違うところに行ってしまったわけです。そこから大きく変わっていったんですね。小笠原は野心のある男だったので、「間借りではなく、スタジオ作って自分たちでやりたいです。ついては、不動産探していいですか?」と。

インタビュア
そのときのお気持ちは?
庵野
「スタジオか……。それはそれで、そういうことになるならそれもいいか」という感じです。大局は人の流れにまかせようと。探したらたまたま中央線沿いに手頃な安くていい物件があったんで、そこをスタジオに決めました。後はもうどんどん規模が大きくなっていったんですね。
 監督やメインスタッフは、ある程度は去年の夏前後には決まっていたんですが、どういうふうに作るか、その方法はまだ白紙でした。脚本ができた段階でも、再編集を念頭に置いていたので以前のフィルムをそのままデジタルで処理して、なんとかキレイにできないかと試行錯誤していましたから。フィルムテストも何度かイマジカの方でやっていて。

インタビュア
T2スタジオでも実験をしたと聞きましたが。
庵野
ええ、昔のTVの時の原画をそのまま動画に起こして、仮の新作部分としてデジタルで撮影してもらったんです。前のTV版は16ミリフィルムなので、デジタルで色々いじってフィルム上で35ミリにしました。オプチカル(光学)のブローアップではなく、デジタルを経た上でのブローアップです(※3)。だから、T2からキュー・テック(※4)を通った上で、イマジカの最新技術を駆使して、フィルムテストを何パターンか作ってもらったんです。しかし、試写で見たら、これがどうしようもなかった。

インタビュア
問題は何だったんですか?
庵野
「フィルムとデジタルは、まったく肌が合わないものなんです」と技術の方から言われました。光学フィルムの粒子をデータ化して電気信号に置き換えること自体に無理があると。確かにそう思います。比較材料としてデジタルで撮影した同じ原画カットと交互に上映してもらったんです。あらゆるところがデジタルで撮影された画面に劣って見えました。質感や解像度の差も問題でしたし、35ミリでの粒状性のザラツキも辛かったし、色等の再現率もよくなかった。元がセル撮影なので、ブローアップしたことでトレス線が太く見えるのも問題でした。フィルムスキャニング画面やHDテレシネ画面に合わせて、ノイズを足した処理等を施したデジタル撮影カットを間にはさんで検討試写もしましたが、これだとせっかくキレイなデジタル新作画面がキレイに見えない。TV版の画面密度も十二年経つともう古すぎる感じがしました。この間にフル新作画面を混ぜるのは無茶ではないかという話になりました。
 検討試写の後、スタッフ全員が、もうガックシでしたね。これをお客さんに見せるのは、あまりにもつらい。これじゃ千八百円もお金いただけないなと。さらにフィルムからのスキャニングかHDテレシネを強行したとして、いくらかかるか試算してもらったら、あまりにもコストパフォーマンスが悪過ぎることも分かったんですね。幸いなことに前の原画はわりと残っていたので、画面のパフォーマンスも考えた上で、原画から全部デジタルで新作に起こし直した方が逆に安いだろうという結論になったわけです。

インタビュア
パフォーマンスというのは、後で加工できるという、取り回しのことですよね。
庵野
ええ。画面がキレイなのと経済的理由と。それで、全部デジタルで撮り直して作り直そうということになりました。

インタビュア
仮にTVが16ミリではなく35ミリが原版だったとしても、ダメだったということでしょうか。
庵野
35ミリなら粒子が多い分だけデータが多く馴染みはすると思うんですけど、セルの持っている独特の質感と新作部分のデジタルが出す質感がまったく合わないと思うので、おそらく中止したでしょうね。

走り始めは同じ線路、やがて切り替わる

インタビュア
後に「REBUILD」と名前のつく手法へスイッチしたのはいつぐらいでしたか。
庵野
あれ(ポスターの宣言文)を書いたのが九月だから、八月にはオールデジタル撮影に決めていたと思います。

インタビュア
八月初旬に事務所にお邪魔したときには原画が山積みで、私も「デジタルで作り直した方がいいですよ、後でいじれるし」なんて賛成した記憶があります。
庵野
ええ。秋口ぐらいには全部作り直す体制に、完全に移行してましたね。スタジオ設立が九月中旬ですから。

インタビュア
演出の原口(浩)さんからは、原画の捜索が意外に手間取ったという話も聞きました。
庵野
十二年前にしては、保存自体は良かったんです。原画と動画を別にしてカット袋単位で分けてたり、ある程度整理されてましたから。「原画集」を作った時にどんな感じで残っていたか把握はしていたのである程度予測はしていました。でも、その後の整理等で、どうしても散逸してしまったんですね。

インタビュア
最初、発見しにくかった理由は何ですか?
庵野
単純なミスで、カット袋自体を間違えて整理されていたり、数字の「1」と「7」を読み間違えてチェックしていたり、TV版はBANKが多かったので、原画や動画が兼用先の話数のところに行ったまま、所在不明になっていたり、タイムシートのない状態でカット番号が不明だったり、動画がバラバラに散逸していて、何話のものなのかさえ分からなかったりと、想定よりもひどい状態でした。
 そこで、一日あたり二話分ずつ劇場も含めて現存する全話の全カット袋の中身をしらみつぶしに全部チェックするという方法でなんとか未発掘のカットを探索していきました。作業はかなり大変でしたが、相当数カットが見つかってよかったと思います。全部見直したので、先の話数でも使えるキャラアップの原画等はコンテを変えて使っています。
 それでも出てこなかった、何も残ってないカットはDVDからプリントアウトして作り直すという方法をとりました。

インタビュア
紙で出力して、またトレースするみたいな方法ですか?
庵野
そうですね。ただ、あそこまで画を修正することがあらかじめ分かってたら、別にそこまでTVに忠実にすることもなかったなと。ある程度、原画から新規に起こし直しでも良かったんですね。もうフィルムの再編集じゃないんだし、頭を切り替えて画コンテも少しは変えてもよかったかなと。途中から原画の動きのタイミングもいじったりはしたんですが、妙にTVのブラッシュアップや再現率を高くすることにこだわり過ぎました。そこは、今回の大きな反省点です。ですから二本目は、もう再現にこだわるのをやめようと。

インタビュア
その再現性のサジ加減も、結局やりながら決めるしかなかったということでしょうか。
庵野
そうですね。その反省点が全部見えたのは、やっぱり初号の時ですからね。制作当時、何故あそこまでこだわってたのか、ちょっと今では分からないです。

インタビュア
TVの流用が、一本目の大方針として絡みついていたということではないでしょうか。最初にシナリオを拝見した時にも、「ここは一部新作」「ここは完全新作」みたいな色分けがテキストに加えてありましたし。シナリオ段階で流用度を意識して練り込んであった印象がありますが。
庵野
そうですね。シナリオの時に、「ここはBANK流用」とか書いてましたね。制作向けに色分けした台本も作りました。コンテもそれに合わせて切り貼り作業してましたし。やはり再編集の感覚がずっと残っていたんですよ。

インタビュア
シナリオの色味の変化からして、後半にいくにしたがって新作の分量が増えるような、そういう構想にも見えましたが。
庵野
ええ。それは鶴巻が考えたコンセプトに従っているんです。映画としてやり直すんだったら、とりあえず出発点は同じ場所からスタートしてみたいと。同じ場所から出発して、最初は十年前と同じ線路を走ってるんですが、同じ方向に走ってはいても途中から「ガシャコン!」と線路が切り替わって、並行してる別の線路を走り始める。そのうち線路がどんどん離れていって、最終的には「あれ? この線路って、いったいどこに行くんだ?」となっていく。そういうものにしたいと。
 だからこそ、あえて「なんだ、TVといっしょじゃん」というところからスタートする必要があったんですね。そのうちどんどん「わあ、景色が変わってきたぞ」になる。

インタビュア
なるほど、窓から見える景色の問題なんですね。
庵野
見慣れてる景色から始まるんだけど、だんだんそのよく知ってる景色が遠くなっていって、新しい景色に切り替わっていく。最後はなんだかもう、どこに行くのか先がまったく分からない。そのマッキー(鶴巻氏の愛称)のコンセプトって、ものすごくいいなと思ったんです。

インタビュア
実際、映画もそのとおりに仕上がってますし。
庵野
「ヤシマ作戦」のあたりから、全然違う線路に切り替わっているわけです。それまでは同じ線路をとりあえず走ってて、それでも線路は非常にきれいに直してある。保線してあるから揺れも少なくなって乗り心地も良くて、スムーズに進んで行けますと。電車自体も新しいのが用意してあるんです。車内の作りはいっしょでも、きれいにクリーニングしてありますと。

インタビュア
それも「電車」がキーワードになってるんですか?
庵野
たとえとして僕が話しやすいからです(笑)。あと、道路だと運転手の意志でいろいろなところに自由に行けると思いますけど、電車ってレールの上、すでに決まったところしか走れない。そこが僕の好きなところなんです。今回の映画の雰囲気を話すのにも向いています。そういう感じですね。しかし、今思うとその最初のコンセプトにとらわれ過ぎた感もありますね。

画面が大きくなると脳の処理も重たくなる

インタビュア
物語を第六話で区切るという構成は、初期から決めてられたことですか。
庵野
フィルムの再編集で考えてた時から、クライマックスとなるラスト二十分は「ヤシマ作戦」で、画面は全部新作でいきたいとイメージしてました。

インタビュア
物語的にはそんなに大きくは違っていませんよね。
庵野
大まかなストーリーは、何も変わっていないです。ドラマとして違うのは最後ですね。TVだと二十分の枠内でのクライマックスになるので、一回目で当たらなかったら二回目は先に撃ち返した方が勝ちというシンプルなタイムサスペンス物がいいかと。だからクライマックスは零号機が盾になって、やられていく中で「早く早く!」っていうドラマになってます。二十分枠のテンポとしてはそれでいいと思います。
 でも、映画の九十分枠で最後のクライマックスとして考えたときは、それだとあっさりする感じがしたんです。だから、もう一回シンジが撃てるようになるまで、もうひとヤマ乗っけようと。大きなドラマの違いはそれぐらいですね。それも脚本段階では「これで大丈夫かな?」という疑問が残っていて、最後にフィルムになるまで分からなかったです。

インタビュア
どの辺が心配だったんですか?
庵野
僕らもファンの方も、TV版第六話のテンポがどうしても頭に残っているわけです。あれは展開の短さが心地良さにつながっているんですが、それとは違った感じの心地良さがあった上で、なおかつTVを超えなければいけないと思うんですね。はたしてTVよりも良くなるんだろうかと、フィルムになるまでちょっと心配だったのが、正直なところです。

インタビュア
完成フィルムには音楽の力もあると思いますが、荘厳な感じで盛り上がってます。
庵野
音楽も重厚なのがずっと流れていて、結果的にはいい感じのタメがついて良かったと思います。時間的な流れの良し悪しって、最終的にフィルムが全部つながってみないと分からないんですよ。それもなるべく大きい画面で見ないと、映画館の感覚が出てこないですね。今回はデジタル編集なので、パソコン上の小さなクイックタイムの画面で見てましたから、映画館での大画面と大音量での時間の流れは分かりにくいんです。

インタビュア
そこは今回の「映画にしていく」という意識に大きく関わってくるところですね。
庵野
そうですね。「大画面で見た時どうなんだろう?」と。少しでも印象を近くしようと、これ(打ち合わせ室のモニタ)も二本目に備えて大きいモニタに変えました。これぐらいのサイズで見れば、おそらく映画館に近い印象になるだろうと。パソコン画面で見てたときと、時間の流れが違って見えて印象が変わってしまったからです。動きの印象も変わってしまうし、パソコン画面だと目の中に入って来る情報のサイズも小さいので、脳の処理も楽なんじゃないかと。

インタビュア
軽いってことですか?
庵野
ええ。小さな画像は脳の処理も軽くなると思うんです。すると、ある程度情報を詰めこんでいても、脳が処理しきれてしまうから、「大丈夫だろう」と思ってOKを出すわけです。ところがスクリーンの大画面で見ると脳が処理しきれなくて、「しまった。ここって、もう6コマなくちゃダメじゃん!」とか見えるところが出てきたんですね。それと頭が画面情報を処理しきれないとき、「何か台詞が頭に入って来なかったな」とか音の情報も取りこぼす感じがありました。ここでもTVのテンポが自分の中に残り過ぎてた感じがしますね。次はそういったテンポというか呎を意識して作業できるかと思います。ただ、情報量が多く脳が麻痺するのも快楽につながるので、そこはサジ加減ですね。

エヴァンゲリオンの映像文法

インタビュア
序盤の六話までをつないで構成した時に、「これなら映画になるな」という勝算はあったのでしょうか?
庵野
勝算というか、最初から連続モノで考えていたので、最初のひとヤマってそこしかないだろうと思ったんです。TVシリーズの構成の時に、第壱話から四話までが「シンジくんメイン」で「withミサトさん」というキャラクター主体の話で考えて、シンジとミサトが「ただいま」と「おかえり」で会話できるようになると、最初のシンジ成長話がそこで一度終わってしまうわけです。
 次の伍~六話が、次のピックアップキャラクターである綾波レイの話です。そこには「ヤシマ作品」という大きな見せ場が用意してあるので、だったら区切りは六話しかないだろうと。
 第七話はミサトさんだけの話で番外編ですし、第八話になるとアスカが来てしまって、八、九、拾話は新キャラアスカがメインの話。拾壱話は三人がちょっとだけ仲良くなるという話で、拾弐話も三人の子どもが合同で対処する話ですね。で、拾参話(制作番号)は総集編。第拾四話は子どものいない大人サイドの話だし、第拾五話もキャラクターだけの話ですね。第拾六話でちょっとシンジの話に戻って、拾七、拾八、拾九話がまた次のクライマックスになります。
 ということで、TVの話を大きく三つに分けるとすれば、「壱~六」「七~拾九」「弐拾以降」ということになるわけです。今回の新劇場版もその流れに沿う形にしています。

インタビュア
『序』で「ヤシマ作戦」をクライマックスにと決めた時、コンテを樋口さんに振ることも織り込み済みだったんですか?
庵野
ええ。そこはもう「新作のところは樋口に頼もう」と。本人もやりたがっていたし、「巨大プロジェクトものなら、やっぱりシンちゃんだろう」って素直な理由です。

インタビュア
ちょうど『日本沈没』を撮られたばかりですしね。
庵野
「D計画」や南極にでっかいノズルを大量に作る話(東宝映画『妖星ゴラス』(※6))と。あの手の映像はシンちゃんにお任せですね。コンテ切ってる時にちゃんとあの音楽が頭の中に鳴って欲しいと思いますから。それが鳴る男ですからね。

インタビュア
今、私の脳内にも鳴ってます(笑)。
庵野
イメージでまずクレーンがいっぱい動いてて、ベルトコンベアでコンテナを運んでいかないと(笑)。「ヤシマ作戦の段取をキチンとやりたい」というのは、当初からやり残したことのひとつだったんです。TVシリーズの落穂拾いですけどね。

インタビュア
圧巻の物量戦になりましたが。
庵野
樋口のコンテもそう上がってきたので、「やっぱり物量で押すか」と。結果としては、CGのおかげでできたシーンでもあります。

インタビュア
新作パートで、京田(知己)さんにも画コンテを依頼したのは、どういう経緯だったのでしょうか。
庵野
ラインプロデューサーのオガピー(小笠原氏の愛称)が「京田さんにもお願いしたい」と言ったのが発端です。「本人もやる気です」と聞いたので、「じゃあ、京ちゃんに頼もう」と。
 京ちゃんのコンテは、すごく良かったですよ。でも、『エヴァンゲリオン』の見せ方とはちょっと違ってたんですね。なので、京ちゃんのコンテのいい部分を、「エヴァ風にリライトする」という感じでまとまっています。止め画で見せるとか段取り省くとか、そんな風に置き換えているんです。「最終的にコンテ画面がそんなに残っていない」と本人は言ってましたけど、京ちゃんのコンテにあったアイデアや、こういうのを描きたいという部分をいただいて、それを別の形に置き換えた感じです。京ちゃんがコンテ描いてなかったら、今のああいう形にはなっていなかったと思うんですね。

インタビュア
その新アイデアというのは、どんなところですか。
庵野
たとえば、シンジが出て行った後に高速道路を歩くっていうのは、京ちゃんのアイデアですね。人がいない高架道路をさまよい歩くってのは、すごく良かったです。もろもろ「ヤシマ作戦」の前まで、新作の人間芝居全般は、基本的に京ちゃんに画コンテを頼んでいます。確かにコンテの画は残っていないところもありますが、カット割り自体は残ってたり、コンテにある演技プラン等を、鶴巻がリライトして組み直してる形になってます。

インタビュア
リライトせざるを得なかった理由は何なのでしょうか。
庵野
やはり『エヴァ』には何か独特の、外せない演出方法みたいものがあったということですね。今回、最初はあえてそれを外そうと試みたんですが、外れなかった。いやむしろ、外せなかったというべきですか。「今回はこうしてみようかな」と思って変えてみると、理由ははっきりと分からないんですが、「これじゃ、エヴァじゃないよ」っていう意見が必ずどこからか出てしまうんです。「むしろエヴァらしくしたくないんだ」っていうことで抗おうともしてみたんですが、でも結局は「やはりエヴァらしいものに」って、そういう方向性へ必ず行ってしまうんですね。

インタビュア
それはどこに差があるんですか。ストイックな方向にするとエヴァっぽくなるという意見もあるんですが。
庵野
ストイックさもありますが、極力無駄を落としていく省力化ってことですかね。とにかく作業を短縮して効果は上げたいと。TVの時の『エヴァ』の作り方は、すごく大雑把なたとえですけど、零戦を作るようなものなんですね。

インタビュア
ああ、装甲板の肉厚を削いでいくみたいなことですか。
庵野
そうです。削れるところは全部削り落として軽くして、防弾も何もないから被弾したらおしまいなんですけど、それでも再計算や試算を重ねてギリギリまで軽量化して空戦機能や滞空能力等に特化していくっていう。本当にそういう機体ですから。昔、こういうことを零戦開発の本を読んでものすごく感動したんですが、「やっぱり日本人ってこれか」と。『エヴァ』では、徹底的に無駄を洗い直して省いていきましたね。

インタビュア
アメリカは逆ですよね。グラマラスにゴージャスにしていく。
庵野
圧倒的に馬力のあるエンジンが付いてますからね。スタジオジブリとか、押井(守)さんの『イノセンス』はそれでいいと思うんですよ。馬力があるから。アニメの場合の馬力って、スタジオの規模や莫大な制作費とかですけど。零戦は千馬力足らずの発動機でべらぼうな海軍の要求性能に応えるために徹底した軽量化等を図ったそうです。カラーみたいに、はなから馬力のないところは、同じように極端に軽量化するしかないんですよ。そして何かに特化する。これしかやりようがなく、よく言えば一点豪華主義ですね。今回、作画枚数にしても、三万枚ですから。

インタビュア
えっ、三万枚? そんなに少ないんですか? 本当に? 五万いってません?
庵野
いえ、三万です。枚数をいっぱいかけたTVアニメの二話分プラスアルファしかかけてないです(笑)。

インタビュア
CGが入ったこともあるかもしれないですが、ショックです。
庵野
CGは数に入れていませんが、動仕(動画+仕上げ)は三万枚。だから間に合ったんですよ。

インタビュア
あっ、そういうことなのか!
庵野
動仕が五万枚だと、おそらく期限に間に合いませんでした。それぐらい、スケジュールはギリギリでしたね。時間圧縮のためにも、動仕は三万枚程度でよかったんです。

インタビュア
結局、原画しか流用してないし、作監修正も入ってますから、その動仕というのは工程的には全カット新作にカウントされるんですよね。
庵野
ええ、動画は全部新作です。なので、動仕は完全新作映画と同じ枚数カウントです。前作の動画はセル用なので表に色鉛筆でカゲをつけてますし、そのままでは使えないんです。

インタビュア
ああ、そうか。デジタルの動画は裏にカゲつけないとスキャンできない。そのレベルでダメになるんですね。
庵野
ええ。前の作画素材はデジタル作業では使えないんですよ。動画の線や太さとかもデジタルでの仕上げ向きじゃないし。あくまでセル向きでしかないんですね。モニタ表示とか、一部のデジタルデータがそのまま使えたぐらいです。

インタビュア
当時のイラストレーターのデータを兼用したんですよね。けっこう自分的にポイントの高い話でした。
庵野
実際には参考程度で作り直したりしてます。アイキャッチのエフェクトは前のデータを使っています。文字が出て来るところのマスク画は描き直しましたけど。光学撮影の光の感じというか、クロスフィルターやサーキュラーレインボーのハレーション等をデジタルでも出したかったんですけど、正直、あそこまでキレイに仕上がるとは思っていませんでした。庵野さん、T2の技術、おそるべしです。あれはすごい。

最後の関門でクオリティが決まる

インタビュア
デジタルにすることで逆にフィルム時代から劣化することを警戒して、最初は低い期待値だったということですよね。
庵野
デジタルにしたら、フィルムの時の良さはなくなるだろう。最初はそう覚悟してたんです。ところが、意外となくならないどころか空気感や光は圧倒的に良くなっていて、ビックリです。テストショットでコンポジットされた画面を最初に見た時、病院ロビーでのミサトさんの止めカットなんですが、初めてマスターモニタで見たときは驚き、そして感動しました。色の感じ、空気の感じ、光の感じ等全てが新鮮で、再編集ではなくフルデジタルにして本当によかったなと思った瞬間です。デジタルの恩恵の素晴らしさをようやく実感できました。今のデジタルの技術が良くなってることもありますが、やはり庵野さんのセンスや技術がすごいということです。あと、鶴巻のデジタル周りでの経験値ですね。僕はデジタルとがっぷり四つに組むのは、3Dも含めて今回が初めてだったので、最初の頃は何見ても驚いて喜んでました。

インタビュア
デジタルになってから時間が経って、ちょうどこなれて来た時期で、タイミングも良かったのではないでしょうか。
庵野
それはあるかもしれませんね。セルからデジタルに移行し始めた九年前では考えられない進歩です。鶴巻が『トップ2』を作っていた時に「デジタルだとあれもできない、これもできない」って、最初の頃ものすごくボヤいているのを聞いてたんですよ。自分で『Re:キューティーハニー』等をやった時も、確かにあまりできなかったし。その時はデジタルに何かする意図も特になくて、セルアニメをデジタルで再現する方向性しかイメージがなかったんですね。
 それでも鶴巻が『トップ2』でずっと試行錯誤したあげく、最終話であそこまでのクオリティをデジタルで出すところまで行けたので、これは何とかなるんじゃないかと。

インタビュア
その技術は3D系のCGではなく、撮影に依存するところが大きいわけですか。
庵野
大きいですね。とにかくデジタルは撮影技術で、まったく変わってしまいました。今後は「どこまで撮影に時間がとれるか」と、そういうところになると思います。デジタル撮影や彩色でできることが具体的にわかってくると色々と欲が出てきますから、何度もトライというかテイクを重ねていきたくなります。

インタビュア
具体的には空気感、あとは「パラ」「フレア」みたいな光と影の表現ですか。
庵野
その辺もですね。TVの時にも、撮出し時点でクオリティを何割か引き上げるということを、色々とやっていたんです。カット袋開けた時に、「うわっ!」って目を覆う惨状を、撮影に出すまでには何とかするってことですね。

インタビュア
ガッカリしたとき、たとえばどんな処理を加えてたんですか?
庵野
色パカを、全部BL(黒)で塗りつぶすとか。あとは、ディテールをその場で描き足します。マーカーでこちゃこちゃと影をつけたり、ウェザリング(※8)っぽい汚しを入れてみたり。最初の『ガンダム』で、つらいのは、ガンダムのこの頭の脇の穴がたまに白いことです。「誰かが黒マジックで塗れば済むミスじゃないのか」って気持ちが、ずっとあったんですね。

インタビュア
確かに間違いは間違いで、それが起きるのは仕方がないとしても、これでいいと思って通している人がいるのを問題にしてるわけですよね。
庵野
ええ、そうなんです。あからさまに間違いなのに、撮出しの時に何も処理してないのが残念です。時間がないのはどこもいっしょだけど、もうひと手間入れて欲しいなと。撮影に出す間の数分間使うだけで格段に画面の印象が変わるはずなのに、本当にもったいないなと。
 『マクロス』のTVシリーズの時にショウちゃん(河森正治氏の愛称)がセルに直接、自分でマーカーで「ピッピッ」とバルキリーのハイライトや赤色灯の光点を足してみたりしてるのを見て「あっ、やっぱりそうだよな」と思ったんですね。演出が撮出しの時にできることは色々あるんだと。セルに直接何か手を入れることは、実に有効なんだと確信しました。

インタビュア
人づてに聞いたんですが、宮崎駿監督も同じだそうですね。『名探偵ホームズ』のときに、撮出しになると嬉々として「おい、マジック持って来い」なんて、監督自ら塗り始める。
庵野
そうなんですよ。宮さんの場合は、背景まで描き直しちゃう時もあると聞きました。やっぱり「撮出し」が楽しかったみたいです。セル時代は、演出がカット袋を開けて、セルと背景とタイムシートを最終チェックして、更にできるだけの上乗せ作業をして、撮影に入れるまでが最後の勝負どころでしたから。

インタビュア
「撮出し」のことは、雑誌等ではほとんど話題にも問題にもされないんで、前から気にしてましたが、ものすごく大事なことだという認識はあります。料理で最後にひと味加えるみたいな、そんな感じですよね。
庵野
クオリティを維持する、最後の砦ですから。「撮出し」までは、『エヴァ』にしても他とそんなに変わらないものなんです。制作進行が「あと十分したら撮影に持って行きますから」っていう時に、「ちょ、ちょっと待ってて」と言ってその十分間でできる最大の処理を入れる。TVの『エヴァ』って、それをやっていたから、スケジュールのない中、画面のクオリティをなんとか維持できたんです。

インタビュア
デジタルになったら、カット袋にセルが入っていないから、そういうこともできなくなったということですか。
庵野
確かに自分ではできなくなったんですけど、今度は「撮出し」の作業自体を他の現場、あらゆる工程に分散してできるようになったと思うんです。

インタビュア
ああ、「パラ」「フレア」処理の正体って、そういうことですか。
庵野
『カレカノ』の時はそれをビデオ編集時にもやっていました。あとはデジタルだと仕上げのチェックの時に、細かく色修正やカゲ足しやあげく動画の線の直しまでをタブレットを駆使してその場でやっていただけるので、すごくよかったです。その場で無理でも、差し戻してもらって自分が動画に直接修正やディテール追加等をしてから仕上げさんに戻すことができましたから。今回、その辺も菊地さんやWishさんがすごく無理を聞いてくれて、ありがたかったです。

インタビュア
「撮出し」のデータをご自分で組んで指示されるというところまではやらないわけですね。
庵野
ええ。僕はそこまでコンピュータに詳しくないし、フォトショップもうまく使えません。覚えようと思ったことはあったけど、結局やらなかったんです。むしろ必要以上にパソコンを覚えないようにしようと。自分で始めちゃうと自分一人で作業をまとめてしまうし、自分で抱え込んでしまうと思うので。それよりは人に頼んだ方がずっと早いし、その人の感性や技術が入っている方が作品としてもいいんじゃないかと。もちろん最後の手段としては、自分でもやれた方がいいとは思いますけど、むしろ自分はできるだけ直接手を出さない形にして、なるだけ僕はトータルに見た方がいいんじゃないかと。直接やってるのは、メカ周りの修正に留めておかないとまずいかなと。
 TVの『エヴァ』と同じく今回も摩砂雪と鶴巻、二人の監督がいるので、監督職も分散して、その分メンタルな部分で余裕が少しできていてよかったです。
 トータルに見て判断する作業を、摩砂雪や鶴巻も同時にやってるので、僕一人が全部抱え込む最悪の形にならず、適度に分散していたのがうまくいってたんだと思います。それでも終盤はもう全員がいっぱいいっぱいでしたけど(笑)。
 僕ひとりでは何も面白いものにならないので、作業は分散していても責任だけ自分に集約されていればいいと思います。

インタビュア
面白いですね。クオリティの秘密だった撮出し的な処理を随所でやっていたというのは、納得です。すると、デジタルになった時のメリットって、目の前ですぐ直せるっていうことも大きいわけですね。フィルムの場合だと、撮影に出して中一日とかしないと見られなかったと思うんですが。
庵野
はい、今は目の前で直せますから、ストレスが減りました。あと、時間がある限り、やればやるほど確実に良くはなるんですね、デジタルは。その場でやれることが増えたんで、時間やコスト面からもクオリティ維持には向いていると思います。セルの時は塗り上がっていた画を直すのはとても大変だったので、何とかごまかすしかなかったんです。でも、デジタルは簡単にさかのぼって修正できるし、しかもその場で確認できますから実にありがたいし、助かります。
 描き込みのディテールにしても、今回は2Dの貼り込みでやってもらいましたから、手描きでは難しいような細かくてリアルなディテールができたと思います。デジタルだとどの部署もやればやるだけ確実にクオリティが上がっていくので、それもすごく良かったことのひとつです。セル時代の維持ではなく、バージョンアップですから、驚愕です。
 デジタルの恩恵をここまで味わってしまうと、セルにはもう、戻れません。ついこの間だったセル時代がすでに郷愁となってます。時代の流れは、早いですね。

デジタル技術の進歩でセルの弱点をクリア

インタビュア
今回の手応えのひとつには、デジタル技術が充分に使えると分かった喜びも大きいようですね。
庵野
結局、セルの時代にできたことがすべて再現できるようになった上に、セルが持ってた弱点もほとんどクリアしてくれたということなんですね。今の技術なら、これからはデジタルで充分戦えると思います。

インタビュア
取材を進めていて、デジタルのメリットのひとつに光の処理が簡単になったということがありました。初号機の緑色の発光とか。最初は透過光はデジタルでは難しい表現と言われてましたね。
庵野
十年くらい前だと思いますが、レタスやアニモが出始めてデジタルに切り替わっていった頃は、光関係はどうしようもなかったですね。撮影台とフィルムの透過光の感じが、どうにもこうにも再現できなかったんです。結局、デジタルっていうと『ヘリタコぷーちゃん』(※9)みたいな、ああいうベタ塗りで漫画的な絵柄にしか向かないんじゃないかと。これじゃシリアスなドラマは無理だって思ってたんです。
 最初にフォトショップが出てきたとき、透過光表現っていうとレンズゴーストみたいな丸いブラシの輪っかが流行って、猫も杓子もそれになりましたよね。これじゃ誰がやったって同じものになってしまうと。デジタル効果だと、水を表現するとプラグインがいっしょなので、どれも同じ水に見えてしまう。火の表現も煙の表現も、誰がやっても全部いっしょというのが、すごく嫌だったんです。
 今はその辺もどんどん幅が拡がって、この数年でようやく光の表現、空気感の表現がデジタルのメリットになったと思うんです。今ではみるみる技術が進歩して、透過光もフレアの大きさまで自由自在です。光の表現がここまでできると分かった時に、「じゃあ、初号機は最初のイメージを出そう」と。

インタビュア
最初というと、山下いくとさんのイメージですか?
庵野
ええ。極初期に彼が、初号機は真っ黒い闇の中に、緑色とオレンジ色だけが光っていて、エヴァンゲリオン本体のベース色も、真っ黒にしたいと。全面黒い画面に初号機の光だけが見えている画面がいいと言ってました。僕もそれはいいと、その表現をぜひともやりたかったんですよ。機体色を黒一色にすれば仕上げも楽だしと(笑)。だけど、反対意見も諸々あって、その当時は断念したんです。
 セル塗りの表現だと本当に黒ベタにしかならないし、ものすごく平面的に見えるんです。演出的に止め絵で見せる分にはそれでもいいんですが、動きが見せられないとか、デメリットも多かったんですね。今回はデジタルになったことで、完全な黒ではなく微妙な黒が表現できるようになり、光の表現も無理なくできるようになって、ようやく当初のイメージを画面にできたんです。

インタビュア
最初の予告編で、一番驚いたのはそこだったんです。夜景にグリーンとオレンジの電飾だけが光ってる。自分も特撮では電飾大好き男ですから(笑)、あれで「デジタルだとここまで表現が根底から変わるんだ」と認識を改めたんです。やはりデジタルは、光がキーポイントなんだと。
庵野
そうですね。僕は『ウルトラマン』を観て育ちましたから、しょうがないです(笑)。暗闇のビル街に巨人が立っているインパクトの洗礼を受けてますから。あとは、『仮面ライダー』の二話ですね。

インタビュア
ああ、暗闇でベルトに風圧を受けて目が点灯する。
庵野
あの回のナイトシーンってプロデューサー側では「よく見えない」とNGに認識されてて、後に身体の脇に白いラインがつく原因になったと聞いているんですけど、僕は子どもの頃に見て、ものすごくグロテスクなイメージを抱いて、あれが良かったんですね。夜の暗い闇の中に黒い格好をした異形な人たちがうごめいてて、いきなり血だけがドバッとぶちまけられる。当時、モノクロTVだったので、ますます何が起きてるか分からなくて、ものすごく怖かったんです。あの恐怖感がいいんですね。

インタビュア
よく見えないからこそ、想像力を喚起されるというわけですね。
庵野
そこに黒い格好をした人たちがいるのは、よく見えなくても分かるんですよ。それが僕の中のショッカー像で、やっぱり二話はすごい。同じローテーションの四話もナイトシーンでいいですね。

インタビュア
四話はサラセニア人間?
庵野
そうです。最後の戦闘は、ナイトシーンです。ああいう都会の暗い夜中に何だか怖いことをやってるのが、僕の中の『仮面ライダー』のイメージビジュアルなんです。もちろん一話の青空バックに立っている初登場や戦闘シーンも大好きですが。初代ウルトラマンも夜が似合うんですね。バルタン星人とかグリーンモンスとか、特に初期の飯島(敏宏)さんの回の夜がいいんですよ。ウルトラマンの目の電飾って、真っ白じゃないですか。白く目の光った巨人が暗闇のビル街の中に立ってるのが、ものすごく怖くてですね、いいんですよ。

インタビュア
確かにウルトラマンって、Aタイプは特に「つり目の気持ちの悪い人がそこに立ってる」って感じがあって、正義のヒーローと直結しないんですよね。
庵野
ええ。つり目の変なシワの寄った怖い顔の銀色の巨人が、深夜の丸の内にヌボーっと立っているのは、ものすごく怖いです。あの怖さですね。ウルトラマンとは違った感じの怖さというか雰囲気を、アニメでやってみたいという気持ちはTVの時からずっとあったんです。初号機は元来「鬼」というか怖い存在をイメージしたものだったので。怖い存在という点は、初期話数の初代ウルトラマン、ライダーのイメージを踏襲していますね。

インタビュア
『新劇場版』だと、撮影的に上にいくほど初号機は暗くなってますよね。TVよりもすごい巨大感というか、見上げる感じが出ているのは、そのせいですよね。
庵野
上にはシャドーパラを入れてもらっています。もともとフットライトをイメージしてましたから。あとはできるだけ空も暗く絞りこんで、全体的に暗くしています。あのシーンはマッキーのこだわりが炸裂していますね。TVの時に彼もやりたかったイメージなので。エヴァの空気による遠近感や光による巨大感は、主にマッキーのこだわりです。

照明の考え方をデジタルでアニメ空間に持ち込める

インタビュア
セルの時代は空気感の基本は美術で、あとは撮影でフィルターかけるぐらいだと思いますが、デジタルは色味も暗さも、いかようにでも変えられますよね。
庵野
ビデオでもマスタリング時にザックリとしたパラを足したりはできていたんですが、デジタル撮影だと、特に細かいグラデーションをマスクやレイヤーで微調整できるのがいいですね。光が上空にいけばいくほど、ライトが当たってなくてだんだん薄暗くなる感じとか、微妙なラインを出せるんです。その辺はすごくありがたいと思いましたね。結局、デジタルになって初めてアニメでもまともな細かいライティングができるようになったと思うんですよ。セルの時代は非常に大雑把なライティングだけで、レイアウトの時に決めてしまった照明しかできない。背景の光の感じもそれで決まるし、セルの光の感じも決まってしまいます。

インタビュア
演出が光源決めて、レイアウトで指定してしまうと……。
庵野
それでもう決定されて変更不能です。なんか足そうとするとパラ素材を二重撮影するとか、さっきみたくビデオスタジオでパラを入れるか、描き直してもらうかですね。セルの塗り直しはまず無理ですね。カゲ方向の変更は原画から修正することになりますから。

インタビュア
パラがけにしても、フィルム撮影だと本物のパラフィンですから大雑把ですよね。
庵野
パラの種類自体、それほどないしグラデーション素材はまずないので、ものすごく大雑把です。今回デジタルになって、ようやく現場の細かいライティングができるようになりました。スポットライトも撮影で指定できるので、「ここだけ明るくしてください」とも指示して頼めるんです。すごいですよね。

インタビュア
セルのカゲ色、ハイライトって「光がこっちから当たってると思ってください」みたいなお約束っぽい感じですもんね。それが本当に光が当たってる感じに処理できると。
庵野
キーライトはセルの時にもあったと思うんです。でも、ステージの上で二重にバトンに吊ってある大きいライトだけだったんですよね。向こう側消してこっち側からだけこの角度で当ててと、本当にそれだけ。レフ板使ってこっち側からも当ててやるとか、下に小さいライトを入れて電信柱だけ当てるとか、そういう細かいことはできなかったんです。どうしてもやりたかったら、ライト当てた風に最初からセルで描くしかない。それをやるにしてもセルの色数が決まっているので、絵の具の限界以上に明るくしたり暗くしたりとかできないし、色も一度塗ったらまず変更はできなかったんです。
 でもデジタルの場合は、すでに塗られているセルの色でさえ、その場で色味と明るさを細かく調整できるんです。実際にはセルで明るく塗ってあっても、「ここはライトを消して、光が当たっていない感じにしたいな」と思った時には、クリックひとつで暗くなってくれるので、それは本当にありがたいです。「逆にこっち側からこの辺まで少しだけ暗くしてください」って頼むだけで、キャラだけに細かいグラデーションをつけられます。キーライト以外にレフ板や小さいライトが使えて、おまけに色パラやラシャ紙で光を遮ったりできるようになって、アニメーションという平面なのに空間としてのライティングが設計できるようになったのは、デジタルの大きな特長だと思います。マッキーが大きく気に入っている部分も、多分そこだと思います。

インタビュア
鶴巻さんは「画づくりを攻められる」ということを前におっしゃってましたね。
庵野
レイヤー分けという技術が平面を擬似的な立体空間としてイメージさせてくれてるんだと感じます。これは僕に限らずですが、実写の感覚でアニメを作ってみたいという想いが、強いんですよ。実写というか、自分の場合は特撮の感覚ですけど。それでライティングのイメージをアニメ画面に求めてしまうんですね。

PROFILE

総監督:
あんの・ひであき


1960年生まれ。山口県出身。大阪芸術大学に在学中の1981年、大阪で開催されたSF大会「DAICON III」のオープニングアニメで一躍注目を集める。その後、アマチュア映画集団「DAICON FILM」で数々の作品を手がける一方、上京してTVアニメ『超時空要塞マクロス』(1982年)に原画マンとして参加。1983年の「DAICON IV」オープニングアニメでは一段と卓越したメカ・エフェクト描写を提示する。1984年には宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』でクライマックスの巨神兵を担当。以後、数々の作品でエフェクトやメカ作画を手がけ、山賀博之監督のガイナックス第1回作品・映画『王立宇宙軍』(1987年)では、「スペシャルエフェクトアーティスト」でクレジットされている。
1988年、OVA『トップをねらえ!』でアニメ監督デビュー。オタク心と特撮魂と壮大なSFドラマを一体化した演出で高い評価を得る。続いて1990年にNHKで放送された『ふしぎの海のナディア』で初のTVシリーズ監督を担当(一部、樋口真嗣が監督)。19世紀、発明の時代を舞台に壮大なSF世界を描いた。そして1995年にTVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』を手がけ、1997年の『新世紀エヴァンゲリオン 劇場版』とともに一大ブームを巻き起こす。
1998年に映画『ラブ&ポップ』で実写を初監督。1999年にはTVアニメ『彼氏彼女の事情』(一部、佐藤裕紀が監督)と『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』のメイキングビデオ『GAMERA1999』を監督。2000年にスタジオカジノ(スタジオジブリの実写レーベル)第1回作品『式日』を監督。2002年に実写短編映画『流星課長』と短編アニメ『空想の機械達の中の破壊の発明』(スタジオジブリ)を監督、2004年に実写映画『キューティーハニー』を監督、OVA『Re:キューティーハニー』の総監督を担当。
2006年5月に株式会社カラーを設立し、代表取締役に就任。スタジオカラー第1回作品『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の他にも、デンマークの人形映画『ストリングス~愛と絆の旅路』(2007年4月公開)の日本語版監督を担当している。

Joseki
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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Sun Mar 21, 2021 1:58 am

全記録全集:序 インタビュー:貞本 義行
取材・執筆:氷川竜介

キャラクターデザイン:
貞本 義行


『エヴァ』のキャラクターをデザインし、TVシリーズに先行して漫画版を連載開始、数々の版権イラストでもキーになるビジュアルを提供し続けている貞本義行。
作品の《核》のひとつを形成するメインクリエイターとして、今回の『新劇場版』への参加はどのようなものだったのか? また、新たに立ち上がった現場はどう見えたのだろうか?

新しい『エヴァ』として成立する予感

インタビュア
貞本さんとしては、今回「『エヴァ』を作り直す」という話を聞いたとき、率直にどんな感想を抱かれたのでしょうか。
貞本
正直、聞いた時には意外でしたね。実はほぼ同じスタッフで別の企画を動かしていたので、「あれ? そっちはどうなったの」っていうね。その企画も実写だったのがアニメになって、そのときにも意外に思ったんです。「庵野さん、やっとアニメをやる気になったんだ」みたいな気持ちで。
 ちょうど『Re:キューティーハニー』をやったり、『トップをねらえ2!』でも画コンテで参加したりして、「そろそろアニメが恋しくなったのかな」なんて僕なりの印象をもってたタイミングで、「あの実写企画をアニメにしたいんだ」っていう相談を受けたんです。それで僕もシナリオ会議に参加するようになったんですが、打ち合わせの間がちょっと開いたら、いきなり「『エヴァ』やるんだ」って言われて、「ええっ、マジ?」っていう(笑)。

インタビュア
不意打ちに近い感じだったんですね。
貞本
でもまあ、もしやり残したことがあるんだったら、何もないよりは良いわけで。話題にもなるだろうから、それはそれでいいんじゃないかなと思いましたね。結局、そこで何をやるかですから。新作やろうが『エヴァ』やろうが、何か新しいことをやらなきゃいけないことは確かなので、別に反対もしませんでした。むしろ期待して「じゃあ何をやるのかな」って興味がその辺に移っていった矢先に、今度は「三本作る」(※1)って聞いたので、「えっ? ウソー! 何年かかるのそれ?」みたいなね(笑)。

インタビュア
確かに(笑)。そのときの話は、貞本さんもご自分の参加を前提に受け止められたのでしょうか。
貞本
でも僕は、最初から「お手伝いぐらいしかできないしな」って決めてましたからね。周囲の前のスタッフもきっとそうだと思って、「やるのはいいけど、誰がやってくれるのかな……」なんて思ってたら、「鶴巻が監督やってくれる」って聞いて、「え?」とまたビックリです。

インタビュア
それはどうしてですか?
貞本
「一番小うるさく反対しそうで、やりそうもない人がね……」なんて思いまして。これはよっぽど何かみんなですでに打ち合わせして盛り上がってて、「今度はこれをやろうぜ!」みたいなことになってるんだろうなと。言葉は非常に悪いんですけど、対岸の火事みたいに見ながら、「それならいいんじゃないかな。だったら僕も手伝わせてもらいます」みたいな感じでしたね。

インタビュア
でも、こうしてスタジオもひとつ作ったわけですから、かなりの大仕掛けになったわけですが。
貞本
そうですね。それでよく飲み会とかで聞くじゃないですか。「どういうことやんの?」みたいなね。要するにこの三本を見たお客さんが、どういう印象を持つエヴァンゲリオンにしたいのかってことですね。僕は企画会議に参加したわけでもないし、内容はあまりよく知らずに、「キャラクターは作ってよ」とか「良かったら原画でも手伝ってね」っていうぐらいの感じの出だしだったんで、それは楽しみにとっておこうと思って、最初はあんまりつっこんで聞かなかったんです。
それで画コンテができてきたときに、どういったことをやりたいかって部分では、何となく鶴巻が「これならやれるかな」と思ったであろうポイントみたいなものが見えたので、「多分これかな」みたいなものを飲み会で聞き出して、「それだったら新しいエヴァとして成り立つね」と言ったんです。それは今の時点では具体的に「ここが新しい」とは、明かせないんですけど。

インタビュア
それはすごく貴重な証言ですよ。そういう確信があって新劇場版が始まっているということは……。
貞本
でもね、なんだか確信があるようなないようなね。つっこんで聞くと、みんななんだかこう……自信がない(笑)。はぐらかしてるのか自信がないのか、それもよく分からないんですけど。ただまあ、さっきも言ったように「庵野さんがやる気になってるから」って、最終的にはそこに行きつくんですよね。鶴巻に加えてメインで摩砂雪、(樋口)シンちゃんたちも入ってきて、「これは、イケるんじゃないの」みたいな感じはよく伝わってきたんで、それを信じて僕もつきあってるわけです。

漫画とアニメ、その面白さの違い

インタビュア
今(二〇〇七年七月下旬)はこちら(スタジオカラー)に常駐されているのでしょうか。
貞本
そうですね。ちょうど単行本の作業を発売一週間ぐらい前までずっとやってましたから、七月の頭ぐらいからですね。それからずっと常駐して、自分の原画と作監(作画監督)のお手伝いをやってます。

インタビュア
原画はどこを担当されていますか?
貞本
原画はお手伝いも含めてあちこちやってますが、メインはカヲルくんのラストシーンですね。まあ、それは7カットぐらいしかないので、あと大きいところは「ヤシマ作戦」の作業員ですね。他にもいろんな人がこぼしたところをちょこちょこつなぎながら、今はリテイク作業が中心です。

インタビュア
作監ではなく原画を描かれるのは、だいぶ久しぶりではないですか?
貞本
『トップ2』第1話の時に作監やりながら、「これは直しちゃおうかな」と原画をちょこっとやったぐらいですかね。タップもしまい込んじゃって、何時間も探さなきゃいけないぐらいでした。感覚も戻ってなくて、シート書く段になって、「あれ? ストップウォッチがないぞ」なんて(笑)。ないとタイミング取れないんで、これ(腕時計)でピッピピッピやってましたが、「こりゃダメだ」とか言って、次の日家に帰ってストップウォッチ取って来ました。でも、楽しいですね。久々にやると。

インタビュア
アニメって、やっぱり楽しいですか。
貞本
ええ、そうですね。アニメって、わりと絵を描くとき、頭真っ白にしてできるんですよ。漫画の場合とは、何かがちょっと違うんですよね。漫画はネームの時に九十八から九十九パーセントぐらいの力を出しつくして、残りの一パーセントで「もうどうでもいいや」って感覚で、ペン入れし始めるじゃないですか。もう、ただつらいだけみたいなね……。

インタビュア
確認作業みたいになっちゃうってことですか?
[b]貞本

そう、もう頭の中じゃできちゃってるのに、ただそれを仕上げていくだけの作業になっちゃうんですよ。仕事の段階としては最後の最後なんだけど、ここが一番つらいみたいなね。時間的にも一番長いので、漫画の絵を描いてるよりはアニメの方が楽しいです。
 あと、漫画の場合は自分で自己管理しなきゃいけないんで、「締め切りまで何日、じゃあ、これから一日何コマ描かなきゃいけない」みたいなのもね。自分でスケジュール切っていくと、そこから逃れられないじゃないですか。でも、アニメの場合って他人の顔色うかがいながら、「今日はもう帰っちゃうよ、明日やっちゃおうかな……」なんて。

インタビュア
駆け引きがある(笑)。
貞本
何かとズルズルと。それで、ノリのいい時に一気にやってしまうっていう感じですからね。それと絵が動くっていうのが、やっぱりいいですね。止まった絵をずっとやってきたんですが、「ペンタッチがどうのこうの」っていう緻密な作業がもともとあまり好きじゃないので、アニメのざっくりした絵で動いた方が、楽しい。
緻密な絵を描いても、それは本当に一秒の二十四分の二ぐらいしか目に映らないわけだから、動きの流れで作っていくっていうのがね。

インタビュア
なるほど。やはり絵を描く方にとって、残像の印象で動きを作り出すのには、格別なものがあるんですね。
貞本
あとはね、周りががんばった絵の中に自分のやつがはまっていくっていう面白さですよね。

インタビュア
参加していく、集団作業特有の楽しみですか。
貞本
そうですね、逆にいうと信じたりとか信じられてるっていうのもあって、一生懸命やらなきゃなみたいな感じ。それが何より楽しいですね。

言った人間が責任払いで修正する

インタビュア
『序』の作画に関しては、だいたい出口が見えてきてますか。
貞本
今はまさに追い込みでリテイク作業に入ってますから、あとは上がってるのを見て、気になったところを端から直していくっていう段階です。ただね、「ここ気になるな」と思っても、「直すには前後3カットぐらい直さなきゃいけない」ということに、すぐなるんですよ。言いたいけど、言うと責任取らなきゃいけない。言った直後に庵野さん、持って来ますからね。カット袋を、机の上にポンって。

インタビュア
責任払いになるんだ(笑)。
貞本
そうそう(笑)。「言った人が直す」みたいな感じなんで。だから、「あそこちょっとパース変だな」とか、ちょっとでもつぶやいたら、次の日そのカット袋が置いてありますからね。昨日もうっかり「なんかあごの下のあの影、濃くないかな」とひとこと言ったら、もうそのカット袋が「ドン!」と。もう、「はい、直して」みたいなね。「今月いっぱいまでは、なんとか直せるから」って言ってましたけどね。
--雰囲気がよく伝わってきて、面白いですね。楽しいのかつらいのか、よく分かんないみたいな。じゃあ、そういう感じで現場はわりといい感じなんですね。

インタビュア
そうですね。
貞本
今回、メインの作画監督では入ってないんですよね。
貞本 ええ。今年の頭だったと思うんですが、正月ぐらいに『エヴァ』やるって聞いた直後、松原(秀典)くんに会って、「最近どうなの?」と探りを入れてみたんです。というのも、「このままだと作監させられそうだな」って予感があって、断わったら何かとばっちり来そうだし、こりゃちょっと代わりの人を入れとかなきゃなって。
 それで松原くんに「どう、今やってる企画、通りそうなの?」とか振ったら、「いや、怪しいんですよ」って言うから、「じゃあ『エヴァ』やろうよ、『エヴァ』。やらない?」って。まんまと松原くんが入って来て。

インタビュア
人身御供ですか(笑)。
貞本
一人入ったんで、「これでもう大丈夫だ、お手伝い程度でいけるぞ」みたいな。入ったら漫画が止まっちゃいますからね。両方やるっていうわけには、どうしてもいかないんで。やっぱり時間で区切って、「こっち四ヶ月、こっち四ヶ月」みたいな。
 『新劇場版』にも、実は最初のころちょっとだけ入ってたんですけど、その時にちょっと自分の中で足踏みしちゃって、「なんかノリが悪いな」と思ってた時期があるんです。本当はポスターやったり設定やったり、いろいろしなきゃいけなかったんですが、ポスターでつまずいてしまい……。それで漫画の方にまた戻って、とりあえず単行本にして。そんな感じのスタートでした。

探り探りやってるわりには
パワフルな印象のフィルム


インタビュア
今回の『序』に関しては作画作業だけですか?
貞本
そうですね。

インタビュア
キャラクター設定を新規で作り直すという話はなかったんですか?
貞本
実は……本当はね……。シンジの顔って、当時のキャラ表だともう誰も描けないし、描かないんですよ。みんな僕の単行本の絵を見て描いてるっていうんで、「単行本の中から一番正解の絵を出してもらってもいいし、前のキャラ表の上にまた新たに修正を入れてもいいから、“今回の劇場はこれで行く”ってキャラ表作ってくれ」って言われたんです。でもよく聞くと、特に『序』は昔のTVシリーズの原画をかなりそのまま使う部分も多いっていうから、「混在させるんだったら直さないで、当時の雰囲気でなんとなくやった方がいいんじゃないかな」って思ったんです。中編以後、全部作り直しになったら、新しいキャラ表が必要かもしれないですけど。
 松原くんはけっこうこだわっちゃって「単行本何巻目の絵でやりたい」とか言い始めるし、摩砂雪さんとシュンちゃん(鈴木俊二氏)はTV版当時、自分ですでに作監入れてるもんだから、リメイクだからといってそれを違う絵にはできないんですよね。一回すでに答え出しちゃったわけだから。どちらかというと、きれいに整えるっていう作業だと思います。
 なのでキャラとしてはちょっと混在しちゃってて、それも含めて「いろいろ試しながらの序」っていう感じですね。それでもラッシュとか見たら、なかなかパワフルな感じがして、いいんじゃないですかね。

インタビュア
パワフルですか?
貞本
探り探りやっていたわりには、意外となんかこう……思ってたよりはいいなと。やっぱりCGが入ってるからですかね。かなり印象が違うものにはなってますよね。

インタビュア
そうですね。予告を見ただけでも本当に今のフィルムを作ってる感じが、すごくしてますね。
貞本
昔よくあったTVシリーズを切って貼ったみたいな、ただの再編集っていう感じの劇場版になるのかなと思ってたんで、それに比べればけっこうおいしい感じにはなってるかなと。他人事っぽいですが、「がんばってるじゃん」っていう感じでしたね。

データの置き換えだけでは済まない色の感覚

インタビュア
貞本さんから見た庵野さんの仕事ぶりは、十二年前と比べてどういう感じでしょうか。
貞本
きれい好きになりましたね……って、仕事と全然関係ないか(笑)。あとは家に帰るようになりましたね。当時は会社にずっと住んでたんで、二十四時間いつ聞きに行っても大丈夫だったんですけど、今は「よし、聞きに行こう!」と思ったら、「あれ、いないや……」って。そういうことがすごく多くなったので、「ああ、こういうことか」っていうね。

インタビュア
結婚されたからということですね。「にこやかです」って証言もありました。
貞本
まあ、TVシリーズの時はみんな余裕なくて、第壱話からせっぱ詰まってましたからね。TVだと毎週締め切り来ちゃうし。でもまあ、雰囲気は怒るっていうよりは、むしろノリノリっていう熱い感じでしたね。今は熱く進むっていうよりは、むしろほがらかに進むって感じですかね。言い方を悪くすると、グダグダにって感じかも(笑)。
 でもまあ、新しいスタッフもずいぶん加わりましたから。CGチームって当時はなかったわけですし、色指定さんにも新しい人が入ってますし。

インタビュア
だいぶ若返った印象ですか。デジタル化されると、色から変わると思いますが、その辺はいかがでしたか?
[b]貞本

やっぱり僕もセルアニメ世代ですからね。『フリクリ』『トップ2』が一応デジタルでしたけど、『エヴァ』もデジタルで作り直すと、同じ原画使っててもこんなに印象違う絵になるんだって、素直な驚きがありましたね。
 色指定もね、最初はTVシリーズの色指定をただデジタルに置き換えるだけで大丈夫だろうって言ってたんです。でも上がって来たら、「あれ? こんな色だったっけ」っていう。当時のTVの流れだったんですかね。何もかもが、かなりどぎつい色に見えたんですよ。肌色にしても、カゲ色がすごいオレンジにバーンと落ちてたりして。目が肥えたせいか、そういうのが「とんでもないな」と思って。「TVのまま、こんな感じでいいですかね」って言われたので、「ちょ、ちょっと待ってくれ。全部やり直さなきゃ駄目だ」とかって。

インタビュア
だいぶ注文を出されたんですか。
貞本
今年の頭あたりかな、「色指定は全面的に見て」って言われまして。

インタビュア
派手なところを抑えていく方向で調整されたんですか?
貞本
そうですね。抑えて落ち着かせていって。でも、僕の中では感覚は変わっていないんですよ。「こんなもんだったよな」と思っていざ見ると、すごくどぎつく感じたんで、「あれ?」って感じです。なので、自分の中で覚えてる当時の印象に近づけたっていう感じですね。
 やっぱり時代が変わってるから、自分の置かれてる何ていうか……デフォルトの位置みたいなもの自体が変わっちゃったんでしょうね。それに合わせて色指定を変えたっていう感じです。ひと言で言うと、「落ち着いた方向」っていう感じ。肌色もカゲ色はオレンジに落ちるんじゃなくて、ちょっと黒っぽく……。

インタビュア
カゲに見えるように?
貞本
ええ、カゲっぽく落ち着いた感じに落とすっていう感じですね。

インタビュア
貞本さんの場合、自分でもイラストに色を塗られていますよね。それはどう取り入れたんでしょうか。
貞本
色指定さんにも僕の版権イラストを画集(※2)で見てもらって、「本当はこういう色にしたいんだ」とか、そういう風にはしました。だけど改めて見ると、自分でもいい加減な色塗ってるな……とかね(笑)。「ここはもうちょっと青っぽくして欲しいんですよ、こんな真緑じゃなくて」って注文出して、自分の絵を見たら真緑になってる(笑)。「あれ? もっと青かったと思うけどな」とか言って調べると、どれ見ても真緑なんですよ(笑)。「ああ、あったあった。これこれ、この青」なんてようやく見つけると、「その一枚しかないですよ」とかって(笑)。もういい加減な仕事ばっかりしてますね。

インタビュア
結局、みなさんの中にそれぞれ「心の色」があるってことですか。
貞本
そうなんですよ。

インタビュア
データどおり完全再現してるはずなのに、それで違ってきちゃうんですね。
貞本
そうそう、だから完全再現してもらっちゃ困るってことです。当時の色というのが、今見ると頭の中とはまるで違うものになってるので。僕も『フリクリ』ではこういう色にして、『トップ2』では『フリクリ』ではできなかったことをやってと、もう三段階も四段階も工程踏んでるわけです。だから「今回はTV本編のままの色で行きます」って言われても、そうはいかないんですよね。

インタビュア
進んじゃったものは元に戻らない?
貞本
戻らないですね。今だとさらに「『トップ2』はこうだったから、次はこうしたい」って欲も出てきますからね、どうしても。

インタビュア
なるほど。やっぱり結局はそういうところも含めて、単純な再編集じゃなく新作になっていくということなんですね。
貞本
そうですね。ただ『フリクリ』、『トップ2』と来て、いわゆるガイナックスの……何ですかね、ちょっとわりとライトなノリっていう方向ではないところに『エヴァ』ってあるわけなので、反動でより重くなってる感じもしますね。『王立(宇宙軍)』から比べれば『エヴァ』でもずいぶんライトな方向ではあるけど、感覚としてはやっぱり『王立』まで戻ってる感じですよね。
 『トップ2』でね、ちょっと反省した部分もありまして。この主人公の顔は、ちょっとかわい過ぎたかなとかね。でもあの時はこれで正解だと思ったんで、仕方ないかっていう感じですが、その反動が来たときに、ちょうどうまく今回の『新劇場版』の企画が来たんで。バランス取るにしても、ちょっと重ための方向に味つけしていく感じになりますね。

インタビュア
なるほどね……。そうしたテイストも流れの中にあるんですね。
貞本
それと、CGが入ってきたりとか、庵野さん独特の変電所のあの描きこみとか、電柱や鉄塔の描きこみとか、ああいうものを見ちゃうと、まあ重くせざるを得ないよなっていうね。スケジュール的にはちょっとどうなのかなと思ったんですけど、キャラはあんまり動かないんで、まあいけるかなっていう感じですね。

細密化している作画の表現

インタビュア
色以外に、作画的に変わった部分はありますか?
貞本
松原君なんか、鬼のように線増やしてますけどね。「そこってカゲ描いたことないけど」っていうくらい、こってりと。目の中にもこう……全部色分けをいっぱい増やしたりして、描きこみがすごいんですよ。普通は目玉があると、ハイライトが一個入ってて、上半分が黒く塗られてるだけなんですけど。さらに色が縁に全部入っていってみたいな、ぼかした感じにしてるんです。僕からすれば、もう細密画みたいな原画ですよ(笑)。
 「動かすカットと差がついたりすると大変だよ」とか言ってたら、動くカットでもそうしてたから、「うわっ、大変だ。ガタガタになるよ、きっと」って(笑)。動画のレベル(※3)は十年前から比べるとかなり落ちてるんで、あんまり描き込むとね……と思ったんです。でも、「描き込んだ方がかえって線が目立たなくなるから、動画がヘタな場合は描き込んだ方がいいんだ」って意見もあって。「線を少なくする方が、かえってその線がよく見えるんで、線の多い方がかえって気にならないから」とか。

インタビュア
ああ、なんとなく分かりました。一本の線しかなくて、それがブレたら全体がヘタれて終わりになっちゃうってことですね。
貞本
そうそう。せっかくかっこいいフォルムを取ってたのに、それがフニャフニャって線でトレスされると、もうその粗い線がはっきり見えちゃうってことですね。
 だからそういう意味じゃ、僕はちょっと旧世代と言ったらおかしいですけど、描き込みにはちょっと抵抗しますけど、今後はそういう方向になるかもしれないですよね。今回は作監も多いので、それぞれ自分の『エヴァ』っていうものを持ってるんで、統一という意味では「大丈夫かな」っていう感じですけど。

インタビュア
案外、大丈夫のような気もしますが。
貞本
色がつくと、意外と平均化されていくかなって。

インタビュア
そうなんですよね。もともと抽象化されているキャラクターですから、多少はブレがあっても、人間は同じって認識するものなので。
貞本
そうですね。声もつくと、同じ人がしゃべってるってことで、同じキャラに見えますしね。

『エヴァ』のフィルムは常に楽しみ

インタビュア
この先は、貞本さんの作業としては新キャラを作ってということになるのでしょうか。
貞本
そうですね。現在は今回の『序』の最後にくっつく『破』の予告編、それの作監をやっています。それに新キャラがちらりと出るんで。2カットだけですけど。。

インタビュア
それから先は、そろそろ具体的に決まってきてますか。
貞本
いやあ、他に新しいキャラクターが出てくるかどうかさえも知らない状態ですね(笑)。でも、一応リライトっていう意味での新デザインは、何かしら話が進むにしたがって出てくるんじゃないですかね。

インタビュア
しめくくりに、もし先につながる言葉が何かありましたら。貞本さんにとっても、わりと大事な仕事になりそうな感じですか?
貞本
いやまあ、楽しみながらやってるって感じですね、僕は。

インタビュア
楽しいのは何よりですね。
貞本
鶴巻とか庵野さんとか、監督陣は責任職だから胃が痛いでしょうけどね。『エヴァ』自体、僕はわりとフィルムそのものが楽しみなので、今回に限らず毎回『エヴァ』は楽しみながら参加してるっていう感じですね。「つまみ食い」っていう感じで(笑)。

インタビュア
そうですね。ともかく、引き続き『エヴァ』を楽しんでください。ありがとうございました。

PROFILE

キャラクターデザイン:
さだもと・よしゆき


1962年生まれ。山口県出身。東京造形大学在学中に『超時空要塞マクロス』の原画を描いたことをきっかけにDAICON FILMへ参加。卒業後、テレコム・アニメーションフィルムに入社し、ガイナックス設立とともに移籍。『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年)で初のキャラクターデザインを担当。以後、ガイナックスで『トップをねらえ!』(1988年)の原画、『ふしぎの海のナディア』(1990年)のキャラクターデザインを手がけ、1995年にキャラクターデザインで『新世紀エヴァンゲリオン』に参加。並行して「月刊少年エース」(角川書店)に同作の漫画を連載開始。アニメのキャラクターデザイナーとしては、『フリクリ』(2000年)、『トップをねらえ2!』(2004年)、『時をかける少女』(2006年)などに参加している。

Joseki
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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Sun Mar 21, 2021 2:13 am

全記録全集:序 インタビュー:原口 浩(動画工房)
取材・執筆:氷川竜介

演出:
原口 浩(動画工房)


アニメーションにおける「演出」の役割は、実際の画づくりに関わる処理が大半を占める。
『エヴァ』を「REBUILD」するプロジェクトの中で、それは旧素材の収集、精査と
デジタル化および劇場フォーマットへの変換が大半を占めていた。
この激務に最初期から携わっていた原口 浩が、「REBUILD」作業の詳細を語る。

演出スキルを高めたかった時期に来た依頼

インタビュア
今回の参加について、何かきっかけがあったのでしょうか。
原口
私が所属する動画工房が制作協力したTVシリーズの『交響詩篇エウレカセブン』に演出で参加していました。そのときボンズさんの制作デスクだった小笠原(宗紀)さんが、カラーのプロデューサーになった関係で、連絡をいただきました。ビッグタイトルでしたから、メールが届いた時にはちょっと鳥肌がたちました。

インタビュア
失礼ですが、劇場版アニメの演出のご経験は?
原口
劇場は前に一本、ゆめ太カンパニーさんの『劇場版 遙かなる時空の中で 舞一夜』というゲーム原作のアニメで、監督補佐をやっています。あとは小規模上映の作品を自社制作で一本作ったとき、監督をやらせていただきました。

インタビュア
前のTVシリーズの『新世紀エヴァンゲリオン』は視聴者として接していたわけでしょうか?
原口
そのころ僕はまだ大学生ですから、この業界に入っていなかった時期です。TV版の『エヴァ』だけでなく、庵野さんやガイナックスのスタッフの方たちが作ってきた作品は、「こんなに面白いアニメを作る人たちが世の中にはいるんだ」と教えてくれたという点で、少なからず僕に影響というか、今の仕事につくきっかけを与えてくれたと思っているんです。「そういう人たちと、ついに仕事ができるのか」ということで、非常に感慨深かったですね。
個人的にも「演出としてのスキルを、いろんなところから吸収していきたいな」と思い始めた時期でしたから、これほどいい話はないと思いまして、「ぜひとも参加させていただきます」と返信しました。

インタビュア
なるほど。「演出技法を盗んでやろう」みたいな気持ちもありましたか?
原口
僕もそれほど多くの作品を経験しているわけではなく、まだまだ手探りな部分もありますから、もちろん「こんなにすごい人たちは、どんなやり方で演出しているんだろう」という興味津々な部分は、当然ありました。ですが、それよりはむしろ「十二年前のTVシリーズの原画をベースに起こし直す」という部分が、ものすごく魅力的に感じられたんです。今回の現場作業的には「BANK」と呼んでいましたが、そのチェックで当然のようにスーパーアニメーターと呼ばれる方たちが、その当時描いた原画やシートの現物があって、それに触りながらチェックできるわけですからね。僕にとってこれほど美味しいことはないんですよ(笑)。
本当はもっと1カットずつじっくり見ながらいろんなものを吸収したいと思っていましたが、いざ作業が始まってみると、やはり次から次へとカットをさばいていかなくちゃいけない。溜めてしまったら最後なので、途中からそれどころではなくなってしまったのが残念ですね(笑)。
もっと細かく見なければ本質に迫れないとは思いますが、それでも「なるほどなあ」と勉強になるようなことが多々ありました。それはだいたい自分の考えていた方向性の延長線上でもあったので、収穫はたくさんあったという印象です。

インタビュア
原口さんが入られた時期は、作業的にはどの段階だったのでしょうか。
原口
二〇〇六年の、まだ本当にカラーの事務所が動き始めたころです。画コンテの整理も当然まだ終わっていないし、BANK素材も何が残っているのか残っていないのか、まったく把握しきれていない。その発掘中のあたりから携わりましたから、全スタッフと較べても入った時期だけは、おそらく一番早いと思います。

インタビュア
その発掘と「演出」という役職が、ストレートには結びつかないようにも思えますが。
原口
やはり映像の素材のことになりますので、制作部に全部任せるというわけにもいかないものなんです。自分としても演出としての目で直接素材を見て、何があって何が不足しているのか、原画を整理したり当時の映像を観たりする必要を感じました。そのための仕込みのあたりから始めたかったんですね。

TV版原画の保全状態と
カットの再現


インタビュア
TV版の原画がどういう状態で保存されていたのかには、非常に興味があります。段ボール箱にギッシリみたいな感じだったのでしょうか。
原口
そうですね。だいたい話数ごとに大雑把に仕分けられて収納されていました。セルにしても原画にしても、そんな感じです。
ところが箱を開けてから分かったことですが、TV版の『エヴァ』ってものすごく兼用の多い作品だったんですよ。しかもそれが話数を超えて兼用されていたんですね。なので「このカットって一部だけしか動画が残っていないけど、この先はどこへ行ってしまったんだ?」なんてカット袋が、予想以上にたくさん出てきたんです。
見かねて途中から庵野さんが参加してくださったんですが、さすがに監督ですから、「これなら、あの話数のこの辺にあるはず」という感じで、ものすごく早く発見できるんですよ。いざ見つかると兼用ではなく起こし直しだったり、まったく原画の見つからないカットもありました。

インタビュア
発掘して以後は、どのようにして進められたのでしょうか?
原口
カット袋の中には、基本的に当時のレイアウトや原画とセル素材、それに動画がくっついた状態で入っていました。それをふまえて、制作の方やバイトの人たちに、セルと紙素材を分けてもらうところから始めました。それで紙素材だけになったところで僕のところで一回見ることにして、「これは動画だけが残っている」、「これは原画だけしか残っていない」、「これはレイアウトだけない」という感じで、カット単位の保存状態を整理していきました。
一番困ったのは、シートがないカットでしたね。素材だけ残っていても動きの再現ができないんです。そういう場合は映像を見て、さらにフレーム単位でプリントアウトしてもらって、「2コマずつぐらいでサブリナ(フラッシュのような明滅光)が入っているな」などとタイミングを検証しながら、「こんなものでしょう」というレベルのタイムシートを起こし直しました。演出の作業としては、この「シートの再現」に一番時間を要しましたね。

インタビュア
大雑把には三種類ぐらいの起こし方があったということになるのでしょうか? つまり、原画から起こし直したもの、動画から起こし直したもの、どちらもなくてプリントアウトから起こしたもの。そして、シートがなければそれも起こすと。
原口
そうですね。だからもう、丸々ないカットは映像からプリントアウトで出して、原画の方に「起こし直し」みたいな作業をお願いしています。
ある程度、カットの内容が分かっている原画マンの方だと、ビデオのTCR(タイムコード)のナンバーを読みとって映像と照合すれば、「ああ、これぐらいのタイミングでシート打ってあるんだな」という感じで、きちんと再現できるんです。それでずいぶんと助けていただいた原画の方も、何人かいました。
でも、30コマを24コマにした段階で必ず誤差が出ますし、原画マンにもいろんな方がいらっしゃるので、結局は演出サイドでチェックし直さなければならないカットも出てきました。その辺でこちらの作業も増えたこともありましたが、摩砂雪さんが最後に確認してくださったことで、だいぶ助けられましたね。

インタビュア
TV版を再現する場合、統一するための方針みたいものは何かあったのでしょうか。たとえば兼用したカットは前のままにして、なるべく構図やシートのタイミングもいじらないとか。
原口
その辺に関しても、いろんな議論や試行錯誤がありました。まず今回は、制作の手法がデジタル化されたことが一番大きいと思うんです。ハード的な根本のところからやり直さなければならないわけですから。
TV版の素材は撮影台に置いてカメラで撮るためのものでしたが、それをコンピュータ上で扱える素材にしなければならないわけで、そのための置き換えと確認が重要でした。その上、画角も4:3のTV版から16:9の劇場版に変換するわけで、フレーミングも全カットに対して考え直さなければならないし……。

インタビュア
アスペクト比の再構成は、それほど単純にはできないはずですよね。ワイド対応TVのように、無理やり左右に引き延ばすわけにもいかないですし。
原口
ええ。天地を切っただけでも大丈夫なのか、ここはちょっと横に広げたいから絵を足すのかどうかとか。そういうカットの見極め、あるいはどう処理するかという判断についても、まずは僕の方で一回整理してから、その結果を見てもらうという段取りになりました。
摩砂雪さんや庵野さんに見てもらったときに、初めて「じゃあ、ここはこうしよう」「あれは、ああしよう」というような意見が出てきます。なので、まずはその意見を引き出す土台になるもの、そのための素材を一生懸命出していく。「チェックしてもらうにしても、まずは出さないことにはね」って意識でしたね。

漫画チックな記号表現と
時代による変化


インタビュア
原口さんのお仕事としては「REBUILD」における「基礎工事」に相当するものから始められたようですね。
原口
確かに、最初の方はそうですね。そもそも「劇場作品なのに演出が一人」っていうだけで、かなりプレッシャーも大きいものがありました。ただし、全部が全部「BANK」というわけでもなくて、Aパートにしても三分の一ぐらいは新作になっています。
Bパートになるともうほとんど新作なので、それに関しては鶴巻さんが先にチェックしますし、Aパートの新作についても監督陣のチェックの方が先なので、その辺のフォローにだいぶ助けられて、なんとかなった感じです。

インタビュア
完全新作の場合だと、通常のデジタルアニメを作る流れになるのでしょうか。
原口
そうですね。普通に作打ち(作画打ち合わせ)をしてレイアウトを起こしてもらって、レイアウト修(修正)入れてから原画と。普通の流れですね。

インタビュア
となると、たとえばBANKカットと新作カットが続いたりしたときの整合は、どのようにとっていったのでしょうか。
原口
そこは難しいところでしたね。まずは総作画監督の鈴木(俊二)さんに今回の『新劇場版』に慣れてもらうため、BANK関係のものに対してずっと修正を入れていただいた時期がありました。その作業を通じて「今回はこの方向性で直しますよ」という感じのものを少しずつ出してもらったわけです。それを手がかりに進めてはいましたが、やはりカット数が1700近くもありますし、いろんな個性の原画マンの方もいらっしゃるわけです。その辺で「キャラの統一性をどうしようか」ということに関しては、メインスタッフそれぞれの立場から、いろいろな議論があったようですね。結局、直し始めると全部のカットを直さなければいけなくなりますし、全部直せば絶対に間に合わなくなるわけです。
ただ、「新旧の部分で極力違和感のないようにしたい」というのは、庵野さんが最初からおっしゃっていた方針ですし、総集編のように以前のフィルムを使うということもいっさいありませんから、絵柄を完全に統一とまではいかないにしても、全体としてはいい方向で違和感なくまとまっていると思います。

インタビュア
絵柄的には、原口さんはあまり関与されていないのですね。
原口
そうですね。作監(作画監督)として松原(秀典)さんも入ってますし、その他にも何人か作監として入った方がいらっしゃる一方で、摩砂雪さんも鶴巻さんもアニメーター出身で絵が描ける方ですから、その辺も踏まえて指示を出されていると思います。
僕の方に来る時点では、その統一のための処理が終わったものが来るので、「ああ、これでいいんだな」というような感じで受け止めています。
絵柄に関しては、監督陣の中では常に話題に出ていたようですね。昔の描き方にも良いところは当然ありますから、直すにしてもどの辺をどう取捨選択するかは、悩ましいはずですよね。あまりリアルにし過ぎるのも良くないし、と言ってあまり漫画チックな表現も良くないだろうし、落ち着きすぎても良くないしと、いろいろ考えられます……。

インタビュア
確かにTV版を見返すと、特に第壱話のあたりには漫画チックな表現がかなり残っていますよね。ミサトがビックリすると漫符が出たりして。
原口
TVシリーズは三十分という限られた枠の中で見せるものですから、その中で見せたいポイントを絞りこむためには、記号的表現も有効なんです。それと、その時代ごとに表現の流行みたいなものも当然あるわけです。
ただ、劇場版という長いひとつの時間の中で記号表現をそのままやるとなると、「それはどうかな」という反応も当然予想されます。ですから、ひとつひとつの素材を見ながら摩砂雪さんや庵野さんに、「これ要りませんよね」とか「これってこっちの方向ですよね」という具合に、確認を重ねて判断をつけていきました。

アバウトでも大丈夫な
ベテランの進め方


インタビュア
監督陣と演出とでは、役割分担はどのようにされていたのでしょうか。
原口
庵野さんが総監督として一番上にいて、その次には摩砂雪さん、鶴巻さんと監督が二人いますから、僕の方としては「いかにして求められる素材を上げていくか」という仕事に集中するようにしました。最初のうちは、ちょっと尻込みしているような部分もあったかもしれません。

インタビュア
演出処理、いわゆる「撮出し」などは原口さんの分担だったのでしょうか。
原口
BANK素材と呼ばれるTVシリーズから流用したカットについては、そうですね。結局は、トータル900カット近くも一人で処理しなければいけない状況になってしまいましたし、加えて新作カットも順次上がってくるという状況でしたから、さすがにもう撮出しとかカッティングのためのボールド打ちとか、僕一人でそこまでは追いかけきれない状況になってしまったんです。
それで、とりあえず最初はとにかく素材のあるBANK部分を形にしていくことを最優先にしようということになりました。そしてAパートがある程度落ち着いたところで、改めて「作業割り振りをどうしましょうか」という話になってきて、分担を決めました。
その結果として、編集関係は摩砂雪さんにお願いすることになりました。
撮出しに関しては、鶴巻さんが直前の『トップをねらえ2!』で作り上げたやり方が確立していて、今回もそれを反映させたいという意向もありましたので、撮出し関係は鶴巻さんをメインに進めていきましょうと。そういう感じの分担になっていきました。今回僕は編集と撮出し関係については、実はほとんどやっていないわけです。

インタビュア
これまで担当されてきた作品に比べて、こうした進め方について何かカルチャーショックのようなことはありましたか?
原口
そうですね……。これはこういう言い方でいいのかどうか迷いますが、「アバウトでいいんだ」っていうのが、最大の驚きでしたね。あらかじめガチガチに決めておくのではなくて、ある程度は後で調整できる遊びを作っておいて、いろんな人の意見を聞いてから反映できるような状況にしておく。そういうスタンスが、何によらずあるようなんですね。
とにかく先には決めないんです。「こんな感じでよろしく」って進めてみて、上がったものを見て「さあ、ここからどう調整していこうか」ってところがあります。僕としては「ああ、なるほど」みたいな納得がありましたが、これは経験値を積んでいないとムリなんですよ(笑)。「新人にはなかなかできないやり方だな」と思いました。

必ず新しい要素が加わっているREBUILD映像

インタビュア
庵野さんの演出というか、仕事の進め方から何か感じられたことはありましたか。
原口
やはり、庵野さんのイメージは、かなりはっきりしているということに尽きますね。「こういうのは要らない」とか「ここには、こういうのが欲しい」という明確な指示が多く、その上で「やっぱり、ここは違うんだよ」みたいなことを良く言われます。

インタビュア
その一方で、デジタルに関しては原口さんの方が経験があるわけですよね。庵野総監督はデジタル化に対して、どのように思われているのでしょうか。
原口
そういえば色に関しては、庵野さんが「昔はこれしかできなかったんだよ」ということをよく言われていました。つまり見せたくない部分が出てきたとき、「こういう時はセルをBL(ブラック)で潰すしかなかったんだ」とか、「色数が足りなかったから、これでガマンしてたんだよ」という話は、よく聞きました。
「本当はこうやりたかったんだ」ということに対して、デジタルでは表現方法が確実に増えていると、そんな印象は抱かれているようですね。
EVA初号機の蛍光色にしても、あれは当時から本当はもっと光らせたかったということなんです。デジタル撮影でいろいろな微調整を加えていただいたので、より庵野総監督のイメージに近づいたということではないかと。

インタビュア
限られた時間の中でも、庵野さんはどういうチェックに時間をかけられているのでしょうか。
原口
スタジオの中で見ている限りでは、こだわりの部分はやっぱり色ですね。「このカットは色見ます」というマークをカット袋につけて、庵野さん自らカット単位で色チェックをしてます。それはもう、「ものすごい物量を見てるな」と感心しますね。
キャラだけの場合はほとんど作監さんにお任せなので、当然メカ系のチェックが多くなっています。そして、レイアウト的に密度が欲しいカット、メカが出ていたりするカットに関しては、色のこだわりも相当に強くなるようです。
特に庵野さんが強いメカ系のチェックだと、たとえば電車や重機には「こういうところには赤いラインが入るんだ」とか「こういうところはBLにしなきゃ」って僕も説明を受けるので、「ああ、面白いな」と思って聞いてます。すぐ爆発しちゃって数コマしか映らないようなメカでも、「いや、ここはこうでなければ」って感じですから、かなりのこだわりがあるんでしょうね。
レイアウトのチェックでどうしようか悩んだ場合は、「もっとゴチャゴチャさせたいんだ」って話に、よくなります。そのゴチャゴチャに盛りつけた要素の中から、改めてレイアウトとしてのバランスをとる感じなんでしょうね。「抜くところは抜いて、密度高くするところは思いっきり高めて」という方向性もあるようで、単純に全部が全部、密度を高くしたいわけではなさそうです。

インタビュア
情報の濃い薄いをコントロールするというのは、庵野さんの演出に関してよく出る話ですね。
原口
要するにすべての密度を高くしてしまうと、メリハリがなくなってしまうからですよね。何を見せたいのか分からなくなるということなんでしょう。見せたいところに密度を重点的にもっていく。きっとそういう手法だと思います。

インタビュア
なるほど。だから、TVの絵を兼用しながらも、そういう密度をコントロールしていくことで、また新しいバランスが生まれるということでしょうか。
原口
すぐさまアイデアが庵野さんの方から出てくるのにも感心します。「ここには何か入れたいんだ」というとき、次々に出てくるんですよ。ですから、BANKと言えども必ず何かいろいろなパーツが継ぎ足されているんですね。レイアウト的に兼用してはいても、絶対に何かしら新たな手が加わっています。「まるまるそのまま」というカットは、おそらくないに等しいと思います。単純にセルとデジタルでは発色も違いますし、かなり印象が違ったものに仕上がっていると思います。

インタビュア
すでに上がっている分のカットをご覧になって、手応えはありますか?
原口
何て言えばいいのか……。「ああ、ちゃんと映画になってるな」という感触は、はっきりありますね。これからダビングなど音響関係の作業もあると思いますが、工程が進めば進んだだけ、完成度は確実に上がっていくと思います。
現場にいる僕でさえ、進めながら「これはいったいどうなっていくんだろうか」と思う部分が正直あったんですが、予告編見たら「ああ、これって面白そうだ」って手応えがありました。やっぱりこれは、ものづくりが分かっているベテラン、作品のつくり方が分かっている人たちのフィルムだなと。そういうことは、ものすごく強く感じました。
あとは十二年前に観ていた方たち、そして劇場に来られる新しいお客さんたちに、どう感じていただけるかです。その辺になると、僕も似たようなものですね(笑)。今後はリテイク作業がどっと出てくると思いますが、「もう、僕はついて行くだけです」という感じでラストスパートをかけている最中です。
(二〇〇七年七月二十五日/スタジオカラーにて)

PROFILE

演出:
はらぐち・ひろし


1972年生まれ。佐賀県出身。動画工房に所属し、各話演出としてTVシリーズ『遙かなる時空の中で 八葉抄』(2004年)、『交響詩篇エウレカセブン』(2005年)などに参加。『劇場版 遙かなる時空の中で 舞一夜』(2006年)では監督補佐をつとめる。

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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Sun Mar 21, 2021 2:20 am

全記録全集:序 インタビュー:高倉 武史
取材・執筆:氷川竜介

デザインワークス:
高倉 武史


メカ関係のデザイン作業は、プリプロダクション時に設定書を作って完結するケースが多い。
しかし、今回の「REBUILD」ではさらなる緻密な画面づくりを敢行するため、
TVシリーズからの流用箇所であっても、膨大な追加デザイン作業が発生した。
このギャップを埋めるため、スタジオ入りしたのがメカデザイナーとして有名な高倉武史であった。

背景原図のディテールを
復元する作業


インタビュア
高倉さんが、今回『エヴァ』に参加された経緯を教えてください。
高倉
僕の場合は「自転車つながり」なんです。アニメ業界では自転車に乗る人間が非常に多いんですが、その方面から「手伝わない?」という話をいただきまして、僕としても「『エヴァ』なら是非やらせてください」ということで引き受けました。

インタビュア
デザイン的には一度確立している作品の中で、高倉さんの分担は、どのようにして決まったのでしょうか。
高倉
実は僕が参加した時点では、作業内容も体制もまったく決まっていなかったんです。ですから、「とりあえず好きなように始めてください」なんて言われて、かなり面食らいました(笑)。おそらく庵野さんをはじめメインの監督陣も、誰に何をどう振ったらいいのか、最初は分からなかったということだと思うんですよ。

インタビュア
確かに、普通のアニメの作業では、具体的なオーダーがあるからこそ手を動かせるようなところがありますよね。
[b]高倉

ええ。それで僕も一応肩書きはデザイナーですから、デザインを何点か描いてお見せした結果で、「今度はこういうのをやってほしい」というリアクションをもらうというかたちで、作業を具体化していきました。その中で一番多くなったのが、背景原図がらみの作業ですね。
特に初号機のケイジの中、あのディテールアップから本格化していきました。ケイジについては、TV版の時からある程度細かい設定はできていたんですが、時間がなかったのか細部がほとんど省略されていたんですね。たとえばバックの方はモスグリーンのグラデーションだけにしてしまうとか……。それを完全再現するという作業を、まず重点的にやり始めました。最初のうちはパイプとハシゴといった細かいものをひたすらずっと描きこんでました。

インタビュア
それはレイアウトを細かく切り直したということですか?
高倉
いえ、レイアウトとしてはだいたい切ってある状態なんですが、それに合わせた美術用の原図作業(背景原図)ですね。だいたい何もない状態かアタリしか入っていなかったので、それをもう一回原図として緻密に描き直すんです。
これは僕の想像ですが、おそらくTV版のときにもある程度細かい原図を描いてあったんだと思うんです。当時の原図を見ると、実はだいたいの線は入っていたんですよ。ところが実際の映像を見るとなかったりするので、何らかの事情で美術に廻らなかったということでしょう。
今回は劇場版ですから、TV版のときに想定されていた原図よりもさらに描き込んで、劇場映画用のクオリティに引き上げています。作業手順としては、当時の設定や原図に合わせてまずは基準となる原図を描いて、それに対応する別アングルの原図を描いていきます。そのとき足りないものが出てくると、その場で追加デザインしながら、ひたすらディテールアップしていくという感じです。

インタビュア
そうすると半分原図、半分デザインみたいな進め方で、デザイナーだからこそ出来る作業なんですね。
高倉
そうですね。足りない部分に改めてデザインを起こすとなると、手間も時間もかかってしまいます。ですから、原図を描きながらデザインもするという形ですね。
正直、僕のメカデザイナーとしての立場からすると、美術設定って大変なのであまりやりたくない仕事なんですよ(笑)。どこのアングルから使われてもいいように、整合性をとったデザインをする必要が出てきますから。なので「お前が原図を描け」って言われる方が、むしろ楽なんです。使うアングルが決まっているため、画面映えするデザインだけを意識すれば良くて、とても楽しくデザインができましたね(笑)。

インタビュア
作業はスタジオに入って進められたのでしょうか。
高倉
そうですね。そういうカットが選別されて、どんどん手元に来るようになり、特にケイジ内の壁面のあるものは、かなり厚みのあるカット袋が束になって来ました。
最初は一週間くらいで描けると思って進めてましたが、全然できなくて二週間にしてもらったりしまして、それがひとつの山場になりました。原図中心になる前は、リツコとミサトが飛行機に乗って会話をするシーンのために、機内をデザインしつつ背景原図を描いたりしてました。ここはまったくの新作で、飛行機自体のデザインも最初は僕が担当しましたが、話の前後を考えて、結局は庵野さんがデザインしたものを使っています。
僕の方は改めて決まったデザインに合わせて、さらに中のデザインを詰めるという形でしたが、庵野さんも描きながらずいぶん変えていったようで、ラフ段階で僕がもらったものをリファインして庵野さんに戻して、さらにまた手を入れるというキャッチボールを繰り返してまとめました。

インタビュア
そもそもTVシリーズでは、庵野さんご自身もメカデザインされてますからね。
高倉
僕もあの当時、「これはどなたのデザインなのかなあ」と思って、消去法で考えてみたことがあります。山下(いくと)さんでなく、きお(誠児)さんでもないとなると、庵野さんのデザインなんだと。そうすると、庵野さんってものすごく必要最低限の線で的確なものをデザインされていることが分かってくるんです。
個人的には大好きなデザインラインなので、庵野さんの良いテイストを随所に残したいと思いつつ、デザインしてました。どうやって目的にあったものをあんなに少ない線で表現できるのか、僕はすごく不思議なんですよ。なので、その一部を今回デザインし直すと聞いたときは、正直「もったいない」と思ったほどです(笑)。
専業のデザイナーだと、どうしても線を増やしがちになるんですね。でもアニメですから、動いて格好いいデザインが正解なわけで、無駄な線ってあってはならないものなんです。無駄なく見栄えがするものを最短距離で求めている感じがするので、そこはすごいと思うんです。
山下いくとさんの凝りに凝ったデザインの中に、要所要所で庵野さんのテイストが入ってくる。そのバランスもまた、『エヴァ』の魅力なんではないかと思います。

責任払いになった
「ヤシマ作戦」のディテール


インタビュア
中盤から後半、「ヤシマ作戦」がらみもかなり担当されていますよね。
高倉
実は一番最初に手伝ってほしいと言われたきっかけも、「ヤシマ作戦」関係でした。
二子山で初号機が陽電子砲を構えますが、山の背面に展開する電気のコードとか変圧器類のデザインですね。「だいたいこう描きたい」というプランだけは僕の参加の前から決まっていて、「それじゃ、誰が描くの?」というところで、作業が止まっていたんですね。「何でもいいから、きっかけになるお手伝いをしていただけませんか」というお話から始まりました。
「ヤシマ作戦」の新作部分もレイアウトはすでにできていたので、そこにある程度のディテールを描き込んでいって、庵野さんと鶴巻さんに投げてキャッチボールして、少しずつ形にしていく。その中で、必要なものを洗い出して改めてデザインしていったという、そんな流れで進めています。

インタビュア
変圧器とは、あの階段状になった山のことですよね。
高倉
そうですね。あの山全体が変圧器になっているんです。頂上が一番電圧が高くて、麓になればなるほど低い。そこへ全国から電気を集めてくるというシステムです。その途中段階には、どこにどんな電圧器がいくつ必要で、各所はどんな規模のものなのか、そのプランは庵野さんの中には漠然とあって、それをきちんと決めて具体的な画として出していこうということでした。
実際に本物の変電設備を見学に行ったりしてますから、「真ん中あたりのレベルはこんな感じの電圧器ですか?」ってデザインを出すと、庵野さんから「じゃあ、これは何ボルトのものにしよう」と戻ってくる。そんな感じで固めていく作業になりました。
段階を追って登場する変圧器それぞれについて、新しい設定を起こしています。最終的には一番上の部分にある九本のプラグで電気がまとめられるんですが、そのプラグの設定と山の頂上の様子のラフも描きました。そうこうしてるうちに、庵野さんからは追加情報が続々と入ってくるんです。「じゃあ、超伝導の冷却器を置こう」と庵野さんが描いたラフが出てきて、それをまたリファインしたりする中で、冷却器と変圧器の段階的なシステムの概要が決まっていきました。それを雛壇に配置してコードをたらすなど、絵面的に追いこんでいく作業を、ずっとやっていたわけです。

インタビュア
本当の敷設作業みたいな段取りですね。実物をご覧になったという取材は、東京電力でのものですか?
高倉
ええ、京葉変電所です。千葉の市川とか柏とか、監督はじめスタジオの皆さんでロケハンに行きました。あのころはまだ三月でしたから、とても楽しかったです(笑)。その時点で危機感を覚えていたのは、たぶん制作の人だけだったでしょうね。
メカ関係では相模湖のダムにもロケハンに行きました。ダムの中のシステムを見たとき、僕も隠れ鉄道マニアなのでケーブルカーを発見しまして。上にレールがついた車体が四十五度の角度で坑道みたいなところに入っていくんですよ。キャットウォークもあるので、まるで秘密基地みたいに見えて大喜びしまして、そういうところがケイジ内の設定にも反映されてます。

インタビュア
変圧器は、当初CGで描く予定だったのでしょうか?
高倉
実はそうでした。当初は立体モデルで変圧器を作り、コピペ(コピー&ペースト)で山に貼りつければ良いだろうという話だったんです。ところがいつの間にか「手描き」に指示が変更されていたんですよ(笑)。
最初のうちは作画さんに渡されたんですが、なぜだかそのシーンだけ手つかずになって、たらい回しにされて、結局は鶴巻監督のところに戻ってきてしまったんですね。それで、鶴巻監督からもう一度僕のところに戻ってきたという経緯です。
「これ、手で描くんですか……。」という感じで、思わず涙目になりました(笑)。デザインした以上、責任はとらないといけないですから、二日くらい描いてみましたが。あまりに細かくて小さいものですから、まるで写経をしてるような気分になってきて(笑)。明らかに僕の限界を超えていることが分かったので、電線・電柱をメインに作画されている原画の田中(達也)さんに泣きつきました。僕が描ききるよりも、うまく描けてると思います。
「ヤシマ作戦」はTV版でも大好きなエピソードだったので、そこに参加できてすごく嬉しいですね。

インタビュア
「ヤシマ作戦」は画コンテだけでも、相当大変だということが分かりますよね。
高倉
本当に重厚になりましたね。改めてTV版を見返すと、ほんのエッセンスしか描かれてなかったという気がしてくるほどですね。

スタジオに常駐体制で
幅広くデザイン


インタビュア
他にもデザインされたところがあれば、コメントをお願いします。
高倉
庵野さんは鉄道が大好きなので、鉄道車輌がいろんなところに出てきます。僕も鉄道車輌好きなので、変圧器を運ぶ車輌(シキ)とか、初号機を運搬するリニアモーターカーなどをデザインしました。

インタビュア
リニアモーターカーは、通称「EVA電車」と呼ばれているものですよね。
高倉
ええ。あれはもともと山下いくとさんが前に出したアイデアの中に、「EVA専用輸送トレーラー」というものがあったんです。それをベースにリニアモーターカーに置き変えて、鉄道で運搬しようというプランです。
デザイナーの鷲尾直広さんにラフを描いていただいて、それを僕がCG用としてリファインしています。一部、作画上でも出てきますが、それについてもディテールアップを担当しています。

インタビュア
かなり多岐にわたった活動なんですね。
高倉
スタジオに入っていて、オーダーがあれば何でもやる体制でしたから。最後の方は総力戦になったので、原画も担当しています。アニメの仕事も長くやってますが、原画で名前がクレジットされたのは初めての経験です。
前に映画『アップルシード』でCGスタジオには入ったことはあるんですが、これだけ長くアニメスタジオに常駐させていただいたのも初めてでした。実はTVシリーズの『プラネテス』にメカニカルデザインで参加したとき、似たような常駐を経験された小倉信也さん(コンセプトデザイン・設定考証)から「スタジオに入ると面白いよ」という話をうかがっていたので、あこがれていたんですよ。

インタビュア
今回はデザインや原図など手描きの作業では完結せず、随所にCGも入ってくるわけですが、それはデザイナーの立場からはどのようにとらえてますか?
高倉
正直、僕もどういう具合に手描きとCGの整合をとったのか、最終画面はまだよく知らないんです。
今回、僕もCG用のデザインを少し担当していますが、CGの方も皆さん同じクリエイターなんですよね。同じ素材を出したとしても、ひとりひとり違う結果があがってくるんですよ。その点も含めて、僕としてはひたすら仕上がりを楽しみに待つという感じですね。
新劇場版はまだまだ第一作目ですから、続いていくうちにさらにまた変わっていくんじゃないかなと。スタッフとして参加している立場ではありますが、そうした変化も楽しませてもらおうかなと思いつつ、期待しています。
(二〇〇七年七月二十五日/スタジオカラーにて)

PROFILE

デザインワークス:
たかくら・たけし


1968年生まれ。埼玉県出身。メカデザイナー、コンセプトデザイナーとして数々の作品に参加。主な作品は、ゲーム・TVアニメ『ギャラクシーエンジェル』(2001年)、映画『エクスドライバー the Movie』(2002年)、『プラネテス』(2003年)、CG映画『アップルシード』 (2004年)、『創聖のアクエリオン』(2005年)、『タクティカルロア』(2006年)、『ノエイン』(2006年)、CG映画『エクスマキナ』(2007年)など。

Joseki
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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Sun Mar 21, 2021 2:27 am

全記録全集:序 インタビュー:田中 達也
取材・執筆:氷川竜介

原画:
田中 達也


TVシリーズの時から『エヴァ』の映像には「電柱」がシンボリックに用いられてきた。
世界観におけるリアリティの一部を体現していると言っても良い。
今回、劇場版として映像をクオリティアップする上で、その電柱専門の原画マンが置かれることになった。
新人アニメーターに求められた緻密化の志向から、『新劇場版』の目ざすものがかいま見えてくる。

静止画の仕事からスタート

インタビュア
まず、参加のきっかけからお願いします。
田中
アニメ業界に入ったのは、『バーテンダー』というアニメからで、最初は静止画の仕事でした。番組冒頭でお酒に関するウンチクが入るんですが、たとえば、お酒の原料や産地を詳しく調べてイラストにするというものでした。
その後で動画を勉強し始めたとき、カラーの制作担当の稲垣亮祐くんから庵野さんを紹介されたんですが、おそらくイラストのとき細かい作業も投げ出さずにやっていたので、そこを買われたのだと思います。
もともと細かい絵が好きとかいうわけではありませんが、『序』ではそれ専門みたいになりましたね(笑)。
もともとアニメも大好きで、TV版の『新世紀エヴァンゲリオン』のときはちょうどシンジくんと同じくらい、中三のころでしたね。大学ではデザイン科の環境デザイン専攻で、建物だけでなく、公園、高架橋から観た景色など、ランドスケープ(風景)を設計する学科です。卒業後は造園業や役所の都市計画課、建築系の職業につくのが一般的なので、僕みたいにアニメに進む人間は珍しいと思います。

インタビュア
『序』では、どんなカットから始められたのでしょうか?
田中
最初の仕事はまだ前の会社にいたときで、公衆非常電話の二原です。その後、カラーに入って描いたのも電話のカットでしたが、写真資料をもとに描いて出したら、その後だんだん電柱が増えてきました。
庵野さんが撮った写真を総監督助手の轟木(一騎)さんが組み合わせてレイアウトにしたものを渡されるんですが、仕上げさんがセルとして塗れるように、きれいな線で囲まれた線画にクリーンナップしなければならないんです。その作業の人手が足りないという状況だったんでしょうね。

インタビュア
その仕事以前にも電柱をよく観察してみることはあったんですか。
田中
まじまじと見たことはありませんね。描き出してから注意して観察するようにしたら、見れば見るほど面白くなってきました。
たとえば都会のほうが配線が多くて複雑で、このスタジオ近辺はすごく良い感じです。配線は複雑なほうが萌えますね。箱根に行ったときも「あの電柱は美しいか美しくないか」っていう話をしていました。箱根まで行くと、電柱もシンプルになってしまうので。

インタビュア
電柱の設定のようなものはあったのでしょうか?
田中
いえ、電柱に敷設してある機械類にしても、特にこれが何という資料があるわけではありません。最初は「何だろこれ?」って思いながら、とりあえず写真をもとにアウトラインをうまく取ることを目標に始めました。
庵野さんからは「平面的にとらえすぎているから、もう少し立体的に描いてみて」という注文がありました。つまり手前と奥や回り込みの部分など、パーツの関係性を線で表現してくれということなんです。動画用の均一な線に慣れていたので、それからは線のニュアンスに気をつけるようにしました。
最初はパーツの役割も分からずに見たままなぞっていましたが、観察するようになってからは、「ここにボルトがないと支えきれないんだ」とか「下に斜めに支える棒がないと落ちてしまう」とか、仕組みもだんだん分かってきたんですね。
そうしたら見本の写真もなくなってしまい、ただの棒しか描いてないレイアウトが来るようになって、「これを電柱にしてくれ」という事態になりました(笑)。ただ、そのときには観察してきたディテールがすでに頭の中に入っていたので、すごく役立ちました。

インタビュア
電線を描くのには何かコツがあるのでしょうか?
田中
要は端と端をつないでいて、自重で垂れている線ですよね。それなのにポコっとしてたりヘタれたりしたら物理法則に反するので、きれいなカーブを描くように気をつけました。それに巻いてある電線もありますし、工事現場では黄色いカバーをかけるとか、余った電線をクルクル巻くとか、そういうバリエーションにも気をつけました。鉄塔は3Dが中心ですが、電線だけ僕が描き加えたりしましたね。総計何カットだったか数えきれませんが、映画に出てくる電柱はほぼ全部描いていると思います。

電柱を手描きにする意味を考える

インタビュア
電線以外にはどんなものを描かれましたか?
田中
その他は冒頭の湘南新宿ラインや、庵野さんの描かれた戦闘機のディテールを手描きできれいにしていく作業とか。レイアウトのディテールアップ関係はかなりの数をやっています。
なんと言っても大変だったのは「ヤシマ作戦」でしたね。並んだ機器から変圧器に向かって電線がたくさん出ていたりするような凄いカットを、高倉(武史)さんから「これは田中くんにしかできないんだよ」ってにこやかに渡され、原画をなんとかクリーンナップしなくちゃいけない事態にもなりました(笑)。それはもう鉛筆ではトレスできないほどの細かさだったので、まずパソコンに仕上げサイズのデータで取り込んでいただき、ドット打ちみたいな作業をして線をきれいにしていきました。おかげで仕上げさんには喜んでもらえたようですが、完成画面を見たら結構黒くなってましたね(笑)。
ただ他のカットでも「これ黒くなるからあまり意味ないよ」とよく言われてはいましたが、僕としてはなるべく省略しないで描きたいと思っていました。もともと庵野さんがディテールを減らすのは嫌だという方ですから、僕の作業段階では情報を詰めこめるだけ詰めこんでおいて、庵野さんが省略したいと思われた部分を潰すほうがいいだろうと。僕の段階ではやりきっておきたいという判断なんですね。

インタビュア
確かに庵野さんには「電柱はキャラクター」という特別の思い入れもあるようですしね。
田中
最初は僕も「電柱なんて3Dでいいのでは?」と疑問を抱いたり、「写真から直接アウトライン化できないかな」と省力化も考えましたが、途中から「人がセルとして描く」という意味を考えるようになりました。
もし3D化したとすると、バリエーションの分だけモデルも作らなくちゃいけなくなるわけですよ。手で描くことによって気持ちがこもる部分もあるし、画作りに合わせたボリューム感も出せるということで、手描きでやることに意味があるんですね。
そう思うようになってから、電柱への思い入れがいっそう深くなりましたね。朝から晩まで電柱を書き続け、四六時中電柱とつきあっていたおかげで、今では「この電柱かわいいな」と思ったりするまでになりました(笑)。
庵野総監督がどう思っているかまでは分かりませんが、僕としては「あれだけ電柱が映っているのは、“ヤシマ作戦”のための伏線なのかも」と思っていました。電柱を手描きにして、わざわざ主線のあるものとして目立つようになぜ描くのか、理由を真剣に考えたときに行き着く先はやっぱりそういった心理効果を狙ってのことかなと。

インタビュア
ちなみに電柱には「電力柱」と「電信柱」があって管轄の会社も違うし、設備も柱上トランスのような送電系と、電話線用の通信系装置と二種類あるはずですが、そうした描き分けはされていますか?
田中
さすがに専門的な知識まではもっていませんが、光ファイバー用のアダプターとケーブルの違いぐらいは分かります。光ファイバーが山のシーンに使われていたりするので「ここまで光ファイバーが通っている未来の話なんだ」などと思ったりしましたね。

見えない部分も自分で
気持ちをこめ補完して描く


インタビュア
大学でのご専攻と電柱は、インフラストラクチャという点ではつながりがあるのではありませんか。
田中
いや、大学では、むしろ「電柱はない方が美しい」と言われていたくらいですから(笑)。コンセプト面での勉強なので、そんなに明確な接点はありません。
ただ、『序』では信号機も僕がほとんど描いているんですが、信号機のデザインを自分で創造するような学科でしたから、つながりがまったくないわけでもないですね。

インタビュア
あの信号機は、LEDが並んで光っている感じが良く出ていましたね。
田中
TV版では昔の電球が入った信号機でしたが、今のLED式の写真をもとにしていますので。光の数も省略しないようにして、アップのときには自分で一粒一粒丸を描いたり、歩行者用の人型も手できちんと描いておかないとマズイだろうと、自分でもどれだけやれるのかチャレンジしてみました。

インタビュア
気持ちをこめて描かないと、ウソっぽくなるってことなんですね。
田中
同じ完成画面に至るまでに様々な方法があると思うんですが、結局は誰かが手を動かさないといけない。だったら自分のやれる範囲は手抜きせずにやってしまおうと。それに写真が鮮明に写ってないこともあると、見えない部分は自分で補完するようにしました。
あるシーンで、1カットだけものすごくボケボケの写真で描かないといけない場面が出てきたんです。信号機と街灯が奥に向かって並んでいて、明かりが次第に消えていくというカットなんですが、細かいボルトも見えないし、電線もつぶれているような状態だったので、つながり方も不明で一本の線にまとめるのが本当に大変でした。それまで積み重ねてきた知識がないと無理な作業で、止め絵なのにEセル(五枚重ね)くらいまで使って、三日くらいかかって何とかものにしました。完成画面では二秒くらいで暗くなって見えなくなりますが(笑)。

インタビュア
すさまじい根性ですね。そこに何か宿るものがあるってことでしょうか。
田中
根性しか取り柄がないので、「とことんまでやったるで!」と思っていましたね(笑)。ベテランの方々ばかりの中でド新人でしたし、自分の限界までやり抜いて、そうした方々を驚かすくらいのことをしないと、自分の居場所なんて一瞬でなくなるだろうという気持ちもあります。

インタビュア
完成したフィルムをご覧になったご感想は、どうでしたか。
田中
言葉では言い表しにくい感動がありましたね。サーバーにはリテイクカットが断片的に登録されていくんですが、ギリギリまで直しがありましたからね。
最終段階ではリテイクした動画から仕上げへ回す時間がないので、仕上げデータを直接触って直したり、ギリギリまで粘っていました。なので、初号は「ああ、できあがったんだな」というのが素直な気持ちでしたね。
それと学生のころ観ていた作品を自分が作る立場になっているということ自体にも感動しました。短い時間が五年分くらいの時間に感じて、ある程度やりきったな、よくやったなあと、思いましたね。

インタビュア
何かお勧めの注目カットはありますか?
田中
シンジくんが怒られて雨が降っているシーンですかね。この電柱を描いたときは、コンテから「きっと沈んだ雰囲気のシーンなんだろうな」という印象を受けたので、沈んだ感じの電柱を描こうとしました。気持ちがこもるかこもらないかはわからないにせよ、「そうなれ!」って念じて描きましたね。後はさっき言った、いっせいにパーッと電気が消えるところです。

インタビュア
まだ『新劇場版』は続きますが、今後の展望はありますか。
田中
電柱でここまでフィーチャーされるなんて思ってもみませんでした。『序』では作品に関われるだけでも嬉しくてがむしゃらにやりましたが、それ以上に勉強をしつつ、もっとうまく描けるようになりたいです。
電柱だけでなく、普通のアニメーターとしての仕事もさせていただきつつ、一人前になれるよう努力したいと思います。
(二〇〇七年十二月五日/スタジオカラーにて)

PROFILE

原画:
たなか・たつや


1981年生まれ。宮崎県出身。筑波大学芸術専門学群中退。パルムスタジオ製作のTVアニメ『バーテンダー』でOPアイキャッチイラストを担当した後、動画を経て『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』で原画デビュー。緻密な電線や電柱を中心に作画した。

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Re: Evangelion:1.0 CRC interviews

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Postby Joseki » Sun Mar 21, 2021 2:39 am

全記録全集:序 インタビュー:菊地 和子
取材・執筆:氷川竜介

色彩設計:
菊地 和子(Wish)


90年代後半にアニメ制作がデジタル化された当初、問題になったのはセルの色味をどうデータ化するかであった。
そのまま置き換えると明度・彩度が上がり過ぎるなど、諸問題が発生するからである。
こうした難問をはらみつつ、過去の色彩のイメージをどのようにデジタルで再現していくのか。
「REBUILD」が単純な置き換え作業で済まないことは、色彩の再現からも浮かび上がってくる。

単純ではないデジタル色彩への読み替え

インタビュア
今回の作品参加は、どんな風にして始まったのでしょうか?
菊池
私は会社(Wish)に所属してますので、会社の方から「こういう仕事があるんだが、やってくれないか」という指示があった上でお引き受けしました。
噂で「エヴァ、またやるらしいよ」と聞いてはいましたが、いざお話をいただくと「ああ、私があの作品をやるんだ」という気持ちで、正直びっくりしました。

インタビュア
新たに参加されることになって、具体的な作業としてはどういうことをされたのでしょうか。
菊池
以前の作品でも、もちろんセル絵の具のための色指定がなされていました。それを全部デジタルに塗り替える作業から始まりましたね。たとえばミサトさんのジャケットは赤ですが、「デジタルで色をつけるとすると、こんな感じになります」と提案する……そういう仕事がメインです。
絵の具の時代は、白だったら「白の何番」という色指定用の記号がすべてズラッと系列化されて決まっていて、それはどこの会社に行っても共通したものでした。ですから色彩設計は、その限られた色の中から選ぶのが仕事でした。
それがデジタルになってからは、「デジタルの白の何番は、絵の具時代の白の何番に相当する」というような共通の決まりはなくなってしまったんです。ですから、データ上で作品ごとの色を作っていく作業に変わったんですね。
なので今回のように元がある場合でも、もう印象が勝負になってきます。「絵の具を塗ったセルではこんな感じに見えてましたが、デジタルだとこんな色味になります。どうでしょうか」という感じで、相談しながら作りこむしか方法がありません。絵の具に似せるというよりは、近づけるような感じにしかならないんですね。デジタルの色数は本当に無限に近くありますから、絵の具に近い色にしてもたくさんあるわけですし。

インタビュア
RGBの階調データと絵の具とは、一対一に対応しているわけではないんですね。
菊池
その数字が1違っただけでも全然違って見えてくる上に、以前からのスタッフの皆さんは、それぞれご自分のイメージを持っておられるんです。
たとえば庵野さんと鶴巻さんと摩砂雪さん、そして貞本さんが見たとして、それこそ全員各々の個性がありますから、別のイメージを持っているわけです。私から「このぐらいの色でどうですか」って持っていっても、「もうちょっと赤だったよね」とか、「もうちょっとオレンジっぽかったかな」とか、それぞれ違うコメントの出ることが、実際にありましたね。
「『エヴァ』は元の作品があるから、データに置き換えるだけで楽でしょう」などと思われるかもしれませんが、やってみたらかなり難しかったなというのが、私の印象です。

インタビュア
具体的に差が出たキャラクターの色など、事例をご記憶ですか?
菊池
たとえばシンジくんの服装の学生服って、白のシャツと黒のズボンで非常にシンプルに見えますよね。でもセル画の時には、その白のカゲ色をかなり青味が強い色に指定していたんです。だからと言って今回の『新劇場版』用として、そのまま青っぽいカゲに置き換えてしまうと、やっぱりおかしな感じに見えてくるんです。
「白は白でももう少し明るめに」などと言われますし、ズボンの黒にしても「もう少しグレー寄りに」とか「ブルー寄りに」とか、ほんの少し変えただけでも、並んだ隣の色との兼ねあいでものすごく違って見えてくるんですね。
最終的に決め手になるのは“シンジならこうだ”というキャラの性格や印象で、それによって色調が決まるように調整していきました。予想はしていましたけれど、それぞれのキャラクターが最終的に決まるまでは、「こっちかな、あっちかな」って、いろいろな検討を繰り返しました。一人ずつ決めたわけではなくて、何人かずつまとめてやってはいましたが、正味三か月ぐらいかかってしまいましたね。

インタビュア
初号機などメカについてはどうでしょうか?
菊池
やはり昔の設定と『新劇場版』では塗り分けなども違っていますし、今回の映画用に本田雄さんに新設定というかたちで起こしていただいたので、それをもとに基本的な色をつけ、キャラと同様に「こんな感じですか」って見せながら、新しく作り変えています。
それでもTVシリーズの時のイメージがありますから、今回作る新しいものとの……何と言えばいいのか、リミックスみたいな作業もありましたので、時間はかかりましたね。

インタビュア
新劇場版では3D-CGで描かれるメカもずいぶん出てきます。その場合、色彩設計はどのように進められたのでしょうか。
菊池
アウトラインだけを出力したものをCG部からいただいて、それを線画として普通の方法で色を決めて、CGの方に戻すという手順です。
たとえばエスカレーターでしたら、手すりは緑でステップはグレーでとか、この部分は白、ここは茶色というような基本的な色は、だいたい私の方で決めました。ただし、その上でCGの方が場面ごとにいろいろ手を加えたりはされていると思います。

セル画の発色を意識しつつ
リアルな色彩を目ざして


インタビュア
「今回の色はこうしよう」というような全体方針のようなものは、庵野総監督の側から出ていたのでしょうか。
菊池
庵野さんは「メカなど大きいものは大きく見せて、重量感をものすごく出してみたい」というようなことをおっしゃっていました。
それから今回はキャラだけではなく、街中の小物や電信柱、あるいはビルなど建物の類も全部セルにしているんです。そういうものも、ちゃんとリアルに……と言うと、とても変に聞こえるんですが、「電信柱は電信柱に見えるように」というようなことに関しては、ものすごくこだわっていましたね。ですから、何とかその熱意に応えていきたいと思って、がんばりました。
私個人としては、これはTV版というオリジナルのある仕事ですから、そのときの色を基本にするのは当然なことですが、それでもやっぱり「新しくするからには、少しは新しさを出せればいいかな」と思ってやってみたところはあります。
ただ、結果はどうなんでしょうか……。自分では分からないですね。

インタビュア
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』ならではの色味の特徴があるとすれば、それはどういうものになるのでしょうか。
菊池
現在のデジタルで作るアニメに比べると、だいぶセルに近い感じの画面に仕上がっていると思います。今のアニメの色彩設計は発色を抑えたものが主流になっていますが、『新劇場版』はちゃんと明るく見せるというか、かなり彩度が高めになっていると思います。
最初に私が指定した色でテストしたときには、見た目がややくすんで見えてしまったんですね。「もうちょっと明るく発色良く」みたいな感じの指示が庵野さんからはっきり出ましたので、それ以後はあまり色が沈まないように気をつけました。

インタビュア
確かにTVシリーズのときに直接見た人から「セル画の発色がものすごくきれいだ」という評価を聞いたことがあります。
菊池
前の『エヴァ』は他の作品と比べても、本当にセル画特有のパキパキっとした色だったんですよね。そのパキパキ感は残しつつ、という感じです。

インタビュア
そのパキパキ感を保ったまま、シーンごとにはかなり細かく色替えをされていますよね。
[b]菊池
だいたい六十シーンから七十シーンぐらいの色替えがあったと思います。
同じ夜景にしても、前半の戦闘シーンと「ヤシマ作戦」のときの夜では、まったくシチュエーションが違いますから、色味も違ってきます。ですから美術ボードの描かれた数だけ色替えを行ったことになりますね。ただ、これに関しては、現在はそうするのが主流ですから。

[b]インタビュア

電柱みたいにカットごとに違ってしまうものの色指定は、どう処理されるのでしょうか。
菊池
私は色彩設計という役職ですが、もうひとり色指定を担当する者(長尾朱美)がいまして、彼女がカットごとの色の指定を行っています。電柱の場合、参考写真などを参考にしながら、まず色指定で「地」みたいな色味を作ってくれます。それを私が見て、最終的に調整するという感じの分担でした。
ただし、複数のカットに登場するものの色決めについては、事前にこちらでだいたい基本的な大枠を固めてから、カット毎の色指定作業という順番になります。

画面を指さしながら
色を追いこんでいく


インタビュア
現場経験を通じて、『エヴァ』らしい色づかいみたいなものは何か感じられましたか?
菊池
普通のアニメに比べると、建物などキャラ以外のものに対して、本当にものすごく深い立体感をつけていると思います。
たとえばその辺にある戸棚ひとつとっても、普通の作品ではカゲを一色ぐらいしかつけていません。でも『エヴァ』だと、面と面の構成をきちんと考えてカゲをつけるようにしているんです。光がこっちから当たっているから、ここは一段暗くて、ちょっと暗くなって、さらに暗くして……みたいな感じなんです。

インタビュア
それは色彩設計としてすごく新鮮な経験だったということでしょうか。
菊池
そうですね、ものすごく勉強になります。これまでカゲを使って立体感を出すという仕事を、ここまで突き詰めてやったことはなかったので、驚きましたね。
私としては庵野さんに「ここ、もうちょっと暗くして」とか「ここはもうちょっと明るく」って言われた通りに調整するだけなんですが、やった後で画面を見てみると、まるで別物になっているんです。それは、本当にすごいなと思いました。
目立たないところにちょっと光を入れるだけで、「ああ、ここには光が当たってるんだ」って意図が明らかに見えてくるようになるんですよね。単に色が塗られているだけのセルなのに、「ものすごくリアルだ」って感じがパッと前に出てくるんですね。
それがもしかしたら、「エヴァっぽい」と言われるところなのでしょうか。私としては素直に「面白いな」と思って、仕事を楽しんでいます。

インタビュア
庵野さんとは、そんなやり取りをかなり積み重ねられたのでしょうか。
菊池
けっこうやりましたね。監督自身が張りつく方法もアニメの現場的にはかなり特殊かもしれませんが、庵野さんの方で「これは、ちょっと色をチェックしたい」と気になったカットをあらかじめ選ばれていて、それはモニタの前でいっしょに「これはこんな感じですかね」なんて会話しながら細かく決めていくんです。

インタビュア
画面を指さしながら決めるという感じですか?
菊池
そうです。しかもデジタルですから、その場で全部そのまま色を塗って作業を完結できるんですよ。最後の最後で光の色味のデータをちょっと加えたりしますし、その場で「もう少し明るく」というような時はカラーピッカーで直接いじったりして、「こんなんでどうですかね?」というノリで調節して、庵野さんの目の前で承認を得て、フィニッシュに持ちこみます。

インタビュア
その密着度はすごいですね。効率としても良いでしょうね。庵野さんのセレクトされるカットは、どんなものが多いのでしょうか。
菊池
電柱とかメカ類は、ほぼ全部のカットをチェックされているはずです。
あと庵野さんならではのこだわりと言えば、電車でしょうね。現実に存在する電車から持ってきていて参考写真もあるんですが、やはり毎回毎回、ものすごく細かくチェックされますね。一秒に充たない数コマしか写っていないものなのに、たっぷり三十分以上かけてというカットは、ざらにあります。もう「劇場ではまばたきをしないでください」って言いたくなるくらい、一瞬のこだわりは山のようにあります。
アニメでは小さく描くときにディテールをよく省いたりしますが、画面上で小さな電車でも、ハイライトのように光ってる線をちゃんと入れるとか、パーツをきちんと描いて色を塗るとか、緻密に描こうとされますね。

インタビュア
なるほど。そうした積み上げが、ひとつの「エヴァっぽさ」につながると。
菊池
そうかもしれません。本当に他の作品に比べると、ものすごく作りこんでいると思います。
たとえばエントリープラグのようなシンプルな円筒形のものにしても、単純に描きこみを多くするということはせずに、ちょっとした面のカゲ色の濃さでメリハリをつけていて、それで立体感を強調しているんですね。こうしたことも、『エヴァ』ならではの特徴といえば特徴ではないでしょうか。

インタビュア
確かに「効率良く、伝えたいものを伝える」というのはTVシリーズのときからのポリシーのようですから。そうした調整を詰める上では、やはりデジタル化の恩恵は大きいと思われますか。
菊池
そうですね。セル画の時代は絵の具を一回塗ってしまうと、色を直すにしても、ものすごく大変だったんです。「カゲが足りない」と思ってセルの上から塗り足すと、やっぱり「これはセルの上から塗ったな」っていう事実がはっきり画面に見えてしまうので、それは難しいことだったんです。
でも、デジタルはそういう追い込みに対しては、すごく便利ですよね。たとえば「ここの赤の発色がちょっと気に入らないから、直して」って言われても、パッとその場で対応して「どうですか?」と見せられますからね。その点ではすごい利点ですし、庵野さんたちもそのデジタルならではの恩恵を大いに活用していると思います。
(二〇〇七年七月二十五日/スタジオカラーにて)

PROFILE

色彩設計:
きくち・かずこ


1973年生まれ。広島県出身。Wish所属。パルムスタジオ制作の『鉄人28号』(2004年)で色彩設計デビュー。以後、『蒼天の拳』などで色彩設計を担当。代表作は『ブレイブストーリー』、『鉄人28号』、『オーバーマン キングゲイナー』、『超劇場版ケロロ軍曹3 ケロロ対ケロロ 天空大決戦であります!』など。


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